フリージア
鉄心たちはアイシャの提案の元、メイアと3人で修練施設へと向かう。
先頭を歩くアイシャの足取りは軽やかで気持ち楽しげに見える。早く試したくてたまらないといった所であろうか…
そして鉄心は先程自分で放った言葉への後悔が更に積もっていく。
自分で言ってしまった事なのだが、とても考え無しで幼稚な発言だと思ったからだ。
今まではあくまで不良同士の泥臭い揉め事程度の中での強さ自慢。
ただ力任せに相手をブン殴って来ただけであって、期待されたところで魅せるような特別な技術や技なんかがあるわけでもないのだ。
だが言い出そうにもアイシャのあの期待に満ちた表情を前にするとどうしても言い出せなかったのだろう…
まだ目的地にすら着いていないというのに、この先には不安しか感じていなかった…
「さて、着きましたわ!」
前を歩いていたアイシャは両開きの扉の前で立ち止まる。
すかさず後にいたメイアが前に行き扉を開け、2人に先に入るように促す、
「ありがとうメイア。さて鉄心、行きますわよ!」
もう既にテンションが上がっているのだろう、アイシャは真っ先に部屋の中へ入っていく。
そしてその後を続くように鉄心、そしてメイアも中へ入る。
修練場と呼ばれたその部屋は広く四方を石造りの壁により囲まれた質素な場所であった。
しかし天井は高く、外側に配置された窓からは眩しいばかりに陽の光が差し込んでいる為に閉塞感は皆無である。
大きさでは一般的な学校の体育館程度だろうか…
その中で1人、鉄心達3人とは別に先客がいた。
その1人は入ってきたばかりの来客に気づき、慌てて近づいて来た。
「ひ、姫様!どうしてこのような場所に!」
剣を片手に持ち、紫色で肩にかかる程度に少し長めの髪、そして身体には鎧を身につけている若い女性。
見たところ20歳かそこそこだろうか、小柄ではあるが凛とした雰囲気を感じさせる。
そして小柄な身体には似つかわしくない胸がとても目立つ。
鎧の上からでも分かるほどハッキリとした大きさ…
「あらフリージア、御機嫌よう。少しお邪魔いたしますわ。」
「いいえお邪魔など……そのような事はございません!」
アイシャがフリージアと呼んだその女性は片膝を地面について畏る。
「顔を上げなさい。修練中だったのでしょう?中断させてしまいましたわね。」
「姫様がお見えになったのですから当然です。本日は如何様なご用件でございますか??」
フリージアは膝をついままにアイシャへと尋ねる。
「私は何もしませんわ。今日はただ…」
そういって後ろに控えていた棒立ちのままの鉄心の方を見る。
「姫様、こちらのお方は?」
フリージアは鉄心を見て尋ねる。姫とその従者に連れられてきた謎の男、おそらく彼女にはそう見えたのだろう。
正直な疑問であった。
「そうですわねぇ…鉄心は私のつk「お客様です」……そう、私の客人だと思って頂いて結構ですわ!」
途中メイアがフォローをかぶせる。
いきなり使い魔だと言ってしまうと後が面倒だと思ったのだろう。なにせ『人』の使い魔が召喚されたということはまだ殆どの人には伏せてあるからである。昨晩現場に居合わせた数名の他には明かされていない情報、メイアはまだフリージアには伝えるべきではないと判断したのだ。
「そうでしたか!これはお客様、失礼致しました。」
フリージアは今度は鉄心の方へ向き直ると
「私、アストランザス王国城内にて警護部隊長を拝命しております。フリージア・セルべレストと申します。どうぞ宜しくお願い申し上げます。」
と、丁寧に応対する。
それを受けた鉄心は
「あ…どうも。克己鉄心といいます。」
なんとも言葉少ない、不慣れな感じで返した。
「それでは克己様、本日はどのようなご用件でこちらにいらしたのでしょうか?」
その問いにすかさずメイアが答える。
「克己様は腕に覚えがあるとの事でしたので、本日はこちらに伺わせていただいたしだいでございます、フリージア様。」
鉄心はおろか、主であるアイシャですらも静止せんばかりに淡々と説明をする。
「お客様の腕試しを行うのですか?」
フリージアは少し混乱しているようだ。それもそうだ、もっともな疑問ではあったのだが…
