Good bye to the Earth
「ハロー、アミダ。お加減はいかがでしょうか。
僕は今、宇宙いいます。成層圏よりもはるか上空、地上700キロメートルの位置にある巨大な宇宙ステーションからこの手紙を送っています。
ガラスのレンズ越しには蒼く光る地球が見えます。ただ蒼いだけではなく、白い雲が、深い青の大地がアクセントとなり、より鮮やかさを際立たせているように見えるのです。いつか君の病気が治ったら、この荘厳な光景を一緒に見たいと思っています。
日本の病院の居心地はどうでしょうか?日本は戦争以前の自然が未だに多く残っている、緑豊かな島だと聞いています。そればかりか、最先端の医療技術を持っている病院があるとも、アミダのお父様から聞いています。アミダの病気が治ることを祈っています。
話は変わりますが、今年の冬休暇に僕は日本に行こうと思っています。日本は渡航制限が掛けられているらしいですが、エルグバッハ教授の推薦を受け、短期の技術実習生として渡航が許可されました。教授に頼み込んでみたところ、アミダが入院している病院にも訪れることは可能なようです。久しぶりにテレビ電話越しではなく、アミダと直接会うことができる機会に僕は心が躍っています。
最後になりますが、心よりアミダの病気が完治することを祈っています。いつの日か、この宇宙であなたと出会う日を私は待っています。
敬具
ファルニール・エルフガーデンより」
今のご時世、手紙をデータ化するでもなく、直筆で書いている人間はきっと世界で俺くらいなものだろう。きちんと紙の封筒に入れ、地球行きの郵便物に手紙を忍ばせるなんて、とても非効率的だし、いささかロマンチシズムに傾倒しすぎている、と自分でも自覚している。
書き終えた手紙を地球行きの荷物一式に入れ、投函用窓口に提出した時は安堵と自嘲を覚えた。安堵はもちろん、大事なく荷物を送ることができたから、自嘲はこんな回りくどいやり方で手紙を送っている手法について。
世紀にして22世紀。西暦にして2197年の秋頃、あと3年と少しが経てば23世紀を迎えるというのに未だに21世紀の初頭のようなことをしているのだ。自嘲だってしたくなる。
荷物を送る手続きを終え、時計を見てみると船外活動のバイト時間が迫っていたので、宇宙作業着が置かれている部屋へと走った。そう、走った。
宇宙とは無重力の空間だ。しかしこの宇宙ステーションにはちゃんとした重力が働いている。それはステーションの内縁部に限られるが、歴とした重力が働いている。いつもは当たり前のことだから気にもしていないが、昔ながらの作業をすると、どうもレトロな疑問が浮かんできてしまうものらしい。
実際、重力があった方が衣服を着るために便利なのは確かだろうし、筋肉の弛緩や骨の衰えの心配も微々たるモノだ。少なくとも月と地球の往復が一般化されているこの世界で、人工重力というものはなくてはならないものなのだ。
作業着を着終わり、船外作業のために外縁部へ向かうと、それまでは地面に着いていた足がふわりと浮く。そうなると人間は手すりなどを使わないと前に進めない。もっとも、そうどこでも手すりがあるわけではないので、バキュームガンのような体を引き寄せる道具が必要となるのだが。
そこそこの速度で先端に付いている吸盤が射出され、糸を巻き取る形で俺の体が正面の曲がり角へと引き寄せられていく。そのままだとぶつかってしまうので体をぐるりと半回転させ、足で着地する。壁に着地と言っていいのかは知らないが。
無酸素室の前にある工具保管庫でタイムカードを切り、必要な工具一式をつかむ。この部屋に来るまで、すれ違った人間はほとんどいなかった。きっと大多数が今日の午後に予定されている実験に参加、ないし見学に行っているのだろう。羨ましいかぎりだ。
この宇宙ステーションはアメリカにあるキリアグラム工科大学保有の宇宙ステーションだ。工科大学の資産だけあって、内部では様々な実験が、それこそ技術の分野にとどまらず、行われている。一種の研究機関のようなもので、在注している人間は大学の関係者がほとんどだ。
