邂逅
カーテンの隙間から光が差し込み、太陽の明るさが部屋の中を満たしてくる時間。
(もうそろそろ起きる時間かしら?)
微睡みの中で部屋の主人は目を覚ます。
『コンコンコンッ!』
その時部屋の入り口がノックされた。
「起床のお時間です、姫様。お入りしても宜しいでしょうか??」
部屋の外から若い女性の声、どうやら部屋の主人を起こしに来たようだ。
「ええよろしくてよ。入りなさいメイア」
部屋の主人は大きなベッドから体を起こしながら告げる。
『メイア』そう呼ばれた女性は「失礼致します。」と一言告げると部屋の中へ入ってきたのは、短く薄い灰色の髪にメイド服を着た、まだ14、5歳くらいの少女。
切長で、それでいて綺麗な茶色の目にはあまり感情を感じさせないような雰囲気を醸し出している。
合わせて年齢以上に大人びた佇まいである。
手には主人の着替えであろう、綺麗にたたまれた衣服を持っている。
「おはようございます姫様。本日のお召し物はこちらでございます」
メイアと呼ばれたメイド服の少女は、未だベッドの上で半身を起こした状態のままの部屋の主人に対し深々とお辞儀をし、手に持つ衣服を手渡す。
「ありがとうメイア、早速だけれども今日の私の予定はどうなってますの?」
着替えを受け取った主人は起き上がり、部屋の中に設置されている身鏡のところへと移動しつつ今日の予定を確認する。
シルクのネグリジェを脱ぎその下から白く透き通るような肌が露わになる。
差し込む陽の光によって輝いているようにさえ見える。
「本日はすでに朝食の用意は出来ております。食事後の午前中、まずは魔法の講義。その後に政治学の講義がございます。昼食後は剣術の訓練、周辺貴族様方のとの夕食会でございます。」
メイアは予定の書かれた紙を取り出し淡々と読み上げる。
それを主人は着替えを続けながら聞いているようだ。
「以上が本日のご予定となります。もう一度読み上げましょうか?」
「いえ結構よ、ありがとうメイア。それにしても…夕食会のみ不参加という事は出来ないかしら?とても気が進みませんわ…」
とても憂鬱そうな声を出す。
いかにも面倒臭くて嫌がっているようだ。
「夕食会は王国の方々も数多くご来席なさいます。もし欠席なさいますと国王陛下に何と言われてしまうか…」
行きたくないと言われても、淡々と慌てる様子もなく告げる。
本気で欠席するとは微塵も思っていない様だ。
「もちろん冗談ですわ。あなたも知っているでしょう?私ああいった場所が苦手なんですの」
「もちろん存じておりますが、明日には姫様も16歳を迎え成人として扱われます。公務でも会食などは多くなりますので、今のうちから交流をなさっておくのは必要な事かと…。」
メイドは主人がパーティ嫌いなのは知ってはいる上でその必要性を説く。
過去にも何度となく同じように参席を渋っていたりしたのだろう…
そんな説明も聞き飽きたのだろう、主人は一瞬顔をしかめ
「まったく面倒くさい…」
と、誰にも聞こえないような小さな声が漏れる。
「姫様?今なんと…?」
呟き程度の声だったのでメイドも聞き取れなかったようて聞き返すも、「なんでもありませんわ」と簡単にあしらわれてしまう。
ようやく着替えも終わったようだ。
暗めの赤色を基調とした、身体のシルエットがハッキリと分かるような細身の丈長のドレス。
その上から白い上着を羽織り、胸の前方で縛るような形で編み上げてある物だ。
カーテンを開け放つ。大きく豪華に装飾された窓から太陽の光が入り込み部屋中を包み込む。
「改めておはようございます姫様。本日も身の回りのお世話はこのメイアが承らせて頂きます」
「えぇおはようメイア。今日もこの私、アイシャ・アストランザスに仕えることを許可いたします。よろしく頼みますわよ」
朝日を背に受け、腰までかかる光を放つような金色の長い髪、蒼く澄んだ湖の如き少しつり上がった大きな瞳。
アイシャ・アストランザスの視線は力強い輝きを放っていた。
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大陸中央に大きく聳え立つ『覇天の大山脈』
文字通り天をも貫かんばかりの標高を誇り、そしてその山脈は南北に大きく広がり世界を二分するほどである。
そしてその『覇天の大山脈』の東側に位置するのが『アストランザス王国』
中央に建つ王城をぐるりと囲う形で城下街が広がっている。
街は賑やかで、日も落ちている時間だというのに灯りは眩しく未だ活気付いている。
そしてその王城の一部屋の窓際に佇む1人の女性。
「はぁ…今日も疲れましたわ。会食は当分は行きたくありませんわね」
部屋の窓からでも分かる街の灯りを窓越しに眺めながら、アストランザス王国の王女アイシャは溜息を洩らす。
「アイシャよそう言うでない、これも立派な王女の勤めであるぞ。明日にはお前も16歳になる。公でも成人として扱われる事になるのだぞ」
