方法
コンコンコンッ!
扉をたたく音が鳴る。
今は夜…時計は11時を回ったところである。
「はいはい、どうぞ〜。」
鉄心は自室の代わりにあてがわれた部屋のソファーに座ったままで扉の向こうへと返事をする。
「失礼致します。」
そういって入って来たのはメイア、そしてその後ろに付くような形でアイシャも部屋に入って来る。
先程までパーティに出ていたからであろう、丈の長い真紅のドレスを身に纏っている。ボディラインのハッキリと強調された妖艶で且つそれでいて気品を感じさせる出で立ち。
派手な色ではあるが、アイシャはそれを上品に着慣らしている。
火の灯りに輝く金色の髪色と相まって、見るものの視線を釘付けにする圧倒的な美貌。
鉄心は思わず息を呑む。
昼間とは全くと言っていい程印象が違うのだ。
そしてお酒でも入っているからだろう、顔色はほんのりと赤らみ、上気しているその様はとても色っぽく感じる。
「お邪魔しますわ。ごめんなさいね、少し待たせてしまいましたわね」
「あぁ…いや別に構わないから。そんなに待ってないし…それに主役が早々といなくなる訳にもいかなかっただろ?」
一瞬見惚れてしまい気後れしてしまうも平静を装う。
「ほんとうは鉄心にも参加して頂きたかったのですが…状況が状況でしたので、皆へのお披露目はまた今度ということで…パーティ中は貴方を部屋に閉じ込めてしまい申し訳ありませんわ。」
鉄心は修練場をあとにした後は、アイシャとメイアの2人はパーティの支度をしなくてはならないという事だった為、鉄心は1人昨晩から充てがわれた部屋に戻されていた。
その際、城の中を歩き回ることは禁止され、部屋の中でおとなしく過ごすようにと言い渡されていたのだった。
城の外からの来客も多くなる為に下手に人目に触れないようにとの配慮だ。
それには鉄心も納得をし、素直にその言葉に従い部屋で時間を潰していたのだ。
部屋には備え付けで本も置いてはあったのだが手をつけてはいないようで…
「いやいや、おかげでゆっくり休めたよ。」
「あら、それならばよかったですわ。」
そう言ってアイシャは部屋の外に出ているテラスへと向かう。
小さいテーブルと椅子が置かれ、そしてその位置からは城下の賑やかな街灯り。
そして静かに澄み渡った星空を一望することができた。
アイシャは椅子に腰掛けるとそのままジッと外を眺めている。
アイシャの後に続くようにメイアもテラスへと向かうとティーカップを2つテーブルへと並べた。
「克己様は何かお飲みになられますか?」
メイアが先に座った主人に飲み物を注ぎながら鉄心にも尋ねる。
「ええと、俺は水を貰えるか?」
「かしこまりました、克己様もこちらへおかけ下さい」
未だソファーに座ったままの鉄心をアイシャの座るテラスのテーブルへ来るよう促す。
丁寧にアイシャの対面の椅子を引く。
「ありがとうメイアさん。」
鉄心はその案内のままにアイシャの待つテーブルへと移動した。
鉄心が座った事を確認したメイアは
「では姫様、私は室内にて待機致します。」
「ありがとう、何かあれば声をかけますわ。」
「かしこまりました。」
そう言い残し、テラスの戸を閉め部屋の中へ戻って行く。
2人きりになったものの、鉄心は何から話そうかと悩んでいた。
特別コミュ障という訳ではないが、饒舌でもない。
これが辰秋ならば小粋なトークの一つや二つくらいは持っていそうではあるが……
そんな事を思いつつ、鉄心は先ずは当たり障りのない会話から始めてみようと思うのであった。
「そういや16歳おめでとうアイシャ。俺の一個下になるんだな」
「あらそうなんですの?私、鉄心は年下だと思っておりましたわ」
「まさか…それは身長を見て言ってるのか?」
「そうですわね、他の殿方に比べると些か低いように思いますわ。」
一瞬鉄心の顔が引き攣るも、今のアイシャには一切悪気がないのは理解している。
「あ、アイシャ…背のことは…な?あんまり言わずにいて貰えると助かるかな…」
「あらごめんなさい、気にしてましたのね。」
「いや気にしてる訳じゃないけどな!!」
悪気はない…悪気はない、と鉄心は自分に言い聞かせ心を落ち着ける。
最後少し語気が強まってはしまったが、なんとか流すことに成功した。
「う〜ん……」
「なんだよ、そんな人の顔をみるんじゃねぇよ。」
「あら?もしかして照れてるんですの?」
ジッと鉄心の顔を凝視して唸るように何かを考えている。
酔って顔を赤らめているアイシャに対し鉄心は視線を合わせる事が出来ないでいた。
「見れば見る程人相が悪いですわね。小さな子などは見ただけで泣いてしまいそうですわ」
「いきなりだなおい!そんな事は俺が一番分かってるわ!」
とんでもなく失礼な事を言い放ったアイシャ。
人相が悪いのは百も承知である。
「と、とにかくだ!本題に入ろうぜ。色々と話は積もってんだからな。」
前振りはもう終わらせる、聞きたい事は山程あるのだ。
朝や昼の時はあまり深くまで話す事ができず、それはアイシャも同じなようで…だからこそこの場を設けたのだろう。
「そうですわね。鉄心、私も貴方の話にはとても興味がありましてよ。ここアストランザス王国に来る前は一体どんなところにいましたの??」
その言葉を皮切りに夜が始まる。
まず鉄心はこの国、この世界に来る前の事をアイシャに話始めた。
「そうですか、それにしても見ず知らずの子どもを助けるにしても無茶苦茶しますわね。」