「まぁ細かい事など気にする必要はありませんわ!さぁ鉄心、支度をなさい。」
フリージアの疑問もなんのその、アイシャは強引に押し切るつもりだ。
「いやちょっと待ってくれ、いきなり準備と言われても俺は何すりゃいいだ?」
鉄心は連れてこられたはいいが、何をするのかなど一切知らされていない。メイアもそうであった。
そしてその言葉にアイシャもハッと気づいた。
「まさか…何も考えずにここまで来たのか?」
鉄心の冷ややかな視線が突き刺さる。
「い、いえ…ちゃんと考えてましてよ!ええ勿論……何も考えていないなど私にはあり得ませんわ!」
強気な発言と姿勢は崩さない。しかし目線はどこともなく泳いでいる様子。周りをキョロキョロと、決して鉄心とは目を合わせないようにしている。
そしてその泳ぐ目線がフリージアと合った途端、何かを閃いたのか急にアイシャの目に力が入った。
「鉄心には、今からフリージアと闘ってもらいますわ!」
「「「えっ???」」」
その場にいたアイシャを除く3人の言葉が重なった。
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「あの……克己様。本当にそんな格好で大丈夫なんですか?」
フリージアは戸惑っていた。その理由は目の前の男が何も持たない丸腰の状態のままで立っているからだ。
そしてそんな丸腰の鉄心に対しているフリージアは木刀を一本携えている。
先程のアイシャの突飛な発言後すぐ、鉄心はメイアに連れられて色々な装備品が仕舞われている保管庫へと向かったのだ。
フリージアは自分の持っているような木刀や、もしくは他の木槍などを持って来るものだと思っていた。
ところが鉄心は保管庫に入った時と変わらない格好のままに出てきて自分の前に立っている。
いや、一つだけ違う部分があるとすれば両方の手に手袋をはめている。武器などを素手のまま握ると力を込めた時にマメができたり皮が破れたりする。鉄心がはめている手袋はそんな怪我を防ぐ為のもので、決して武具などではないのだ。
「大丈夫だ、問題ない!……というより、武器とか使った事ないからさ。しょうがないじゃないか!」
実は鉄心は素手のままで出て来るつもりであったのだがメイアに止められるた。
何か一つくらいは身につけておけと…
そこで目に付いた手袋を手に取ったのである。
実際付けてみると中々に感触が良く、手の甲部分は皮が分厚く、それでいて手の平部分と指先は薄い皮が使ってあるので拳を握ってもあまり違和感がない。むしろ少し握り込めるので力も入りやすいくらいだ。
「まぁそう仰るのであれば私も構いませんが…何も持たない相手に剣を向けるのは少し抵抗があるのですが…」
最後の方は小声で呟くように発する。だが鉄心にもその小言は聞こえたらしく、少しバツの悪そうな顔をしていた。
だがそんな2人にも構う事なく
「ごちゃごちゃ言わずに始めなさい!私些か待ちくたびれましてよ。」
この面倒な状況を作り出した元凶は悪びれる事なく急かし出す。
これから起こる事を楽しみにしているのか、目が輝いている。
鉄心とフリージア
2人はだいたい4mくらいだろうか、離れた状態で向き合っている。
「フリージア!」
「はい姫様。」
「鉄心に色々打ち込んでみたらどうかしら?」
「どうかしらとおっしゃられましても…よろしいのでしょうか?克己様。」
フリージアは困惑しながらも鉄心に尋ねるも、
「構いません、私が良いと言うのだから良いのです!」
と、アイシャの方が有無をも言わさぬ勢いで答える。
「……分かりました。克己様、行きますよ。」
「行きますよって、少しは俺にも答えs」
鉄心は反論をしようとした。
しかしそれは途中で遮られることとなった。
ほんの瞬きような一瞬の間の出来事。
先程まで少し離れた位置にいたはずのフリージアが既に手の届くような距離にまで来ており、手に持つ剣を振り下ろさんとしていたのだ。
あまりに一瞬の出来事ではあったが、鉄心はかろうじて反応する事が出来、半身からだをよじることでフリージアの一撃を寸でのところで避けきった。
空を切る剣
フリージアは自らの剣が躱されたことを確認し、そして先程とは逆に、今度は一瞬にして鉄心との距離を取り、また先程と同じように剣を構え直す。