俺をはじめとした一部の教授から推薦を受けた学生はその実験や研究に参加する権利があるが、実際のところ、娯楽が公共ネットワークサービスくらいしかないため、推薦を受けても断る学生もそれなりにいる。食事の種類も制限されるため、娯楽がそれだけ、というのは確かに味気がない。それは大人の研究者も似たようなもので、とどのつまりこの宇宙ステーションにいる人間は実験、研究のフリークだ。
だから俺もできれば今日の実験には参加したかったし、よしんば参加ができなくても実験を見学するくらいはしたかった。はぁ、とため息がこぼれ出る。こんな時間に船外バイトが入らなければ、と悔やんでも悔やみきれない。
「あとでレポートを見ればって話だけど、なんかなー」
生で受ける情報と紙面越しに受ける印象というのは違うのだから。いっそ今からでもバイトを抜けて見にいく、ということも考えたが、タイムカードを切ってしまったことを思い出して断念した。そもそもバイトを無許可でバックれようとすること自体がナンセンス極まりない。
俺がしているバイトはバイトであると同時に実地研修でもある。本来だったらなんらかの資格が必要な作業も、ここでは「学生のバイト」として紹介している。それは単なる小遣い稼ぎも場というだけではなく、技術を磨く場でもある、ということだ。もちろん、最初の方は付き添いの教師役がいたが、今では問題なしとして、一人で船外作業を任せられている。そのうえお給金までいただけるのだから願ったり叶ったりだ。
しかも船外作業のためにアームズマンという宇宙はもとより深海、溶岩地帯、果ては放射能汚染環境でも作業を行うための作業ロボットまで貸し出されているのだ。普通だったら免許がなくてはいけないが、キリアグラム工科大学の学生だから、という信用によって貸し出されている。サボるということはその信用を裏切ることになる。
だからサボるわけにはいかないし、サボってもメリットがほとんどないのだ。
アームズマンで船外を飛翔しつつ、時折駐機してブレスレットタイプのホロディスプレイ表示器を弄りながら船外の作業を続けていくと、100メートルほど離れた場所に異常を知らせるアラートが表示されていた。これだけ大きな宇宙ステーションだから珍しいことではないが、実験中であることを考えると少し警戒してしまう。
見たところステーションの外壁だ。ステーションの内縁部と外縁部では電気系統が独立しているので、仮に外壁になんらかの異常があっても内部への電力的、ネットワーク的な弊害はない。
異常箇所の周囲はアームズマンで近づくには少しだけ狭かったので、作業着のエアスラストを使って近づくと、外部通信用の接続プラグが故障していた。問題というわけではないが、壊れていて迷惑を被るのも面倒だったので、工具箱から昔懐かし、いつまでも変わらないレンチを取り出した。ゴソゴソと作業をすること小一時間、ようやく修理が終わり、ヘルメット内の濾過装置が正常に機能し、俺の額に滲んだ汗を真空の宇宙へと放出していく。
「他は、ん?」
視界の端で何かが光った。顔を上げ、その光の正体を——
——光が迫ってきた。ものすごい勢いで鈍色の光が、俺めがけて迫ってきた。逃げる間なんてなかった。
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西暦2197年10月18日、キリアグラム工科大学保有の宇宙ステーション「プロスペクト」が「反物質転移実験」の事故によって消失。
生存者はゼロ。この事故によるスペースデブリは発生せず。遺体はいずれも回収されず、実験の影響によってすべて消失したものと思われる。
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簡易解説
キリアグラム工科大学)アメリカ系工科大学。複数の宇宙ステーションを所有する世界有数のマンモス大学であり、DB手術やFBP(Fast Build Programing)システムなど、2180年以降の地球において影響力の大きい医療技術や建築技術に対して重大な役割を果たしたことで知られている。
主人公であるファルニール・エルフガーデンが籍を置いている大学であり、現在は物質転移についての研究を行っている。また、同大学に在籍するエルグバッハ教授はサイボーグ研究の第一人者である。




