第25話 権能の代償②
ヴァルノート邸に一人で戻ってきた僕は、誰も部屋に入れないよう使用人に言いつけてから客室に入る。
領主に結果報告の一つでもあげたいところだが、生憎とそれができるような余裕がなかった。
「リティア――」
権能の代償――愛する人への狂乱の時間が始まる。
「リティア、リティアリティアリティアリティアリティアリティアリティアリティアリティア……っ!」
寝台の上のシーツを歯で思い切り噛んで、愛する人の名前を叫ぶ。
すっかり恒例になった副作用の一つ。しかし――。
「――っ!!!」
どれくらい嚙み続けただろうか。
今まではただ噛み続けて終わりだったシーツが、破れた。
それから何度も何度も噛み続け、シーツが穴だらけになる。
「リティア――」
シーツは使えない。
脳が勝手にそう判断すると、ふらっと立ち上がる。
何か、この狭愛をぶつけられるものはないか――。
部屋の扉がノックされた。
「ルルア様」
声の主はメーナだった。
「ルルア様……?」
何も返事がないことを不審に思ったのか。
ドアノブに手がかけられ、扉が開く。
衝動のあまり、鍵をかけ忘れていた。
ダメだ、今は入ってきたら――。
本当に僅かに残った理性が警鐘を鳴らした。
しかし、そんなものに意味はない。
「失礼します。すでに二日ほど――っ」
気づいたとき、僕はメーナの細い腕を掴み、そのまま寝台の上に押し倒した。
「ル、ルルア様……っ」
動揺と同時に、少しだけ頬を朱に染めるメーナ。
その姿が、重なってしまった。
「リティア――」
「えっ……っ」
メーナの首筋に顔を近づけ、匂いを嗅ぐ。
「ル、ルルア様……っ!」
事態の異常性に気づいたメーナがようやく抵抗を始める。
「リティア、リティアリティア――」
絶対に、離さない。
このまま、すべてを僕のものに――。
「ルルア様ぁ……っ」
「――っ!?」
メーナの泣き崩れそうになった表情を見て、衝撃を受ける。
依然として、メーナがリティアと重なって見える。
だが、それがかえって僕の理性を呼び覚ました。
リティアを、傷つけてはいけない!
「すま、ない」
「ルルア、様……?」
僕はゆっくりメーナから離れる。
「あの、私――」
「メーナ。今あったことは忘れろ」
「――承知いたしました」
ハイライトの消えた瞳でメーナを頷かせると、すかさず部屋を出るよう指示を出す。
「さて――」
メーナが出たところで、僕は大きく深呼吸する。
狂愛の副作用は落ち着いた。
正直、次はかなり危ないと思う。今後は一層、能力の使用に気をつけなければいけない。
だが、まだこれで終わりではない。
「来たな――」
突然、大きな睡魔が襲ってくる。
普通に考えれば、三日以上無睡眠できているのだから、当然のことではある。
今回はどれくらい眠ることになるだろうか――。
そんなことを考えているうちに、僕は意識を失った。
◇◇◇
目が覚めた時には、二日ほど経っていた。
「ルルア様。これは――」
どうやら、あまりに部屋から出ないものだから、心配をかけさせてしまったらしい。
偶然、僕の傍で見守っていたテオが、僕の身体に起きた変化を見て唖然とする。
当然だ。何と言っても、僕自身が一番驚いている。
「身長だけで、分厚い本一冊分か」
前は精々、薄い本や鉛筆程度の長さだったが、今回はその数倍。
「加えて、この肉体」
以前から筋肉質ではあったが、それにさらに磨きがかかった。
そして何より、肩幅が骨格レベルから広がってしまっている。
成長期というだけでは誤魔化せないレベルの成長だ。
「ルルア様。これからどうされますか?」
「――少なくとも、学校はしばらく無理だろうな」
この現象をリティアに説明する術を僕は知らない。
最低でも、来月から始まる夏季休暇期間が明けるまで登校は無理だ。
だが、休み続けてリティアに迷惑をかけるわけにはいかない。
「分身は――やはり使えないか」
改めて分身を出してみたが、以前の姿は再現できなかった。
「フィデル様との面会はどうされますか?」
戦果については既に伝わっていると思うが、改めて僕の方から後ろ盾の打診をする必要があるだろう。
しかし、堂々と人の多いところに出るというのも気が引ける。
「ここに来てもらうしかないな」
「承知しました。そのようにお伝えします」
「すまない。頼む」
「それと、もう一つ別件が」
別件というのは、トリアの件だった。
「やはり兵を派遣してきたか。トリアはいるのか?」
「トリア様は数日後の到着とのことです」
甘いな。僕なら先遣隊に帯同するというのに。
「それで、いかがなさいますか?」
「それを僕に聞くのか?」
「フィデル様が戦果を上げたのはルルア様だからと」
「なるほど――」
さすがは辺境伯。
すでに僕のパトロンとして動いてくれているというわけか。
「では、押し返した戦線の警備に当たらせろ」
「承知しました」
恭しく一礼してから、テオが僕の部屋を後にする。
「ああ――」
王子としての責務を果たしてから、僕は再度現実と向き合う。
しばらくリティアに会えなくなる。
権能を使い続ければ、いつかこうなるとはわかっていた。
わかっていたが――。
「耐えられるかな。僕」
これから迎えることにある第一王子派閥との争いよりも、そんな不安が専攻してしまう僕だった。




