第2話 信用できない従者
国王になると決めてから、五日が経った。
今日から僕は、王都内に用意された邸宅に居を移す。
貴族院への通学時間の短縮という名目で、僕自らが希望した。
もちろんそれは建前で、本当は国王になる計画を進めるのに都合がいいからだ。
それに、王城では肩身が狭かったので、もとからいつか出ようとは考えていた。
「ここか」
地図をもとに、王都の東部にある住宅街へ入り、その中から一件の小ぢんまりとした邸宅を見つける。
二階建てで、大きさ的に部屋は広間を合わせて五つくらいだろうか。周囲は高い策で覆われていて、決して大きくはないが芝生だけの庭もある。
「これなら一人でも管理できそうだな。どう思う、マイヤ」
「問題ないかと思います」
僕が後ろに向かって声をかけると、淡々とした答えが返ってくる。
マイヤ――今日から僕の唯一の従者として、この屋敷でともに生活をしていく女性だ。
癖のある深緑の髪と同じ色の瞳をしていて、身体は細身ながらも鍛えられ、引き締まっている。
従者が一人だけなのは、僕が無能で見込みがないと思われているからに他ならない。
兄二人だったなら、使用人が百人は手配されただろうし、屋敷の大きさも十倍はあるはずだ。
だが、そういった手厚さの薄さもまた、今の僕にとっては好都合でしかない。
「改めて、今日からよろしく頼む。マイヤ」
「はい。よろしくお願いいたします」
屋敷に入り、中を確認する。
一階が吹き抜けになっていて、厨房と浴室、それに食事をとるために広間がある。
階段を上って二階に移動すると、寝室に使えそうな部屋が四つあった。
最後に外から見たときには気づかなかったが、地下に牢屋のような場所があった。奴隷の収容か、貴重品のための倉庫か、用途はわからない。
「僕は一番大きな部屋を使うとして、マイヤはどうする?」
「では、私はこちらの部屋を」
そう言ってマイヤが選んだのは、僕の部屋から一番遠くかつ一番小さい部屋だった。従者として、最も適当な選択といえる。
「僕は自分の部屋の整理をするから、マイヤは他の場所の掃除を頼む」
「かしこまりました」
僕の命に従って、マイヤは一階の方から掃除を始める。家具はすべて備え付けてあるので、掃除さえすれば生活を始めることが可能だ。
マイヤが命令を実行し始めたのを見届けてから、僕は自分の部屋に入る。
そして、部屋の整理がひと段落したところで、寝台の上に仰向けになって小さく息を吐いた。
「さて――」
現状、僕はマイヤをまったく信用していない。
マイヤが僕の従者に決まったのは二日前。
それまでは、王城で働く引退間近の老執事が来るはずだった。
突然の従者の変更――必ず裏がある。
真っ先に考えられるのが、監視や暗殺。
鍛えられた肉体やキレのある立ち振る舞いを見るに、マイヤは高い戦闘能力を持っている。
可能性としては、どこかの貴族の諜報員といったところか。
国王になるために必要なことは沢山あるが、身辺を盤石にしなければ何も身動きが取れない。
まずは、マイヤを僕に服従させる。
「早速だけど、この力を使うとしよう」
闇の魔法――通称『闇の権能』には、優秀なものがいくつかある。
そのうちの一つが、トリアにも使った相手を自分の命に従わせる権能だ。
この権能を使えば、マイヤから容易に事情を引き出すことができる。
「問題はその後だ――」
隷属の権能は優秀で、やろうと思えば一度使った相手を延々と使役し続けることもできる。
ただし、当然限界はある。王城で色々実験した結果、同時に隷属状態を継続させることができるのは、精々三人まで。
僕の成長次第でもう少し増えるかもしれないが、できれば枠を使わないに越したことはない。
「マイヤには、自発的に僕への服従を誓ってもらいたいものだな」
そう願いながら、瞳を閉じてひと眠りする。
僕を起こしたのは、部屋のノックだった。
「夕食の準備が整いました」
「わかった。今行く」
短く返事をして、一階の広間まで移動する。
周囲を見ると、来た時より格段に奇麗になっていた。掃除の腕に関しては申し分ないようだ。
テーブルに置かれていたのは、豚のソテーと野菜のスープ、そして安価なパン。夕食で三品というのは、王城で出される三分の一しかない。
食費を始めとする生活費は王城から支給されるのだが、これは想像以上に費用を絞られている。
「マイヤ。話がある。一緒に相席して欲しい」
「それはできかねます」
「従者だから?」
「はい」
「では命令だ。相席しなさい」
「――かしこまりました」
無理やりマイヤに席に着かせる。彼女の前にソテーはなく、あるのはスープとパンのみである。
従者だからというより、二人分のソテーを用意するだけの費用がないと考えた方がよさそうだ。
「随分部屋が奇麗になったな。それにこのスープも悪くない。家事は安心して任せられそうだ」
「ありがとうございます」
「――」
「――」
会話が終わってしまった。
できれば自然な流れで権能を使いたかったが、それは難しそうだ。
食べ終わってから本題を話すと伝えて、僕たちは黙々と食事に手をつける。
それから二人とも完食して、少しだけ落ち着いてから僕は切り出した。
「マイヤ。これから僕の質問に拒絶することなく答えてくれ」
「――わかりました」
言葉に闇の魔力を乗せて命じると、彼女の瞳に暗い影が差す。
「まず、君の目的を教えてくれ」
「――諜報員として、ルルア様の監視です」
「暗殺はしないのか?」
「――命令が来れば、実行します」
今のところただの監視ということか。
「諜報員といったが、どの家の所属だ?」
「――ヴァルド家です」
ヴァルド家――第二王子派閥筆頭の侯爵家。確かにヴァルド家なら、僕の従者を変更させることも不可能ではないはずだ。
思ったより、僕は警戒されているらしい。
それがノルン家と婚約したことか、それとも僕がトリアを気絶させたことを知ってなのか、理由まではわからないが……。
「ありがとう。では次の質問だ――」
僕はさらに一歩踏み込んだことを尋ねる。
「どうしてマイヤは、侯爵家に諜報員として服従している?」
「――弟が人質にされているからです」
「そうか」
身内が人質に取られている――これは諜報員など、裏切られては絶対に困る人材を服従させるために、貴族がよく使う手段の一つである。
「どうやら、僕は天に味方されているらしいな」
権能を使うことなく彼女が僕に服従する未来を、この瞬間、僕は確信した。