「今のを回避しますか、素晴らしい反応ですね。」
不意の一撃を躱されたというのにもかかわらず少し嬉しそうなフリージア。
対して、
「いや、まぁこのくらいはね……ははっ…そりゃ避けれますとも…」
引き攣った笑みを浮かべ、額からは汗が流れ落ちている鉄心
「姫様、やはりいきなりフリージア様が相手とは、克己様には荷が重いのではありませんか??」
一連の2人の動きを観ていたメイアはアイシャに話しかける。
「そんな事は百も承知ですわ。あなたも知っているでしょう?フリージアは城の警護部隊長を任されている兵士の1人、彼女よりも強い人間は城の外、アストランザス王国内含めても10人いるかどうかの実力者でしてよ。初めから鉄心に勝ち目なんてありませんわ。」
「でしたら姫様は克己様に何をお求めなのですか?」
メイアが投げかける純粋な疑問。
力が見たいと言い半ば無理矢理連れてきたところ、口ぶりから察するには別段勝ちを望む訳では無いと。
ならば、克己鉄心は一体何を試されているのか。
「そうですわね、それはまたいつか教えて差し上げますわ。」
ふふっと、アイシャは意地悪な笑顔だ。
「今は教えてくださらないのですか?」
そんな主人の気まぐれにちょっと困惑のメイア。
「それよりも今は2人を観ておきましょう。」
少し困り気味の従者の反応が、アイシャにはとても楽しそうであった。
そんな2人のやりとりなど梅雨知らず、鉄心はフリージアから繰り出される剣戟を2度、3度と躱して行く。
だがそのどれもがギリギリの紙一重。
攻撃を視認してから避けるだけで精一杯のよう。
到底何かしらの反撃やアクションなどを取る事もままならない。
(こりゃまずいね、早すぎる。といってもどうすりゃいいのか…)
このままではジリ貧で、いずれは避けきれなくなる事を察している鉄心。
「どうしました克己様。避け続けるだけでは何も状況はかわりませんよ。」
フリージアは余裕のある挑発じみた言葉を放つ。
「いやいや、そうなんですよね〜。参ったな……」
対して余裕は全く無いが、冷静さを装う発言の鉄心。と、ふと今の状況に考えが及んだ。
(そうか、なんとかギリギリ反応は出来るんだ。あとは……っ!!)
思考を遮るかの如くフリージアの剣戟が飛んでくる。
またもやかろうじての回避だ。
(やべぇな……あぁもう、こうなりゃ一か八かだ!!)
ようやく何かに覚悟を決めた鉄心。そんな雰囲気を察したのか、
「ふふっ、何か秘策でも思いつきましたか??」
フリージアは楽し気に問いかける。
「いやいや、秘策なんて上等なもんじゃ無いんですけどね。このままじゃ終わんないんでね…」
向き合う2人の集中力が高まる。
ピリピリと空気が張り詰めて行く様子がアイシャやメイアからでも見て取れる。
フリージアは木刀を両手で握り、それでいても緩やかに力など入っていないかのような自然体のまま上段に構えている。
対する鉄心はフリージアの動きを見逃すまいと構えている。一挙手一投足どんな動きも見逃さないつもりなのだろう。
先に動いたのは鉄心だった。一気に前に進みフリージアとの距離を詰める。
鉄心は剣先から目を逸らさない。振り下ろされるであろう一撃目を見逃さないつもりだ。
だが鉄心と同時にフリージアも距離を詰めていた。
完全に鉄心が先に突っ込んで来るのを計算していた動き。そしてそのまま迎撃の一撃が振り下ろされた。
超高速で迫り来る攻撃、鉄心は剣筋をしっかりと見定める。
(早っ!!でも……見えないことは、ないっ!)
「行くぞおらぁ!!」
自らの持つ反射神経と、ありったけの力を両手に込める。
バシッッっ!!
「っってぇ〜」鉄心は両手の平で木刀の刃を受け止める。
「っっ!?まさか!」
フリージアもまさか自分の剣が止められるとは思っていなかったようだ。
何も持たない所から考え、避ける事を想定していたからだ。
まさかこ止められるという想定外の事象に一瞬だけフリージアの動きに遅れが出る。
鉄心はその一瞬の遅れを見逃さず、行動を次に移す。
捉えていた木刀をそのまま両手で鷲掴みにすると、
「フンっ!!!」
バギッメキメキっ!
