第23話 捨て身の作戦
ルルアが中央戦線攻略へ向けて準備を進めている頃。
ヴァルノート辺境伯率いる王国軍と対峙するゼタヘルム帝国の本陣では、主要な戦線二つでの後退を受け、焦りの声が上がっていた。
そんな本陣の中で一人、冷静に状況を分析してる男がいた。
帝国の王族特有の銀色の髪とエメラルドグリーンの瞳を持つ二十代前半の若々しい美丈夫。
男の名は、ゼタヘルム帝国第六皇子のオルフェオ・ゼタヘルム。
ルナリア王国との戦線における総指揮官だった。
「皆の者、落ち着け」
オルフェオの一声で、長机に座った指揮官たちが慌ただしく議論を交わしていた口を閉じる。
「状況を整理する」
指揮官一人一人から改めて二つの戦線で何があったのかを聞き出し、オルフェオは冷静に状況を整理していく。
「まず解明する必要があるのは、敵の奇襲を許した理由だな」
二つの戦線が崩壊した理由は、いずれも本陣への奇襲。
「内通者の線は?」
それはありえないと指揮官の一人が口にし、次々に他の面々も頷く。
内通者が数名いる程度でどうにかなるほど、帝国軍はやわではない。それに、内通者だけであれほどのことができるなら、戦いを長引かせる意味がわからない。
「では、襲撃の目撃者は?」
戦場に潜んでいた暗部から報告を伝えられる。
「敵は突然現れた、か……」
まるで闇に最初から潜んでいたかのように、唐突に。
「暗部の類か……」
ただ、それなら本陣に配置している暗部で、まったく対処できなかったという点がひっかかる。
暗部の警戒を容易に突破できるなど、他の国の暗部を探しても早々に見つかるものではない。
「何か今回の事象を説明できる力は――」
自分の中にある知識を総動員させて、オルフェオは考える。
そして、一つの可能性に思い至る。
「まさか。いや、さすがにそれは――」
帝国は、王国と何度も戦争を行っている。
その中には、王国の初代国王との記録も残っている。
王国では秘匿されている闇の魔力に関する情報だが、帝国の軍上層部にはしっかりと定着している。
「闇の魔力。それしかありえない」
オルフェオの結論に、指揮官たちが騒ぎ始める。
「このままでは、勝てない」
しかし、戦線を二つ落とされた上での撤退など、たとえ帰還したところで待っているのは上層部の処刑。
帝国は軍事主義。
撤退の二文字はない。
「敵の出方を考えよう」
仮に自分が闇の権能使い手としたら、どう出るか。
「私なら、こちらの戦力を引き付けたうえで、本陣を狙う」
闇の権能には、味方の能力を向上させるものがあるという。
今回の奇襲に参加した者たちは、その恩恵を受けているはずだ。
おそらく敵は部隊を奇襲班と陽動班の二つに分ける。
「狙うならそこだ」
勝てる可能性が少しでも上がるのならと、オルフェオは大きな決断を下す。
「前線の戦力を大幅に、本陣へ集中させる」
闇の権能には、認識を阻害するものがある。
過去の戦いでも、その力に翻弄された。
これはその力を抑え込むための作戦だ。
本陣に敵が現れた時点で、オルフェオたちでもルルアを識別できる。
そうなった瞬間、一網打尽にする。
無論、これはオルフェオ自身を犠牲にした作戦である。
それがわかっているが故に、周囲は反対しなかった。
「闇の権能の使い手を葬れば、戦火としては十分な誉れとなろう」
オルフェオの言葉に、指揮官たちは一様に力強く頷いた。
◇◇◇
日付を跨ごうとしている中、中央戦線での戦いが始まった。
(おかしい……)
前線での戦いをリードするテオは、帝国軍の様子に違和感を覚えた。
長年、ヴァルノート辺境伯軍が苦戦していた相手にしては、ほんの少しばかり手ごたえがないような気がする。
無論、テオ自身が強くなっていることはある。
だが、それでも違和感を覚えずにはいられない。
本当に些細な感覚ではあるが――。
(まさか……っ!?)
前線は陽動であり、本体は本陣を狙っているのでは。
嫌な予感を覚えながら、テオは戦闘に身を投じ続ける。
◇◇◇
これは、はめられたな。
認識阻害の権能を使いながら本陣へと切り込む中、僕は敵が本陣へ集中的に戦力を集めていることに気づいた。
もちろん、斥候による情報は得ている。
前線にもそれ相応の戦力を集めていた。
さすがは帝国軍、動きが洗練されているな。
前線での戦闘が始まると同時に、本当に少しずつ本陣の守りを固めていく。
気づいたときには、僕たちは大勢の敵に囲まれているという作戦だ。
「ルルア様」
状況に気づいたメーナが、僅かな不安を浮かべながら僕に指示を仰ぐ。
「心配するな。僕たちは負けない」
忠誠の権能を与えた中で、最も力の弱いゼノとメーナだが、一般的な基準に照らし合わせれば強い。
自衛に徹しているだけで、戦火は十分に稼げるだろう。
しかし、どうやら当の本人たちはまだ不安なようだ。
「今回は僕自らが戦う。だから大丈夫だ」
僕の言葉を聞いて、一斉にゼノとメーナの表情が明るくなった。
まるで勝利を確信したといった感じだ。
二人が覚悟を決めてくれたところで、僕の方も覚悟を決める。
この戦いで、僕は確実に大量の魔力を使う。
その先に待っているのは、狂愛の時間だ。