「まったくもってそうだよな…今思うと本当に無茶だった。」
鉄心は昨晩自分の身に起こった一連の出来事を話した。
アイシャは鉄心の話が終わるまでの間、一言も発することはなくジッと耳を傾けていた。
「その…こんびに?とれーらー?そのような物があるのですね。」
「なるほど、そういうのも知らないか…」
鉄心もうすうすは感じていた事だ。
今までの生活とは明らかに違う体系の、言うなれば文明のギャップ。
建物の様式、服装や装飾品、持ち物の類。
最も近いのは中世の西洋なのだろうか。鉄心自身そういったものは詳しくなく、イメージとしてそう思っていた。
ここまでくれば後は鉄心でも確信を持つ事が出来る。
「アイシャ。」
「なんですの??」
「俺は本当に…違う世界に来ちまったんだな。」
「……………。」
鉄心の言葉に何も返さないアイシャ。
そしてほんの少しの沈黙の後
「鉄心。」
「何だ?」
先程までの会話の様相とは打って変わり、神妙な面持ちだ。
「あなたは、元いた場所に戻りたいのですか?」
「…………。」
アイシャからの意外すぎる問いかけに、今度は鉄心が言葉を失う。
「戻りたいと頼めば、アイシャは帰してくれるのか?」
「私は戻りたいのかそうで無いのかを訊いています。」
アイシャと鉄心を纏う空気がヒリつく。
「「……………」」
「正直なところ…」
鉄心が口を開く。
「正直なところ、帰りたいとは思っている。」
「…そうですわよね。」
少し悲し気な表情をみせるアイシャ。
予想していた答えなのだろうが、改めて言葉にされるのは彼女自身堪えたのだろう。
「それでも…」
鉄心は続ける。
「少なくとも…命は助けられたとは思っているよ。」
「俺はあの時、確かに死を覚悟したんだ。あの状況からは到底助かるとは思えない、死なないにしても、それには近い感じにはなっていたはずなんだよ。」
鉄心はアストランザスに来る前、最後に見た光景を思い返し話す。
「本当ですの?」
「あぁ、本当さ。安心しろ。」
少し疑い気味のアイシャを落ち着けるような鉄心の言葉。
「だから……アイシャが俺のことで責任を感じる必要は無い。」
「っっ!?」
その言葉を聞くとアイシャは急に立ち上がり、鉄心に背を向けるようにテラスの外を向いた。
「どうしたんだいきなり?」
「なんでもありませんわ!ただ今日は星が綺麗だと思っただけですわ。」
鉄心の位置から顔を見ることは出来ないが、手で目元を拭うような仕草をする。
「そうだな…今夜は確かに空がよく見える。」
鉄心もアイシャの動きは見てはいたが、特に追及することはない。
「鉄心。」
「なんだ??」
「帰る方法……知りたいですか??」
「方法があるのか!?」
アイシャの意外な言葉に鉄心は驚愕する。
「あ、あくまでも可能性の話にはなるのですけれども……。方法としては……。」
アイシャは鉄心の勢いに少したじろぎながらも恐るべき言葉を続けた。
「私を殺してしまう事ですわ。」
「な、何を言ってるんだ?アイシャを殺す?」
「厳密には、私が『死』を迎えた時に帰る事が出来る『かも』という…憶測も入っておりますわ。」
困惑の鉄心をよそにアイシャは淡々と説明する。
「朝方に少し説明した事の続きにはなるのですが、過去にも多くの使い魔が召喚されていたというのは覚えておいでですか?」
「えぇと…人間は初めてだけどもってやつか?」
「ええ。では、その過去の使い魔がどのような最期であったかは言ってはおりませんでしたよね。」
「!?」
ここまでは来て、鉄心はある事を察した。
「アイシャが死んだらってのは…もしかして…。」
「鉄心が考えている通りだと思いますわ。過去の例をみると、主人の命が尽きた時、その使い魔達も役目を終えたからなのか光に包まれ姿を消したとありますわ。」
「なるほど、でも帰れる『かも』ってのはどういう…。」
鉄心が先程アイシャが濁していた言葉への疑問を投げかける。
「それは、帰ったのかどうかは残った者達からは確認のしようがないからですわ。」
「………。それはそうか……」
確かにと納得する鉄心。
「でもそれは楽観的な可能性なんだろ?」
そうで無いのならば別の事態も想定しうる事までも理解している。
「ええ、最悪は、私が死ぬと鉄心も死んでしまう可能性ですわね。」
あっさりと、しかしはっきりと告げられる。
過去の使い魔のその後がどうなったのか分からない以上はそう考えるのが筋だろう。
「却下だ、却下。そんな方法は必要ない。」
鉄心は駄目だと両手を×にして顔を横に振る。
「まったく何て事を言い出すんだ…」
「あら、不確かではありますが、簡単な方法ですわよ。」
「あり得ないって事を除けばな!」
はっきりとした否定の言葉である。
「ふふっ。少し意地悪が過ぎましたわね。」
それを聞いたアイシャは少し上機嫌な様な、可愛らしい笑みを浮かべた。
「それで…」
鉄心は尋ねる。
「それとは別に、簡単じゃない方法ってのは有るのか?」
真っ当な疑問である。『簡単な方法』と、アイシャが言った以上、それとは別に『難しい方法』があると思ったのだ。
しかし、
「あぁ…それはですね…」
急に歯切れの悪くなるアイシャ。
どことなく視線も定まらず泳いでいる。
嫌な雰囲気を感じるとる鉄心。
「おい、まさかとは言わないよな…。」
少し狼狽えたアイシャではあったが、コホンと一息入れると、
「方法はこれから探しますわ!」
堂々と開き直った。




