雨。
すまんな鉄心、辰秋君とどこが遊びに行く予定でもあったんじゃないか?」
「いや構わんよ。多分辰秋といたところで街をぶらつくくらいだろうし…」
兄貴と2人、親父の墓参りの帰り道。もうすでに陽も落ちて周りには街灯が灯っている。
空を見上げると少し雲が出て来たのか月は見えない。さっきまでは綺麗に空が見えていたのだが、この感じだと一雨来そうである。
「遅くなったし晩御飯は何か買って帰るか。鉄心は食べたい物とかあるか?」
兄貴が前を歩きながら俺に聞いてきた。
そうだなぁ…実は今日はまだそんなお腹は減ってないんだよなぁ。
「いや俺は特には…兄貴に任せるよ」
そう返すと兄貴は「分かった」と返事をし前方に見えてきたコンビニの看板に目を向ける。
前にここを通った時は空き地だった気もするが…まぁ新しく出来たのだろう。今時は少し通らなかったところでも気づいたら建ってたりするからな。
どうやら今日のうちの晩御飯はコンビニの弁当になりそうだ。
「ありがとうございました!またお越し下さいませ〜」
店員さんの挨拶と一緒にピロリロ〜ンと自動ドアが閉まる。
見上げると先ほどよりも雲が分厚く空を覆っている。
「なぁ兄貴、マジで雨が降りそうだぜ。さっさと帰ろう」
「まぁ待ってくれよ鉄心、一本くらい吸わせてくれ」
兄貴はそう言うと店の端っこの灰皿があるところへ移動する。
そして今しがた晩御飯と一緒に買ってきたタバコを袋から取り出した。
兄貴は普段からタバコを吸っている訳ではない。
親父の墓参りや法事の時だけ吸うことにしているらしい。
聞いた話では、親父は愛煙家だったらしく、タバコを吸ってる時に親父を身近に感じる事が出来るということだそうだ。
兄貴は【BS】ブラックスピリットと書かれた銘柄の箱から一本取り出し火をつけた。
真っ黒い箱に金色の文字が映えている。
親父が生前に吸っていた銘柄らしい。
ブラックで黒、鉄
で次にスピリットで心。こじつけにも思えるが、俺の名前っぽいという理由で買っていたらしい。
兄貴はフゥーッとゆっくり確かめるように煙を吐いている。
俺は小さかったのであまり記憶にないが親父の事でも思い出しているんだろうか。
親父が死んだ時兄貴は18歳だった。ショックも大きかったはずだ。小さかった俺と二人残されてとても大変な思いをしたに違いない。だがそれでも、兄貴が弱音を吐いたところを俺は見たことがない。いつだって真剣に、そして真っ直ぐに俺と一緒にいてくれた。きっと恋人や友達との時間もあっただろうに…
「そういや兄貴は結婚とかしないのか??確か付き合ってる女ん人いたよなぁ」
そういえばと思い出して聞いてしまう。兄貴はまだタバコ吸ってる途中だ。
「あぁ…あいつとは別れたよ。ひと月くらい前だったかな」
「別れてたのか!なんで?結構良いひとだったんじゃねえの??」
衝撃の発言だ。そんな事を兄貴は一切表情に出すことなく淡々と喋っている。
「いや、確かに結婚するかもと俺も思ってたんだぜ。実際そういう話もしてたしな」
「だったら何で……」
疑問だ。お互いに話もし合ってた上で別れてたなんて…
「まぁ何だ…お互い事情ってもんがあるんだよ。それくらいで納得しておけ」
兄貴はフゥっと煙を吐き出しながら歯切れの悪いことを言う。文字通りにこの話は煙に巻きたいみたいだ。
「そういう鉄心はどうなんだ??強くて有名人なお前だ、色々と女の子も寄ってくるんじゃないのか??」
仕返しとばかりに兄貴はニヤニヤとしたいやらしい笑顔を見せる。
「お、俺は別に彼女とかいらねぇから!むしろ邪魔っていうか…ほら、俺って街とか歩いてても色々絡まれたりするからな!」
そんな俺の様子を見て更に兄貴はニヤニヤとしている。
「はいはい、そういう事にしておこうかね。」
「うっせぇなぁ…しょうがねぇだろ。実際俺の周りは野郎ばっかりだし…どう話していいか分かんねーんだよ!」
俺の情けない告白に兄貴は今度は大爆笑だ。相当面白かったのかゲホゲホとむせている。
「何笑ってんだよ兄貴!」
「いやスマン鉄心…ッ。ククッ…まぁその方がお前らしくていいじゃないか。」
