第3話 懐柔された従者
マイヤはフィオナという子爵家の令嬢(ただし妾の子)であることがわかった。
そして現在マイヤを縛り付けているヴァルド家だが、フィオナ家にとっての寄り親らしい。
男爵家や子爵家といった一部の下級貴族は自力で領地を運営できないため、上級貴族に援助を求めることがある。
援助をする側を寄り親、反対に援助を受ける側のことを寄り子と呼ぶのだが、両者の間には絶対的な服従の関係がある。
子爵家が援助を受けるために、マイヤは同じ妾の子である弟と一緒に売り渡された。
それから弟を人質にされ、強制的に諜報員として活動できるよう鍛えられたのだ。
妙齢の女性が諜報員をやるというのは、それくらいの背景でもない限りあまりない話である。
マイヤの事情についてある程度は予想できていたが……まさにその通りだったな。
「マイヤ。今日はもう休め」
「――かしこまりました」
隷属の権能で無理やりマイヤを就寝させると、僕も自分の部屋に戻る。
「明日から忙しくなりそうだな」
マイヤを服従させるための一番方法――それは弟を救出すること。
それさえ実現してしまえば、マイヤはすぐに僕に服従することになる。
※※※
翌日。隷属の権能を使った状態のマイヤと共に、僕は王都の路地裏へと赴く。
人払いは済ませてあるのか、人は誰もいない。
意外と街中で大胆とするのだな。
今日この場所で、マイヤはヴァルド家の刺客とマイヤが連絡を取る予定らしい。
僕は闇の権能の一つである認識阻害を使って、マイヤの隣に立って刺客が来るのを待つ。
すると間もなく、一人の衛兵がやって来る。
てっきり暗色のローブをまとったやつが出てくると思ったが、なるほど。
一般の人間になりすまして諜報員は活動しているらしい。これは勉強になった。
「無能の様子はどうだ?」
「――特に異常はありません」
「そうか。こちらからも追加の指示はない。静観を続行しろ」
「――了解」
あっさりと提示報告が終わる。
それにしても、僕の隠語が無能とはな。
さて、始めるか。
「待て」
「ん、まだ何か――」
「マイヤの弟の場所を吐け」
「――西区の大噴水下。6番」
王都の西区には、観光スポットの一つとして大噴水がある。
どうやらその付近に、侯爵家が持つ秘密の牢獄があるらしい。
まさか王都にそんな場所があるとは、また勉強になったな。
それから牢獄への入り方を聞き出したところで、僕は刺客の男を解放した。
「さて――」
場所がわかれば後は簡単だ。
今夜にでも救出するとしよう。
※※※
翌日の朝。
「マイヤ。起きろ」
寝室で眠らされているマイヤに声を掛けた。
虚ろな瞳で支度を済ませて部屋から出てきた彼女とともに、地下にある部屋へと向かう。
そして、マイヤが部屋の鉄格子の前に来た段階で、僕は彼女に使っていた権能を解除した。
「――わ、私は何を――えっ……ジル……っ!」
「姉さん……っ!」
自我を取り戻すとマイヤが歓喜の声を上げた。
それもそのはずだ。
鉄格子越しではあるが、マイヤの前には本来人質に取られているはずの弟がいるのだから。
「どうしてジルが……っ」
「この人が助けてくれたんだ」
「えっ――」
ジルの言葉を聞いて、マイヤがようやく僕の方へ視線を向ける。
「本当に、ルルア様が――」
「そうだ」
ジルの居場所も王都の外れとさほど遠くなく、警備も服従の権能を駆使することで容易に突破することができた。
また、ジルが牢からいなくなってヴァルド家が騒ぐということもない。
闇の権能の一つに、分身を生み出すものがある。元は影武者を用意するための権能だが、術者以外の分身を作り出すことも可能だ。
今回はジルの分身を生み出し、その分身を牢から脱獄させ、看守の一人に隷属の権能を使い、分身を始末させた。
人質を誤って殺してしまったとしても、ヴァルド家ならその事実を隠匿したうえでマイヤを使い続けるだろう。