アイシャと少し離れた所の椅子に腰かけてる、立派なあご髭を蓄えた大柄な男。
気品のある服装で片手にはワイングラスを握っている。
「理解はしていますわお父様。ただ苦手な物はどう考えようとも苦手なんですわ。」
お父様と呼ばれた男。アストランザス国王に対し王女アイシャは返す。
「まぁ今すぐとは言わぬが、必要な事だと理解してくれると助かるのぅ…やっぱり儂はアイシャに甘すぎるかのぅメイアよ。」
あごに蓄えた立派髭が心なしか萎れているようだ。
少し困った顔をしてアイシャの付き人メイアに話を振る。
「いえ国王陛下…そのような事は決して…」
メイアもまさか自分に話を振られるとは思っていなかったのか、歯切れが悪くしどろもどろに返す。
目線もアイシャと国王どちらを向けば良いのか分からずキョロキョロと交互に見ている。
「まったくお父様、メイアを困らせるのはお辞めくださいませ。それよりも…」
アイシャは急に真剣な面持だ。
途端、その場にいた国王とメイアも一気に気を張ったような表情になる。
そしてアイシャが2人を確認すると口をひらいた。
「今夜行う『使い魔の召喚』、今一度詳しくご説明いただけますか?」
『使い魔の召喚』アイシャの問いに国王は答えるように説明する。
「うむ、『使い魔の召喚』は我が国の王族の娘が16歳を迎えるにあたり代々取り行ってきた儀である」
国王は続ける。
『使い魔の召喚』はアストランザス王国の女性が成人を迎える日に行う儀式であり、過去には特殊な力を持った狼や蛇などの魔獣が召喚され、主に召喚者である王女達の護衛などを担ってきたこと。
公務等で国外に出ることも多くなる為、身の安全を守るために講じられたものが元となっている。
「男児であれば幼き頃より武術を学び、軍にも従軍させて我が身は自分で守れるように教育するのだが…また男児であれば、王国の始祖である英雄王の力がある程度は継承される、多少の刺客如きでは遅れを取る事もないだろう。」
しかしその力は女性には受け継がれない。
それゆえの自衛の手段なのだと言う。
「ですがお父様、私は剣術もそれなりに嗜みますし、魔法も王国ではそれなりに力を持っていると自負しております。護衛など必要ありませんわ。」
更にはメイアも側に仕えているから…と、アイシャは自信満々に国王に伝える。
自分には護衛など不要と。
「そう言うでないアイシャよ。護衛も少ないよりも多い方が良いであろう?」
また国王は少し困った顔をし出した。
「それに使い魔となる魔獣は特殊な能力を持つという。過去には少し先の未来を予知することが出来たり、遠方までを一瞬で移動出来たりというものが伝わっておる。持つ能力は様々ではあるが、主人に決して不易なことはないのだぞ」
国王はアイシャを諭すような口調で説明を続けている。
「アイシャよ、これはお前個人の戦力だと思うが良い。今はそれで納得してはもらえないかね?」
「ふんっ、まぁお父様がそこまで言うのであれば、私からこれ以上はとやかくは申しませんわ。」
少し不満気ではあるが、アイシャはしょうがないといった風に納得しているようだ。
その様子をみて国王も少し安堵したようだ。
そこで時計を見ていたメイアが口を開く。
「陛下、姫様、そろそろ時間かと…儀式の準備もございますので、移動されてはいかがでしょうか?」
時間はもうじき深夜の12時に近づいているところであった。
「そうですわね。それでは参りましょうかお父様。」
その言葉に国王もうむっ、と髭を撫でながら立ち上がる。
「さいごにアイシャよ、召喚の際には自らの願いを思い浮かべると良いそうだ。どのようなカタチかは儂にはわかりかねるが、過去多くの使い魔の能力は主人の願いが具現したものだと言われておるようだぞ。」
願い…そう言われた途端アイシャの表情が曇る。一瞬のことなので国王もメイアも気づかなかったようだが。
神妙な面持ちで、何かを考えている。
「間違っても世界を滅ぼそうなどとは思っては駄目だぞ。悪魔なんかが召喚されては大変だからな。」
国王はガハハ!と冗談混じりに笑いながら部屋の外へ向かって歩き出している。
「それはそれで面白そうですわね。いっそ世界を私のモノにしてしまいましょう。」
アイシャも先程、考え込んでいた時とは打って変わり、冗談を返しながら国王の後に続く。
「私の願い…か…」
歩き出したアイシャの表情はまたも真剣な様子だ。
その事に気づく者は誰一人としていない。
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アストランザス城の地下施設。
その大きく広がった空間にいるのはアストランザス国王と姫アイシャの2人だけである。
広間の床には大きく魔方陣のような文様が描かれている。
時刻は深夜12時の2、3分前といったところだ。
「お父様、この辺りでよろしいですか?」
アイシャは魔方陣の前に立ち、父である国王に問う。
