第5話 最初の標的
ルナリア王国の王位は世襲制で、次期国王が任期である60歳を迎えるか、その前に自ら退位を決断したタイミングで受け継がれる。
誰が受け継ぐかは当代の国王の指名によって決まり、その条件は代々実力主義とされている。
実力とは、権威である。
権威は多くの貴族や臣民から支持され、国に大きな益をもたらし繁栄に貢献することで高まっていく。
その逆に、後ろ盾の喪失や臣民から見放されたり、国に損害を与えるような場合に、権威は下がるのだ。
国王を目指すうえで、僕は権威を高める必要がある。
現状、王位継承権を持つ中で有力とされているのが、第一王子のアルトと第二王子のトリアだ。
アルトとトリアは知力と魔法の実力双方に長けているという点は同じだが、権威の性質は違う。
アルトは内政の能力に長け、支持する貴族は王族派や保守派と呼ばれる歴史や現状の国家体系を望む者たちが多い。
対するトリアは武勲を立てることに秀で、支持層は貴族派や革命派と呼ばれる貴族の利権や国の領土の拡大など、野心の強い者たちが多い。
そして、現状有力な貴族の大半がこのどちらかの派閥に属してしまっているというのが現状だ。
王位争いに大きく出遅れている僕を、都合よく支持してくれる有力貴族などほとんどいない。
そうなると、現状の僕に取れる選択は限られている。
その選択の一つが、Dクラスへ配属だった。
このクラスには、能力が劣っている貴族たちが集められるのだが、能力が劣っているのには確固たる理由がある。
領地経営が厳しい家では教育にお金をかける余裕がなく、余裕のある家に比べて教養の厚みや魔法技術の練度に差が生じてしまう。
そして、領地経営が厳しい家というのは、必ずといっていいほど寄り親がいるものだ。
今回僕が目をつけたのは、そこだった。
他の王子二人についている有力貴族に正面から戦いを挑んでも勝てる見込みはないに等しい。
まずは、末端である寄り子から僕の勢力に取り込んでいき、本当に少しずつだが相手の勢力を削っていく。
寄り子といっても侮ることはできない。
貴族である以上、魔法が使える。
忠誠の権能を活かせば、大きな戦力となる。
トリアと戦っていくうえで、武力は必須だ。
現国王は五年後に退位すると宣言しているため、時間的な余裕はまだある。
「本日講義はありませんので、解散とします」
昼を待たずして、Dクラス担任の教員が放課を告げる。
クラスの面々が昼食のお誘いを進める中、僕もクラスの仲間と交友を深めようと周囲を見渡す。
まあ、これが現実か。
周囲の席に座っている者は、視線を向けるなりすぐ僕から離れて別の場所へ行った。
他に視線を送ってみても、意図的に反らされるばかりで一切合う気配がない。
僕と下手に関りを持つことで、寄り親からの反感を買いたくないのだろう。
彼らとの距離は少しずつ詰めていくしかなさそうだ。
よし、リティアの下へ行こう!
一緒に帰る約束をしているが、リティアの方はどうだろうか。
この流れだと、彼女はランチに誘われているかもしれない。
待ち合わせ場所の校門に着いたが、リティアの姿はない。
明日から始まる魔法学のテキストを五ページほど読み進めたところで、銀鈴のような愛しい声が聞こえてきた。
「リティア――っ」
すぐに声がした方へ振り向き――一瞬にして、僕の胸の中に闇の奔流が渦巻き始める。
「リティアさん。どうしてもダメかい?」
「私は今からルルア様と約束があるので」
「あんな無能な王子は君に相応しくないよ」
「彼を馬鹿にするのはやめてください」
「そんなこと言わないでさ~」
一人の男が、リティアに付きまとっていた。
僕より頭一つ背が高く、マスクも僕の平凡なものより甘く整っている。
男がリティアの肩に手を回そうとしたところで、僕はもう一度愛する女性の名を呼んだ。
「リティア!」
「――っ、ルルア様!」
リティアは僕に気づくなり、すぐに走って僕の後ろに隠れる。
頼られるっていいな……絶対に僕が君を守ってあげるからね!
「誰かと思ったら第三王子様ではありませんか」
「そういう君は誰だい?」
「失礼。私はロイク・ブレイクと申します」
それ以上の名乗りを必要ないでしょと、男は名前だけを口にする。
ロイク・ブレイク――もちろん知っている。
トリア派に所属するブレイク伯爵家の次男で、同世代の中で女たらしと社交界では有名だった。
こいつがリティアと同じAクラスだと知った時点で、警戒する必要があるとは思っていた。
まさか、入学初日からこうして手を出そうとしてくるとは――。
「人の婚約者に手を出すとは、どういうつもりかな?」
「婚約者? これは失敬、あまりにも不釣り合いなもので」
伯爵家の次男の立場で、無能とはいえ王族の僕へのこのいいよう。
どうやら、トリア派としてはまだ俺たちの婚約を認めていないらしい。
「ロイクさん。あなたの方こそ失礼――」
「いいんだ。リティア」
「で、ですが――」
「いいんだ」
健気に僕のために声をあげようとしてくれているリティアを押さえる。
「そんなことより帰ろう。僕たち二人の時間をこんな奴に使う必要はないよ」
「ルルア様――」
「これはこれは、随分と強気なことで――(婚約者の前だから、格好をつけているのですか?)」
そうですが何か?
ボソッと付け加えられた挑発に、心中で淡々と答えてみせる。
愛する人に少しでも格好いいと思われたいのは、自然な感情だよね!
「まあ、いいでしょう。授業が始めれば、あなたは醜態をさらすことになる。そうなればリティアさんも目を覚ますことでしょう」
そうなるといいな。
当然そんなことは口にせず、僕たちは無視をして二人の世界に入っていく。
「申し訳ございません。私の不注意で」
「どうしてリティアが謝るんだ。悪いのはあいつだろ?」
「それでも、私のせいでルルア様が――」
それを言うなら、もとはといえば僕が不甲斐ないのが原因だ。
いや、自分を責めるのは止めよう。
僕は変わると決めたのだ。今は無能呼ばわりを受け入れていたルルア・ルナリアではない。
「ルルア様?」
「ごめん、何でもない。それより、お昼を一緒にどうかな?」
「――っ、是非!」
僕の提案に、パッと明るい表情を浮かべてくれたリティアを見ながら、一つの決断を下す。
最初の標的はブレイク家だ。
これからブレイク家には、没落貴族となってもらうとしよう。




