夜があけて
薄暗い、所々に灯った火と窓から差し込む月明かりのみが照らす石造りの長い通路。
シワの1つもなくずっと先まで続く絨毯、そして所々に飾られた高価そうな絵画や置物はこの場所が普通の場所ではないことを痛感させる。
口には出すことは無いが見慣れない光景に鉄心は少し気後れする。
鉄心は1人の女性、メイアと名乗るメイド服の女の子に連れられて歩いている。
「「………」」
お互い無言のまま歩を進める。
「あのさぁ…」
鉄心は無言に耐えきれずに声をかけようとするも…
「……」
メイアは鉄心に振り返ることもなく前方に向かう。
お互い最初に名前を言い合って以降は無言が続いている。
ピリピリとした雰囲気を纏い、話しかけるのを拒否しているかのようだ。
「だんまりかよ…」
僅かに溢れるような小言を呟く。
聞きたい事は多いものの、メイアは答える気配がない。
鉄心はしょうがないと思い、今の所は疑問をそのままに後について通路を進む。
どれくらい沈黙の時間が続いたろうか、経過した時間以上に永く感じる。
そこで1つの扉の前でメイアが止まる。
「克己様、本日はこちらの部屋にてお休みください。」
ようやくメイアが口を開く。
後ろに続いて歩いていた鉄心に向き直りお辞儀を1つ。
「この部屋は?」
「客室です。」
鉄心の問いに最低限の答えを返すメイア。
そして扉を開け部屋に入るよう促す。
「どうも、えっと…メイアさん。色々聞いても良いですか??」
鉄心通された部屋に入りながら尋ねようとするも、
「すみません克己様、私からは今は何も申し上げる事が出来ません。」
淡々とした声色で続ける。
「翌朝、主人が克己様の疑問にはお答え致します。本日は夜も遅いので、まずはお休みください。」
心の内を見透かすようにメイアは言う。
今日のところは自分からは疑問などには答える事が出来ないと。
最初に釘を刺されてしまった為に鉄心はこれ以上を聞くことが出来なかった。
「なるほど…とりあえずは今日は寝ろって事なんですね。」
しょうがないといった風に不満顔のままこの状況を受け入れる。
明日になれば答えると言う以上、今はその言葉を信じる他なかったからだ。
「それではお休みなさいませ克己様。朝にはまたお迎えにあがります。」
メイアは今一度軽いお辞儀をすると扉を閉めて部屋から出て行く。
扉が閉まり、部屋には再び静寂が、訪れる。
鉄心は客室というには広い部屋を見渡す。
悠々と横になってくつろげるソファー。
大きく高価そうな絨毯が部屋の中央に。
そして三人くらいは楽に寝れそうなベッドも窓の側に置かれている。
他にも色々な見たこともないような大きさの家具が上品に整えて設置してあった。
鉄心はその中のソファーに腰掛けて先程の出来事を思い返す。
「雨の中トレーラーに轢かれそうになったガキを突き飛ばして…そのあと目の前に車が来たかと思ったら雷?みたいなのが落ちて…そんで気づいたらここかよ。」
今目の前に広がる部屋はどう見ても現代日本ではない。
本やテレビで見たような西洋風の建物。
通ってきた石造りの通路。
電気ではなく火の灯りが照らす室内。
そして何より…
「でっけぇなぁ…なんだあれ?山か?」
窓の外に見える月明かりに照らされているとてつもなく大きい山。
窓のそばまで移動し、窓を開けて身を乗り出して眺める。
あまりにもデカすぎて頂上は霞んで確認出来なかった。遠いのか近いのかさえも分からない。
「ここはどう考えても日本じゃねぇな…」
自分の常識外の光景、驚きは隠せない。
「一体何がどうなっているのやら…」
消えそうなくらいの独り言が口から漏れる。
再びソファーに座り、今度は先程会った女性を思い出す。
アイシャと名乗ったとても綺麗な女性。
金色の髪と蒼色の目が特徴的だった。
鉄心を見たときはとても驚いた顔をしていたが、あの圧倒的な存在感が頭から離れない。