自信満々に腕組みをしている。
「うむ、魔方陣も文献の通りであるな。あとは数分、日付けの変わるのを待つとしよう。」
国王は国に代々伝わるという書物に目を通しつつ床に描かれた魔方陣を確認する。
「アイシャよ、あとはお前の望みを思い浮かべるのだ。いつも通りの自信を持って儀式に取り組むが良い」
そして国王は大きく閉じられた扉の方に目を移す。
「何も起こらぬとは思うが、メイアや儂の護衛も王国軍総司令を含めて数人扉の外に控えておる。心配なぞ不要であるぞ。」
国王の話では、儀式を行う事自体は近しい者には周知であるものの、その内容は王族以外には極秘であるとの事。
ゆえに側近であろうとも広間に入る事は許されず、召喚が終わるまでの間は扉の外で待機をする事になっている。
「それではお父様、少し離れてご覧くださいませ。この私が召喚するのですから過去に類を見ないほどの強大な力を持った使い魔が現れる事でしょう。」
アイシャは腕組みをそのままに仁王立ちしている。
自分自身、失敗するとは微塵も思っていないようだ。
その言葉に国王はうむっ!と少し離れたところへと移動する。
逆に国王は言葉が少なくなっている。
あまりにも娘が自信過剰にみえ心配しているのか、当事者以上に緊張している様子である。
そんなやり取りを行なっていると、城にある大時計が12時を知らせる鐘を鳴り響かせた。
アイシャは目を瞑り魔方陣に向かって手をかざす。
その手は光を浴び、更には魔方陣もうっすらと光を放ち出す。
「遠き門より来たれ 全ての理、輪廻の輪よりはずれし者 」
(私の望み…願い…欲しいもの…)
書物に記されていた通りの呪文を唱えつつアイシャは自分自身を思案する。
魔方陣は赤い輝きを放っている。
「幾百の海を越え 幾千の空を駆け 」
「幾万の闇を払い 幾億の世を渡る 」
(私の願い…それは…)
呪文が体の内から溢れてくる。
すでに書物に書いてある口上とは違うが、心が教えてくれる。
「天の鎖にも縛られぬ 囚われることのなき風 」
(何ものにも縛られない、囚われない、この城より見上げる蒼い大空のような…)
すでに光は広間すべてを満たしている。
とてつもなく巨大な力の渦が出来上がり、魔方陣の中心へと向かって流れていくようだ。
国王はその力の渦を前に目を開くことさえ出来ないように顔を腕で覆っている。
「我が呼び声に応えよ 始まりを告げる翼よ 」
(来なさい!私の翼となる者よ!!)
強い願いを心に刻み、呪文を唱え終える。
もう自分の内から出てくる言葉はない。
その瞬間、体の力がゴッソリと抜けていく感覚がアイシャを襲う。
力を振り絞り倒れこむのを堪える。
「っっっ!?」
目も開けることの出来ないほどの光を前にアイシャも目を瞑ってしまう。
時間にして数秒、次第に光も収まりを見せ、ようやく目を開ける事が出来た。
しかし強烈な光を直視した為であろう、まだ視界がボヤけているのか霞みがかかっているかのようだ。
「まったく、こんなに魔力を持っていかれるなんて聞いておりませんわ…」
軽口を叩くものの、その口調には普段のような力は入っていない。
かろうじて立てるだけの体力しか残っていない。
しかしまだ視力の戻らないはずの目だけは力強く、真っ直ぐと魔方陣の中心を見据えている。
見えはしないがこの視線の先に居る何かの気配。
(成功…したようですわね。とても大きな力を感じますわ)
「おおっ!なんという…そんな馬鹿な事がっ!」
先に国王が視力を取り戻したようだが、声を荒げ酷く驚いている。
焦りとも取れるような声が部屋中に響き渡る。
「お父様、いったい何が……えっ!?」
言いかけたところでようやく目の前に起きた事が理解できた。
『人』だ。
間違いなく人が魔方陣の中心に倒れている。
アイシャの方からは顔を見る事は出来ないが、その背格好から察するに男だろう。
そして倒れていた男は国王の驚きの声に目を覚ましたのか、まずは国王の方に顔を上げている。
「わたくしも驚きましてよ。まさか使い魔が人とは…わたくしも聞いておりませんでしたわ。」
アイシャも思わず口に漏らしてしまう。
そこで男がアイシャの声に気づき、今度はこちらの方を向いた。
普通の黒髪、背も大きくはなく、歳もアイシャと近いくらいだろう。
とても特殊な力があるようには見えない。
だがアイシャを見据えるその目は力強さに溢れている。
「私はアイシャ・アストランザス!答えなさい、貴方はいったい何者なのです?」
先程までの驚きを隠すかのように、普段通りの気丈な口調で男に問いかける。
男もその言葉に反応を示した。言葉は通じているようだ。
男は立ち上がり、真っ直ぐにアイシャを見つめている。
「俺は…鉄心。克己鉄心だ!」
男は自分の名前を確かめるかのよう力強く答える。
お互いの視線が交わる。
だが決してそれは敵意では無い。
この日、克己鉄心とアイシャ・アストランザスの2人は出会いを果たした。




