第4話 至福の登校・苦渋の決意
貴族院入学の日がやってきた。
「ルルア様。行ってらっしゃいませ」
「行ってらっしゃいませ!」
玄関でマイヤ姉弟に見送られる形で、僕は外へ出る。
弟のジルは念のため外出は禁止しているが、家の手伝いは率先してやってもらっている。
あれは……。
門を出てすぐのところに馬車が止まっている。
僕の邸宅から貴族院までの距離は近く、馬車を使う予定はない。
そして、僕にこうして会いにきてくれる人は一人しかいない。
「ルルア様」
「リティア……っ!」
長い銀髪を揺らしながら、馬車から一人の美少女が降りてくる。
貴族院入学の準備に時間を要したため、会うのは婚約式以来だ。
「どうしたの?」
「一緒に、貴族院へ行こうと思いまして」
「――っ」
僅かに頬を赤めるリティアに、胸が甘酸っぱい感情に支配される。
「その、よろしいですか?」
「もちろん!」
世間的に僕はまだ無能――そんな僕に、こんなに優しくしてくれるなんて、リティアは最高だ!
色々と真面目なことを考え続けてきたことで溜まっていた疲れが、一瞬にして吹き飛んだ。
「行こうか」
「はい」
二人並んで、貴族院へ向けて歩きだす。
馬車の中で二人きりというのも悪くはないが、やはり長い時間一緒にいられるという誘惑には勝てず、歩きを選択した。
「昨日はよく眠れましたか?」
「ああ。リティアは?」
「私はあまり……久しぶりにルルア様に会えると思うと、つい」
「――っ」
リティア、それは反則だ――こういうことを無意識にやってくれる。やられる方はたまったものではない!
僕はまたしても良い意味で胸が苦しくなりながら、幸福な時間を過ごす。これから毎日この時間が訪れると思うとヤバ過ぎる!
しかし、皮肉なことにそういった時間に限って、早く過ぎていくものだ。
「そろそろ、だね」
「はい――」
貴族院の正門が見え、入ってすぐのところに人が群がっている。
群がっているのは、僕たちと同じ新入生。
あそこには、クラス分けの名簿がある。
クラス分け――さっきとは逆の意味で胸が締め付けられる。
なぜなら、今から僕はリティアに辛い思いをさせてしまうからだ。
『おい、見たかよ』
『ああ。ルルア様だろ』
正門をくぐるなり、周囲から僕のことを話す声が聞こえてくる。
「そんな、どうして……」
クラス分けの名簿の前にたどり着くと、その結果に対してリティアが悲壮な声を上げる。
「ルルア様が、Dクラスなんて」
クラスは入学前に受ける試験の結果によって、成績順にAから順に分けられる。
今年の入学者数から、最もレベルの低いクラスはDとなっていた。
「何かの、間違いですよね」
悲壮な色を浮かべるリティアに、罪悪感で胸が押しつぶされそうになりながらも、僕は言葉を振り絞る。
「リティアはAクラスなんてすごいね」
「そんなこと今は……やっぱりこれは何かの」
「リティア」
「――っ」
動揺するリティアに、僕は本当に心苦しい気持ちを抑えながら強く制する。
「これが今の僕の実力なんだ――でも、来年は絶対にリティアと同じところまで行くから」
「ルルア様――」
これは嘘でも何でもない、来年は必ずリティアと同じAクラスに行く。
今はまだ闇の魔力を制御しきれていないが、一年もすればものにできる。
『聞いたか、来年はAクラスだと』
『来年はちゃんとコネが使えるといいな』
僕とリティアが尊い約束を結ぼうとしているのに、水を差すような声が周囲から聞こえてくる。
王族である僕に平気で言ってくるあたり、第二王子派閥の関係者とみて間違いないだろう。
「リティア。行こう」
「はい――」
周囲に見下されながら、僕たちは校舎へ足を踏み入れる。
「それじゃ、僕はここだから」
「はい。帰りもご一緒してよろしいですか?」
「もちろん」
「では、放課後に校門前で」
リティアの華奢な背中が遠ざかっていく。
本当にごめん。リティア――。
魔法が上手く使えない分、僕は座学に力を入れていた。
Bクラスは難しいが、例年通りならDクラス入りは免れられる。
実際、本来のクラスはCクラスだった。それをクラス編成担当に隷属の権能を使って、僕の成績を下方修正し、結果を変えさせたのだ。
さて、入るか。
僕はDクラス――領地経営に苦労し、まともに教育を受けられていない下級貴族で構成された集団へと足を踏み入れる。
ところどころで談笑が聞こえていたが、僕が入ると同時に静かになった。
皆、言葉は発していないが、それでも僕へと向ける視線は哀れみや蔑みを含んでいる。
ここにいる者たちの中で、僕より魔法が使えない者はいないのだから当然だ。
さて、まずは誰から堕とそうか――。
今の実力では、どのみち僕とリティアは同じクラスにはいられない。
仮に権能を使ってAクラスに上がったとしても、ボロを出してリティアに恥をかかせるだけだ。
それならば、周囲の警戒が薄いこの状況を最大限活かすのが、リティアへのせめてもの罪滅ぼし。これは苦渋の末の決断だ。
その決断を無駄にしないために――。
まずはDクラス全員に僕への服従を誓ってもらうとしよう。