あの時、目を覚ました時の事。
アイシャと一言だけ名前を交わしたのち、あご髭の長い男…国王陛下と呼ばれていた男の声を聞いてか勢いよく数人が部屋に入ってきた。
3、4人程だったか、全員が鉄心をみて驚いていた。
警戒と戸惑いが入り混じる雰囲気であったが、国王と呼ばれた男の提案で事は今に至る。
曰く、鉄心が現れたのは想定外の出来事だったらしい。
他にもお互い色々と話す事はあるが、夜も遅いので全ては後ほどとなった。
そしてメイアにこの場所へと連れてこられた訳である。
鉄心はソファーで横になり、天井を眺め。
この状況、今この場で理解できるのは…
(とりあえず寝て、後は朝から考えるか…)
目を瞑り、とりあえずの現状把握は後に回す事にする。
(兄貴…)
ポケットを手で確かめる。間違いなく兄、銀二から渡されたタバコがそこにはある。不意に別れることとなった兄のことを思う。
多すぎる疑問、足りない情報、考えはまとまる事はなく鉄心はそのまま眠りについた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ーーーーーてください。」
何処かから女性の声が聞こえる。
まだ夢の中なのだろうか。
瞼は重く目は未だ開かない。
「ーーー起きてください。」
また同じ女性の声が聞こえる。
と、同時に身体を揺さぶられる感覚。
(うぅ、あれ?朝か…)
起きてください、と確かに聞こえた。
聞き慣れないモーニングコール。
まだ意識は微睡みの中。
『ゲシっ!!!』
と、ふいに衝撃が鉄心を襲った。
「あいたっ!!」
そこで意識は覚醒した。否、無理矢理覚醒させられた。
鉄心は瞼を開け身体を起こす。
「おはようございます。目は覚められましたか?」
鉄心に呼びかけていた女性はメイア、昨夜部屋まで連れてきてくれたメイド服を着た女の子であった。
「おはようございます。ええと…メイアさん、まだ起きるには早くないっすか?というかもしかして蹴った??」
「蹴ってはおりません。」
「いやでも「蹴ってはおりません」…あ、そうですか…。」
少し怒気混じりのメイアの声に気圧される鉄心。
朝とは言うものの、鉄心としてはいつもの学校に行く時間よりも早い事を体内時計が教えてくれる。
事実、窓の外はまだ薄暗く朝日も登っていない。
「確かに克己様のおっしゃる通り早い時間だとは思います。ですが私は姫様の起床の準備もしなくてはなりませんので、申し訳ありません。」
全然申し訳なく思ってはなさそうな淡々とした口調でメイアは答える。
鉄心は前座で、仕事の本番はこの後という事なのだ。
「後ほど給仕が朝食をお持ち致します。それまでは幾らか見繕って着替えを準備しております。お身体に合うかは分かりませんが、こちらにお着替えをしてお待ち下さい。」
軽いお辞儀と共に綺麗に畳まれた衣服を鉄心に差し出す。
見たところ白色のシャツに黒のジャケットとパンツのようだ。
「今着てるのはどうすれば良いんで?」
まだ少し舟を漕いでいる状態の鉄心。
心ここに在らずといった感じでメイアに尋ねる。
「そちらは一旦こちらで預かり洗濯致します。」
分かった、と鉄心は細々と返事を返しメイアから着替えを受け取る。
と、鉄心はいきなり今履いているズボンに手をかけた。
「っっ!ちょっと、馬鹿ですかあなたは!私が出た後で着替えて下さいっ。」
服を渡された途端に着替えを始めようとする鉄心にメイアに狼狽える。
昨夜からずっと鉄心に対しては表情を変えずにいたメイアも顔を赤らめ下を向いてしまった。
「失礼致しますっ!」
そしてそのまま顔を下げたまま急ぎ足で部屋の外へと出ていった。
眠気は一瞬で吹き飛び、鉄心も自分の行いに顔が熱くなった。
そして今の自分の格好を改めて確認し、
「やっちまった…」
鉄心はズボンを半分程まで脱いだ状態、パンツ丸出しの姿のまま立ち尽くしていた。




