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Day you knew your ignorance

 「なる、ほど。聞けば聞くほど荒唐無稽、ですね。人間的視点で見ても、常識的視点で見ても」


 ヘルルカが深く頷いた。瞑目する彼女は一体何を思案しているんだろうか。難しげな表情で俺が話した情報を咀嚼し、何度も推敲しながら言葉を選んでいるようで、なるほど、なるほど、とだけしか彼女は言わない。


 手元にある紙にはペンで俺が言ったこと、俺の中での常識が書き記されている。地球のこと。火星のこと。俺に起きたことも洗いざらいすべて話したから、今彼女が手に持っている用紙は一枚だけではなく、ノート一冊分くらいあった。


 俺がどこで生まれ、どんな風に育ってきたか、言葉の齟齬などもあって、それだけを説明するのに二日は使ったし、地球やその他の天体、俺にとっての天体の常識をすべて喋ったのだから、彼女の熟考は相当長いものになる。ここは俺も思考を整理するいい時間になるだろう。


 まず、最初に断言しよう。ここは地球ではない。もっと言えば太陽系ですらない。今の俺がいるのはおそらく、全く地球とはかけ離れた場所にある別の宇宙だ。


 理由は薄々だがわかっている。反物質実験の爆発の光、あれに巻き込まれる形でどこか別の、天体望遠鏡ですら観測不可能な遠く離れた場所にある宇宙に転移してしまったのだ。自分でも馬鹿馬鹿しく、非現実的、論理としては破綻しているとは思っているが、そう考えないと説明がつかない。


 反物質が消滅した際に生じる膨大なネルギー、それを用いた限定空間上での転移実験。本来ならば実験室内に設けられた幅2メートル、奥行き2メートル、高さ2メートルの立方体のガラスケースの中に置かれたナットが別の位置に設けられた同サイズのガラスケースの中に移る、という実験だったはずだ。それがどういうわけか、エネルギーの放射を俺は浴び、後遺症のないままにどこかへ跳躍してしまった?


 理論上は可能、か?あいにくと物理を専攻しているわけではないので、そういった方程式やら法則やらの知識はほとんどないが、ナットを移動させられるのなら人間もできるのでは、と安易に考えてしまう。いけないことなんだろうが、あいにくと俺が状況を飲み込むためにはそうするしかなかった。


 「なるほど。大体把握しました。


 こちらが状況の整理に苦心している中、ヘルルカが声をあげる。顔をあげると、紙束とは別に赤ペンで文章が書かれた書類を彼女は持っていた。


 「じゃぁまずはあなたの名前から確認します。ファルニール・エルフガーデンさん、で間違いないですね?」

 「は、い」


 「年齢は18歳。キリアグラム工(・)業(・)大(・)学(・)の(・)二(・)階(・)生(・)。出身はアメリカ合従国、クイーンズ。実験による爆発に巻き込まれ、気がついたらここにいた。かいつまんで状況を説明するとそういうことですね?」


 言語に多少の齟齬はあるみたいだが概ね間違いではない。二年生、ではなく二階生なのがちょっと首を傾げる点だが、些事だろう。頷く俺を見てむぅ、とヘルルカは唸る。


 「あなたが口していた地球という惑星、これは私達にとってはまったくもって未知の星です。一体どれだけの距離を離れているのか、見当もつきません。なにせ、あなたがおっしゃった外見の星を私達は未だに観測していないのですから、何億光年先に存在するかも」


 未知の惑星がある、それは問題ではない。問題はそんな惑星から人が偶発的にしろ来た、という事実の方だろう。偶発的な事象を積み重ねて、必然の産物にするのが科学ならば、百年か二百年か。そう遠くはない未来で技術として確立する可能性もある。


 ヘルルカがそこまでのことに気が回るかは甚だ疑問だが、仮にも科学サイドに拠った側の人間ならばまずこう考えるだろう。偶発を必然に、条件設定を忠実に、とは量子論を無視している気がしないでもないが、できる可能性があって、成功の余地があるならばやるように努力するのが科学者だ。


