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Under the white ceiling

 ——目が覚めると、白い天井が見えた。


 体の節々が痛い。瞼が重い。頭も痛い。まるで全身を強打したようだ。口を開こうとするだけで顎が痛い。あと、なぜだかとても息がこもる。まるでマスクでもしているみたいだ。


 視界もぼやけていた。きっと、今の俺は胡乱げな目をしているに違いない。瞼を開けようとするだけで肌全体をひどい痛みが走るのだ。心なしか臓腑もキリキリと痛んでいる気がする。きっと今の俺の体はひどい状態なんだろうな。全身包帯でぐるぐる巻き、その証拠に指一つピクリとすら動かない。


 でも、その痛みに今は安堵しよう。痛みがある、ということは生きている、ということだ。まだ意識は途切れ途切れだが、とりあえずは無事に生きていることがわかって満足できた。手足の感覚が残っているのも、幸運と言えば幸運だ。あの光、ああ。あの光に巻き込まれたのに生きているどころか、手足が残っているなんて奇跡を通り越して奇蹟とすら言える。


 あの光は、多分、反物質実験の失敗によって起こったものだ。


 反物質の生成に成功し、その性質を応用した技術が発展し始めてから半世紀以上経つが、未だにその制御には細心の注意を払う必要がある。一歩でも取り扱いを間違えば、周囲の物質をすべて飲み込む形で暴走し、大爆発に似た現象を引き起こすのだ。危なっかしいが、その分だけ人類の発展には寄与してきた物質でもある。


 今回の実験はそんな反物質の消滅時に生じるエネルギーを用いた限定空間上での転移実験だった、と俺は記憶している。意図的に反物質を消滅させ、その際に生じるエネルギーを用いて、稼働に莫大なエネルギーがかかる機械を使って、擬似的な量子テレポーテーションをやろう、という実験だ。成功すれば世界初の快挙と言えるかもしれない。なにせ、文字通りの正真正銘のSF技術が現実化するのだ。何度となく、コンピューターでシミュレーションし、安全性を考慮したうえでついに実現した実験だ。


 きっと実験が行われるまでに何年もかかったのだろう。昨日の講義、今日の午前中の講義でも教諭陣の足は妙に浮き足立っていた。そわそわしている、と言い換えてもいいかもしれない。とにかく、今日の実験を待ち望んでいたはずだ。


 それが失敗した。ただ失敗しただけではないはずだ。反物質の対消滅に巻き込まれたなら、まず実験室や見学用のホールにいた人間、ステーションの内縁部にいたはずの人間は助からなかったはずだ。外縁部も同じだろう。本当に、俺が助かったのは奇蹟だ。


 でも、この傷じゃアミダのいる日本(ジャパン)には行けないな。体に変な異常があるかもしれないし、汚染されている可能性もある。一ヶ月や二ヶ月程度で退院できるような傷でもないはずだ。


 そもそも今は何月何日だ?何年だ?どれくらいの間、俺は気を失っていた?


 「あぁーああああ」


 声帯も壊れているのか、声を発そうにもしわがれたうめき声しか出てこない。ああ、クソ。これじゃぁ失語症だと思われてしまう。指も、まだ動かない。感覚はあるが、ピクリともしない。


 「Her du?」


 突然、声がした。綺麗な、透き通るような声が聞こえた。なるほど耳まで悪くなったのかもしれない。


 「We gennort noi?Komm ipni ve cund?」


 何語だ?英語じゃない。ドイツ語でもない。フランス語でもない。どこの言語だろう?


 瞼を開け、視線を向けると、プラチナブロンドの少女が俺に近づいてきていた。瞳の色は空色、服は妙にふわふわとしていて、看護服にはどうしても見えなかった。


 「Ecten noi rouse?」


 何語だよ。わからないよ。少女の言葉がわからず、あぁあ、と唸るしかない。唸ることしかできない、もどかしい。


 「Equader! Equader! Necter vison claffe tem!」


 少女が大声で部屋を出ていき、しばらくすると白い服、歯科医が着ていそうな丈の長い服を着た初老の男性が彼女を連れて入ってきた。蛍光ライトのようなものを俺に向け、何かを聞いてくるが唸ることしかできないし、そもそも意味がわからない。


 俺に色々と質問してくる初老の男性が医者だろうことはわかる。では少女は?少女は誰だ?


 整理しよう。その時間はあるはずだ。


 少女が言っていた言葉、この場合は彼女の言語だ。いくつかの言葉を彼女は繰り返していた。例えばnoiだ。noiはどういう意味だ?何度も繰り返していた、ということはよく使う品詞、例えば代名詞や副詞が候補に上がる。


 もう一つはEquader。多分、これは医者だ。よし、いい傾向だ。目が覚めたばかりにしては脳が働いている。


 医者の言葉にも時折noiという単語が使われている。だから、noiが私は確定だろう。もしこれが英語のisとかだったら笑ってしまうが。


 一通りの質問を終えたのか、医者は聴診器を外し、少女に向き直った。かろうじて動かせる首を少女に向けると、なにやら難しげな表情で医者と話していた。改めて彼女を見ていると、現代的では服装だ。ゆったりとしたワンピースは袖口が大きく膨らみ、重ね縫いされたフリルがいくつも付けられているし、どう考えても機能的とは思えない。黒いタイツ、パンプスにも似た白い靴。さしづめ白い妖精のような出立ちだ。


 医者が部屋を去り、部屋には少女と俺だけが残された。少女は俺に話しかけていいのか、そわそわしているように見える。そして少し経って何を思ったのか、彼女は首にさげていたアミュレットを取ると、俺の胸付近にそれを置いた。


 「大丈夫?これで私の言葉、わかりますか?」


 彼女の声が聞こえた。意味のわからない言葉ではなく、ちゃんとした言葉で俺の耳にまで伝わってきた。思わず、目を見開き次いで彼女が渡してきたアミュレットへ視線を落とした。


 「言葉が伝わっていないのかも、と思ったんですけど、やっぱり伝わってなかったんですね」


 得心がいった、と彼女は小さく微笑んだ。


 「自分の状況が飲み込めないって感じですね。ここはルガイア王国領内、スポット15-ブランチ5《カリシアイア》内にある王立病院です。あなたはつい二週間前に宇宙を漂流しているところを発見され、こちらの病院に運びこまれたんですよ?」


 少女はこともなげに言う。だが俺としてはまず言いたいことがひとつある。


 ルガイア王国ってなに?俺はそんな国知らない。


✳︎

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