有力貴族の中でも、とりわけトリアを推している連中はそういった外道が多いのだ。
とにかく、世間的にジルはこの世に存在しないことになっている。
これでこの先、ジルをヴァルド家が捜索するということはない。
「ああ――」
マイヤが嘘偽りのない感謝の気持ちが溢れる眼差しを僕へと向けてくる。
このあとの話はすんなりと進みそうだな。
「マイヤ。少ししたら二人で話せるか?」
「いえ――今すぐで大丈夫です」
「そうか。ではついて来い」
もう少し姉弟の再会の余韻に浸らせてもいいだろうと思ったのだが、マイヤは毅然として僕の要望を優先した。
弟に少し待っているように伝てから、マイヤが僕に続く。
二人で広間に移動し、向かい合って座ったところでマイヤが口を開く。
「まずは、ジルをお救い下さりありがとうございます」
「気にするな。僕のためにやったことだ」
「ルルア様ご自身の、ため……」
どうしてまだ付き合いの浅い一従者に過ぎない者の身内を助けたのか。
そして、それが助けた僕自身のためとはどういうことなのか。
僕の行動に対して当然の疑問をマイヤが抱いたところで、僕は答えを告げる。
「訳あって、僕は今まで力を隠していた。しかしこれからは、この力を使って一気にのし上がっていくつもりだ」
「では、今回ジルを救出できたというのも――」
「そうだ」
「――なるほど」
はっきり言葉にせずとも、おおよそのことは伝わったようだ。
得心がいったようにマイヤは頷くと、立ち上がり僕の近くまできてその場で跪いた。
「絶対的な服従を、ルルア様に誓います」
「本当にいいのか?」
「もとより私に帰る宛などありません」
「いいだろう。左手を前に出せ」
マイヤが僕に左手を差し出すと、僕は差し出された手の甲に右の手のひらをかざす。
「――っ、これは……っ」
マイヤの手の甲に、薄紫色に光る新月に近い三日月模様が浮かび上がる。
眷属の権能――真に忠誠を誓った者に対してのみ力を与える権能。
僕が闇の魔力を使いこなせるようになればなるほど、模様は満月へと近づいていく。
ちなみに、暗いところでなければ模様は浮かび上がってこない優れものである。
「何でしょう。力が、漲ってくる……」
「僕への忠誠の証だ。決して裏切るなよ?」
力を与えられながら忠誠心を捨てるようならば、一気に身を亡ぼすことになる。言葉通り忠誠の証である。
「さて、いよいよ明日からだな」
従者の問題を解決したところで、明日から始まる貴族院での生活にようやく思いを向ける。
ここからは、多くの貴族の子息が集まる学び舎で、いかに強いコネクションを築き上げるかが重要になっている。
当然ながら、僕が力をつけていけばいくほど、他の王子派閥からの圧力をかけられることになるだろう。
だが、恐れる必要はない。
なぜなら、僕にはこの力があるのだから。
※※※
マイヤがルルアに服従を誓った日の夜。
リティアの貴族院入学の準備のため王都に滞在していたリゼールの下に、一人の若い男が現れた。
ベージュの髪と瞳を持つ美丈夫で年齢は二十前半といったところ。燕尾服を身にまとっている。
「リゼール様。ご報告があります」
「何だ。リュシア―ル」
「ルルア様が、マイヤの懐柔に成功しました」
「そうか――」
監視役の背後に侯爵家がいるということで、リゼールとしては必要なら手を貸すこともやぶさかではなかった。
(まあ、これくらいはできて当然か)
そうでなければ、愛おしい娘を嫁がせた意味がない。
「リゼール様」
「まだ何かあるのか?」
「はい。貴族院のクラスが判明しました」
「ふむ、リティアはAクラスか。ではルルア様は――」
リュシア―ルから手渡された結果に目を通してすぐ、リゼールは声を上げた。
「どうして彼がDクラスなのだ……っ!」
Dクラス――それは、学年の中で最も能力が低いと判断された生徒が配属されるクラスであり、落ちこぼれのルルアであっても配属されるはずがない場所だった。