 まぁ、恐らくだが事故として扱われているだろうから、俺の生死が不明な状態の地球では反物質を使った実験は中止するとは思う。実際にまた実験が開始されるのは半世紀後か一世紀後か。案外、千年の封印くらいはされるかもしれない。地球が丸いということを認めるのに千年以上かかった人間様ならばさもありなんといったところか。


 「二つ、聞きたいことがあります」


 おずおずとヘルルカは左手でピースを作った。文字通りの意味ではなく、2を表すために。


 「まず一つはあなたのこれからの身の振り方について。言ってしまえばこの世界で、あなたは部外者です。戸籍はなく、身よりもない。助けた手前、見捨てるというのもいささか気が引けます。かと言って、無期限に支援し続けられるほどの義理はない。さて、どうしましょうか?」


 「冷淡なんですね。俺のことを救っておいて」


 「そうでもないでしょう。自国の人間ならいざ知らず、他国の人間までも養ってくれる国なんてそうはない。あるとすればお人好しか、もしくはバカが国の権力を握っているか、握っていたかのどちらかでしょう。多くの場合、お人好しのバカが権力を握っていた、が正しいのでしょうが」


 意外なセリフだった。十日間、ヘルルカと付き合ってきてここまで辛辣な言葉を彼女が吐くなど想像してもいなかった。ロマンチストに見えて実はリアリストなのだろうか。


 そちらの方がよっぽど好感が持てるのはきっと俺の性癖が歪んでいるからだろう。根本的に男というものはマゾだし、皮肉や野次を投げられて性的興奮を覚えるものなのだ。もし違っていたらすべての男は暴力的になるか、毒舌家になっているはずだ。


 「まぁ、そういう理由でどういった身の振り方を求めるのが一つ。もう一つは、いささか個人的なもの、エルフガーデン君の身体的特徴に関するものです」


 なんだろう、と改めて自分の体を見つめてみる。別に目立って欠損している部位、特徴的な部位があるという自認はない。強いてあげるなら髪が赤いことくらいだろうか。かの有名なコナン・ドイルの代表作「シャーロック・ホームズ」の「赤毛連盟」に出てきた依頼人に勝るとも劣らない、まごうことなき地毛である。


 それ以外に身体的特徴と言われてもピンとくるものがない。肌だろうか。いや、どこにでもいそうなコーカソイドで、ヘルルカよりは若干濃いかもしれないが、珍しい、特徴と言えるほどのものではない。一体何が身体的特徴だと言うんだ?


 「頬骨から始まって、首周り後ろ側、あと肌の一部の皮膚に魚鱗みたいな模様が入っていますよね?それとあなたの内臓器官ですが、ほとんど損傷していませんでした。無酸素空間を漂っていたのに、肺はもちろんその他の関連器官には一切の傷も裂傷もなかった。眼球や口内の水分が蒸発していた程度、あとは全身打撲とかが目立つ程度で本当になんの傷も負っていなかった。そんなこと、普通はありえない。まるで神話の英雄を見ているみたい。あなたのその身体的特徴に関する説明が、私は欲しい」


 真剣な眼差しをヘルルカは俺にむけてきた。美少女に向けられる情熱的な視線というのは悪くはない。悪くはないが、それで幸福を覚えるかと言えば、俺にはアミダがいるのでどうだ。せいぜいがドキッとする程度でしかない。というか魚鱗という言葉があると言うことはこの宇宙にも魚が存在するのか。あるいは今、首にかけているこのアミュレットが、言語を訳すという謎のアミュレットがたまたまそう訳しただけで、実は別の言葉なのか。


 と、冗談はさておき、どう答えるべきだろうか。


 彼女に指摘されてはたと気づいて、改めて自分の頬骨をさすってみる。魚鱗のよう、と言われれば確かにその通りだ。しかし触ってみるとわかるのだが、この肌の模様は魚鱗癬に代表されるような皮膚病特有のザラザラ感や異質感はなく、本当にただの皮膚を触っているのと同じような感触しかないただの模様だ。正確にはややこの部分だけが感度がいいため、触ると少しドキッとするが、その程度だ。