先端の方を潰して引きちぎったのだ。
「「「はぁっっっ???」」」
戦いを観ていた2人、そして相対しているフリージアからも驚きの声が出た。
自分の剣が止められた上に折られてしまった事に驚きを隠すことが出来ず、更に行動に遅れが生じてしまったフリージア。
思考が追いつかないままに本能的に一旦距離を取ろうと下がろうとするところ、次はガッチリと手を掴まれる。鉄心はフリージアが離れる事が出来ないようにしたのだ。
いきなり掴まれ呆気に取られているフリージアに対し、鉄心はグイっと掴んだ手を引き寄せる。
そして、完全に素手の鉄心の間合い。更にフリージアはすでに武器は破壊され失っていた。
「これでどうだいフリージアさん?降参しては貰えないかな?」
ギブアップを促す。
鉄心が思い至ったのは、武器破壊による無力化なのであった。避け続けるのでは無く、あくまでも勝ちに行く。
過去の経験上。木刀ならば折って壊す事は可能だと知っていたが故の策であった。
そして何とか予定通りに事を進める事が出来た。
もし、ここでフリージアが諦めない時は逆に降参してしまおう。
鉄心の中では勝負はついており、これ以上は続けるつもりもなかったのだ。
「参りました。こうなっては続けることもできませんね。」
フリージアはアッサリと自らの負けを認めた。
かなり拍子抜けではあるが鉄心はホッと胸をなでおろす。
「お見事ですわ鉄心!」
見守っていたアイシャも喜びの声を上げた。
「えっと…私の完敗ですね。このような方法を取られるとは思っていませんでした。」
フリージアは改めて鉄心に自らの敗北を語る。しかし心なしか少し顔が熱でもあるかのように赤らんでいる。
「いや、俺の方こそ避けるだけで本当は精一杯でしたよ。最後も獲物が木刀でなきゃ出来ないやり方で、正直全然勝った気もしないし…」
思わず本音が出たのだろう、威圧感を放っていた先程とは打って変わっての安心したような優しい笑顔。
「それで……ですね、あの……」
フリージアは更に顔を赤く染め、何か困ったかのような恥ずかしがっているかのような…少し挙動不審状態だ。
「どうかしたのか?」
「その…そろそろ手を離して頂けますと……」
「!?」
言われてようやく気づく。シッカリと掴んで離さないフリージアの手を。
「っっ!ごめん!」
慌てて手を離す。鉄心も少し恥ずかしくなってしまったのだった。
「くくっ…あら鉄心、顔が赤いようですがどうかされまして?」
アイシャが笑いを堪えながら近づいてくる。
「まさか無力化する事で勝利を拾うとは…私驚きましてよ!」
「いや、今回たまたま上手く行っただけだし、フリージアさんも全然本気じゃない感じだったし?」
恐らく次に戦えば結果は逆の筈だ。同じ戦法が二度通じるとは思えない。
鉄心は口には出さないが実感していた。
フリージア・セルべレスト。街のチンピラや不良共とは別格の強さであった。
そして、まだまだ今日みせた力はほんの序の口程度のものであろう事は鉄心も理解していた。
「ありがとうございました克己様。本日は私も良い経験を得ることが出来ました。」
「いやこちらこそ。ありがとうございましたフリージアさん。」
そんなやり取りを行い、「それでは姫様、私はこれで失礼致します。」とアイシャに一礼をしたフリージアは修練場をあとにする。
その姿を見届けた後アイシャは真面目な顔で鉄心に話しかける。
「ですが本当に鉄心は面白いですわね。そうですわね……今夜は2人でゆっくりとお話しを致しましょう」
「は?夜か?」
「えぇ今夜。私が鉄心の部屋に向かいますわ」
凄い発言が飛び出した。
『今夜』『2人で』『ゆっくりと』
鉄心にはその言葉は強烈だったのだろう、思考が停止したかの様に固まってしまう。
「克己様、一体何を考えているのですか?もちろん私も同席致しますよ。」
メイアの問いにようやく我を取り戻す。
「はぁ!?べ、別になんも変な事は考えてねぇから!!」
「「変なこととは??」」
思いっきり墓穴を掘ると、2人はそれを流す事なくさらに掘り進めようとしてくる。
「まぁそんな気構える必要はありませんわ。普通の世間話…貴方も私に色々と聞きたい事が多いでしょう?」
「確かにそれは俺としてもありがたい事だけど…なんで今からじゃなくて夜なんだ?」
実際のところ、昨夜から今まで鉄心は殆ど何も知らないに等しい状態なのである。
しかし、それなら今からでも良いじゃないかと疑問に思ってしまう。
「それは私から説明致します」
メイアが急にアイシャのメイドモードへと切り替わった。
「姫様には本日この後、お祝いの会食のご予定が入っております」
「お祝いって何の??」
そう、恐らく城にいる皆が知っていて…鉄心のみが唯一知らされてなかった事
「本日は姫様の16歳になられたお祝いの日でございます」