ちょっと小馬鹿にされたように感じるが、こうなったら多分何を言い返しても兄貴には勝てない。
悔しいが…まぁ兄貴が楽しそうで何よりだ。
兄貴がタバコを吸い終わるのを待っているところ、とうとう雨が降り出してしまった。
「スマン鉄心、降り出したな。ちょっと傘買ってくるから待っててくれ。あとほれ、残りは吸っていいぞ。」
兄貴はタバコを俺に向かって放りながらまた店内に引き返していく。
(渡されても俺は吸わねぇんだがな…)
兄貴もそれは知っているが残りの処分はだいたい俺に任せる。
俺はいつもそれを辰秋にあげたり、後輩に配ったりして処理している。
タバコをポケットにしまい兄貴が戻ってくるのを待つ。
雨がかなり強くなってきた、遠くでは雷だろうか雲が光っている。
と、そこで道路を挟んだ向かいに1人の男の子とその母親であろう女性が2人走ってきた。急に雨が降り出したのでこちらも傘を買いに来たところだろう。
2人は少しでも濡れないようにと街路樹の下にいる。車が通り過ぎたタイミングで渡るつもりなのだろう右に左にと車を確認している。
少し先に行けば横断歩道もあるのだが…この交通量だと結局は先の信号が変わるまでは渡れないだろう。
(子ども連れてんなら遠回りでも横断歩道使えよな)
少しでも濡れずに早く店に入りたい気持ちもわかるが子どもも一緒なんだからと思う。
別に他所様の事なので口に出すことはしない。だが少し不愉快なのでそちらの方はあまり見ない事にする。
「待たせたな鉄心。ほら、お前の分だ。」
兄貴が店から出てきて傘を手渡してきた。
「サンキュー兄貴、助かるぜ!」
俺はその傘を受け取り開く。
丁度先の信号も変わろうとしているところであった。
そこで先程の親子に目をやると、車が途切れたところを確認したのか道路を渡り出した。
とその時、一台なトレーラーが信号を無視して突っ込んできた。かなりスピードも出ている。
マズイ…
鳥肌がたち、心がざわつく
運転手も雨と薄暗くなった時間帯のせいなのか親子に気づいてない。スピードは一向に落ちる気配を見せない。
仮に今からブレーキを踏んだところで、止まれるかどうか…
俺に続き兄貴もこの非常事態に気づく。
「おい止まれ!!そこの2人っ!!」
兄貴が叫んだところでまず母親が車の接近に気づき止まる。
だが、子どもの方はそのまま止まらず渡り続けている。
最悪の事態が頭をよぎった…
「馬鹿野郎がぁ!!」
俺は気づくと傘を放り出して走っていた。
「鉄心駄目だっ!」
兄貴の制止する声を振り切り子どもの方へ走る。
車の運転手もやっと気付いたのか『キィーーーッ!』と急ブレーキを踏む。
だが今は雨で路面が濡れている。車が止まる頃にはもう手遅れだ。
俺は全力で走る
子どもに向かって全力で走る
今必要な事はそれだけだ
(あと少しだっ!間に合ってくれ!!)
車が迫り来る中、俺は子どもに向かって飛び込み手を伸ばす。
時間が止まる
いや、実際に止まった訳ではないだろうがそう感じた。
全てが止まった世界。その中で俺だけが動いているようだった。
『ドンっ!』
ようやく俺の手が子どもを捉えた。そしてそのまま母親の方へ突き飛ばす。
子どもと目が合った。何が起こったのか分かっていない顔だ。
(おいおい、まったくそんな顔すんなってーの)
心で悪態をつきつつ間に合った事に安堵する。
これでこの子は大丈夫だろう…
だが問題が1つ…
そう、俺の眼前まで迫っている車だ。
遠くで兄貴が何かを叫んでいるが聞き取ることが出来ない。
(さすがにこのスピードだと無理だな)
確実な死。
数瞬後に訪れるであろう避けられない未来。
覚悟を決めたところで視界の端に兄貴が映る。
俺は…結局兄貴に何もしてやれなかった。
また兄貴を1人にしてしまう。
「ごめん、兄貴…」
きっとこの声は届くことはない。
(ほんと一瞬先は何が起こるか分かんねぇもんだな…)
俺は自分の死を受け入れた。
スローモーションになっていく時間の中、目の前に雷が落ちる。
轟音と共に閃光が走る。
消えゆく意識の中、最後に観た光景
ぼやけて見える人影のようなもの。
そして俺の意識は落雷の光に呑まれ…やがて消失した。