 俺の生きていた時代、22世紀の地球ではこの肌の模様、「竜紋」は珍しいものではない。地球に住んでいるおそらくほとんどの人間にはこの模様が浮かんでいる。大抵は頬骨周辺にとどまるが、場合によっては俺のように首の後ろ側、うなじ部分にまで竜紋がまわっている人間もいる。


 これはクマムシをベースに一部の両生類、爬虫類の遺伝子配合をインプットした遺伝子操作施術を両親、ないし祖父母が受けた子供に見られる兆候だ。この施術により、地球人は汚染された環境、過酷な環境でも呼吸し、生活することが可能となっている。稀に遺伝障害で竜紋が発生せず、遺伝子操作施術の遺伝状況がわからないまま生誕する赤子もいるにはいるが、そういった赤子は早期に同様の施術を行えば問題はない。


 この施術を提言者兼最初の施術者の名前をとって「ルドラ施術」という。おかげで従来の9mm弾程度では肌を貫かず、痛い程度で済む頑丈な人間が誕生したわけだが、体の頑丈さは竜紋の広さに比例する。これは遺伝子操作の影響をより色濃く受けているためだ。


 問題はそんな話をヘルルカにすべきかどうかだ。こちらの事情はすでに話した。こちらの歴史もある程度話してしまった。今更取り繕ってもしょうがない気がする。地球人は生まれつきみんなこうです、も信じそうではあるが、どこかでボロが出そうな気もする。そも、昔のアニメやドラマなどが好きな部類としては現代の地球人はいささか頑丈すぎる。痛覚が残っていなければ、戦闘マシーンと思われても仕方がない気がする。


 ヘルルカに連れられて病院内を巡ったとき、すれ違った患者や看護師が奇異を見るような目で俺を見た理由はきっとこの竜紋のせいだろう。ここは病院、皮膚病などは見慣れているのかもしれないが、やや赤みがかった色というのは珍しいだろう。肌の色と近いから目立たないと思ったが、竜紋があるせいでやっぱり目立ってしまうのか。そういった外見の怖さが彼女の異様な警戒的態度に表れているのだ。まったくもって、厄介な話だ。


 「——これは、手(・)術(・)の(・)後(・)ですよ。体を強化しないと宇宙じゃ活動できないので」


 「へぇ?あなた方の星ではそうやってこの暗黒の世界に対応したんですね。外部にたよらず、内部に、とは。興味がつきません。実を言いますと、提案したいことがあるんです。あなたを——」


 「失礼します」


 彼女が何かを言おうとした矢先、病室の扉を叩き、スーツに身を包んだ男性が入ってきた。黒縁のメガネをかけた長身の男だ。この宇宙にもスーツがあるのか、と俺が驚いている中、男はスタスタとヘルルカの隣に立ち、耳元で何かを囁いた。


 それを聞いてヘルルカは好奇の瞳を浮かべた。パイプ椅子から立ち上がり、笑顔を保ったまま俺に首を向けた。


 「ふふん。ファルニール君。もう立ち上がることはできますよね?」

 「そりゃ、もちろん」


 ルドラ施術のおかげで肉体は頑強だ。筋肉の回復は早く、走るのは無理かもしれないが、歩くだけなら問題はない。まして立ち上がるなんてことは朝飯前だろう。


 「ちょっとついてきてほしいところがあるんです。時間は……まぁ夕方くらいまでとりますけど」

 「それって院の外?」


 「ああ、察しがよくて助かります。まぁはい。ある種の工場見学のようなものですよ」


 医者の許可はどうなんだ、と言いたかったがヘルルカは俺を立たせるとスタスタと病室を出ていき、戻ってくる頃には外出許可らしき一枚の紙切れを笑顔で持ってきた。


✳︎

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