第26話 第二王子派閥崩壊。そして――
帝国の第六皇子、オルフェオ・ゼタヘルムを捕虜としたことで、帝国軍はヴァルノート領から撤退。
再度。旗印を立てて攻めてくる可能性は残っているものの、此度の戦争に関していえば王国の勝利となった。
「くそが……っ!」
ルルアが権能の代償から解放された頃。
王城の一室で、完全に手柄を奪われたトリアは机の物をすべて床に薙ぎ払う。
第二王子派閥は、長きに渡って各国との戦場を渡り歩き、戦火をあげてきた。
地道に軍の力をつけ、着々とヴァルノート領攻略へ向けて準備を進めてきたのだ。
それが、ほんの数日の間で無に帰した。
一度はルルアの力を認め、矛を向けるのではなく利用しようと冷静な対応に努めてたトリアだったが、今回ばかりは我慢できなかった。
「許さん。許さんぞ……っ!」
今回ルルアがあげた手柄は、トリアが今まで積み上げてきたものと同等の価値を持っていた。
本来なら、その手柄を持って第一王子派閥を僅かに上回ることができるという算段だった。
こうなってしまった以上、第二王子派閥に第一王子派閥を上回るための方法は残されていない。
つまり、これは実質的な王位争いからの敗北を示す。
「トリア様。バジルです」
「入れ――」
「――失礼いたします」
ノックと共に、これまで第二王子派閥を支えてきた参謀が入ってくる。
バジルはトリアの前に来ると、分厚い紙の束を机の上に置いた。
「何だこれは」
「離反の意を示した貴族のリストです」
「――っ!?」
第二王子派閥の勝ち目がなくなったことで、ある程度の離反者ができることはわかっていた。
特にトリアについた貴族たちは、忠誠心より己の利益を優先する者たちが圧倒的に多いのだからなおさらだ。
しかし、その数が想像以上に多かった。
それも、大半が第一王子かルルアに寝返っている。
「どいつもこいつも……っ!」
机の天板を思い切り叩きつけ、さらにトリアはバジルを睨む。
お前はどうなんだと、そう問いただす。
「私は、静観させて頂きます」
これ以上、王位争いには関わらない。
それが、参謀としての責務を果たせなかった立場としての選択だった。
しかし、トリアはその責任の取り方が気に入らなかったようで、表情を大きく歪ませて言った。
「そもそも、お前がルルアをちゃんと見張っていればこんなことにはならなかった――そうだ、貴様は打ち首だ……っ!」
トリアの言葉に、バジルは大きくため息をついた。
「その命令には従いかねます」
「何……?」
冗談を言っているようには見えない。
バジルの目は本気だった。
「どうやら、あなたは今のご自分の立場をわかっておられないようだ」
「どういう意味だ?」
「あなたは王位争いに負けた領地も何も持たない王族。そして私は領地を持ち国に多額の税を納める侯爵です」
国がどちらに味方するか。
それくらいわかるだろう。
バジルはそれ以上は何も言わず、トリアの下を後にした。
「どうして、どうしてこうなった……っ」
突然、ルルアが闇の権能を隠すことを止めた。
その理由は、トリアがリティアに手を出したから。
その事実に、最後までトリアは気づかなかった。
◇◇◇
ああ、リティアに会いたい……。
ヴァルノート領での戦闘から10日後。
王都の邸宅に戻った僕は、干からびていた。
わざわざ理由は言うまい。
「ルルア様。フィデル様がお見えです」
「そうか。通してくれ」
辺境伯が訪ねてきたということは――。
「準備は整ったようだな」
「はい。あとは今夜の晩餐会で宣言すれば」
今日の夜。王城で晩餐会が開かれる。
名目は、帝国との戦勝記念パーティー。
主賓の辺境伯は、その場で僕の功績をたたえ、正式に僕の後ろ盾となることを宣言する手はずになっている。
これでようやく第三王子派の誕生だ。
「ルルア様。わかっておられるとは思いますが」
「ああ。ここはスタートラインに過ぎない」
第二王子派閥が崩壊し、残る敵対者は第一王子アルトのみ。
しかし、現状の力の差は歴然。
よくて精々7対3といったところだろう。
やはり、第二王子派閥の一部が第一王子派閥に移ったのが痛かった。
当然、こちらにも寝返ろうとした連中はいたが、できたばかりの派閥に信用できない連中を入れることはできない。
今回はテオの実家のように無理やり付き従わされていた家を取り込むにとどめた。
「ここからは長期戦だ」
アルトの地位は盤石だ。
トリアのように、隙はない。
そこを打ち破るには、相応の準備が必要になる。
とりあえずは、夏が終わるまではこちらに尽力しよう。
それまで、どうせリティアには会えないのだから。
「どうされましたか?」
「――いや、何でもない」
大丈夫かな、僕。
リティアに会えないことで、下手に判断を鈍らせないようにしなければと、改めて自分に言い聞かせる僕だった。
◇◇◇
王城のとある一室。
長らく使われていなかった割には、しっかり掃除が行き届き定期的な整備が欠かされていないことが伺える。
そんな部屋で一人の男が書類の山を眺めていた。
「私がいない間に、随分と色々なことがあったみたいだね」
特に、帝国との戦争の勝利とそれに伴う第二王子派閥の崩壊は想定外の出来事だった。
「まさか、ルルアが台頭するとはね。おや、来たみたいだね」
ノックと共に、一人のやつれた男が入ってきた。
「久しぶりだね。トリア」
「お久しぶりです。兄上」
「それじゃ、色々ときかせてもらおうか」
第一王子アルト・ルナリアは、感情の見えない笑顔でそう言った。




