第21話 もう遅い
辺境伯からの呼び出しは、正式に僕の提案を受け入れるというものだった。
「では、東の戦線と中央戦線を崩壊させれば、後ろ盾になって頂けるということでよろしいですね?」
条件を確認する僕に、辺境伯は額に汗を浮かべながら頷いた。
主要となっている戦線の残り二つの攻略。
実質的にそれは、帝国との戦の勝利条件に等しいものだ。
「まったく辺境伯も無茶を仰いますね」
「それをあなた方が言いますかな?」
主要な戦線を一つ落としたのだから、一つも二つも難しくはないだろう。
先に力を見せつけた以上は、そう思われて当然だ。
「では、早速今夜向かうとしましょう」
西の戦線が後退してから、それほど時間は経っていない。
今ならば、警戒心が薄いうちに一つは叩くことができる。
ジークの力を借りて東の戦線に着いた僕たちは、前回と同じように認識阻害の権能を使い、簡単に敵陣営へと潜り込む。そして――。
「まあ、こんなものだろう」
西の戦線と同じように、大した苦労もなく敵の指揮系統を破壊した。
直にこちらも戦線を引き下げる結果になるのだろう。
それにしても――。
「お前たち。この短期間で随分と強くなったな」
ヴァルノート領に来てから、僕はまともに戦っていない。
戦闘はすべて、テオたちで対処してしまったのだ。
「ルルア様のお手を煩わせるわけにはいきませんからね」
軽く息を整えるテオに、他の六人も同じように頷く。
帝国の貴族もまた、僕たちと同じように魔法を使ってくる。
今回の相手も決して弱い相手ではなかった。
実力的には、貴族院三年のAクラスといったところだ。
テオたちの進化は、僕の想像を超えている。
副作用を抑えるため極力能力を使いたくない僕にとっては、嬉しい誤算だ。
「さて、夜明け前に戻るぞ――っ」
「どうされましたか、ルルア様」
撤退しようとしたところで急に立ち止まった僕に、テオがすぐに駆け寄って来る。
「――何でもない」
もちろん嘘だ。しかし、テオたちに事情を説明したところで意味はない。
「テオ。ヴァルノート邸まで僕を運べ」
「――わかりました」
隷属の権能で指示を与えられたテオが、僕を背中に背負う。
そして僕は、そのまま瞳を閉じ、意識を王都へ置いていた分身へと向ける。
王都の邸宅が奇襲を受けた。
これは僕自らが対処しなければいけない。
◇◇◇
就寝中の夜襲に備えて、夜間は常に屋敷の周囲に結界を張っている。
通常の結界のように気づかれることのない、闇の魔力を使った特別製だ。
「マイヤ。起きろ」
敵がまだ屋敷の中に入る前に、分身へ意識を映した僕はマイヤを起こした。
「どうされましたか?」
「夜襲だ」
「――何と」
敵の正確な目的はわからない。
だが、テオたちが一斉に休んだことが起因となっているのは間違いない。
「マイヤはジルを守れ」
「それではルルア様が」
「僕は分身だ。最悪何とでもなる。それに――」
今回の分身は、僕の魔力の半分を注ぎ込んで生み出している。
夜襲部隊数人を相手する程度でやられるほどやわではない。
マイヤに指示を出したところで、僕は玄関の前まで移動する。
屋敷の損壊を考えれば外に出たいが、万が一にも僕の力を見られてはたまらない。
「来たか――」
玄関の前で待ってやっていたというのに、襲撃者は屋敷の窓を割って侵入してきた。
闇の色の装束をまとった、諜報員と思われる者が五人。
彼らは僕が待ち受けているとは思っていなかったらしい。
短い得物を構えながら、こちらの出方を伺っている。
「まずは窓ガラス代の請求相手を教えて欲しいんだが……」
僕を囲むように陣を展開する襲撃者の一人に、僕は視線を合わせる。
「お前たちは誰の差し金だ?」
「……」
答えが返ってこない。確かに僕は、隷属の権能を使ったはずなのに。
「そうか――」
隷属の権能の仕組みは、僕の命令――音波に魔力を込め、それが相手の意識に作用する形で発動する。
つまり、何らかの形で聴覚を封じることで、僕の権能に支配されるのを防いだということだ。
どうやら、向こうの雇い主は僕の権能について知識があるらしい。
「なら、実力行使あるのみだな」
僕一人なら分身を犠牲にすれば済むが、マイヤとジルがいる以上、本気で相手をせざるを得ない。
僕は自分の周りに無数の闇の針を生成し、それを襲撃者に向けて一斉掃射する。
さすがにやるな。
奇襲に近い攻撃だったというのに、仕留めることができたのは一人だけ。
他の四人はかすり傷を負った程度で、戦闘継続に支障はないときた。
「なら、これはどうだ?」
先ほどの十倍の量の針を生成し、再び一斉掃射する。
これでもダメか。
再び一人は仕留めたが、他の三人は大した深手を負っていない。
これ以上に火力を上げるのは、屋敷が持たない。
仕方ない。後は接近戦だ。
僕は魔力を束ねて一本の細剣を造り出し、構える。
すると、三人は一か所に固まり、全員で僕へ得物を向ける。
そして、複雑な動きで僕を翻弄しながら、攻撃を仕掛けてくる。
屋敷の中では、十分に暴れることはできない。
結果として、僕は敵の攻撃を一太刀受けた。
横腹に僅かな切れ目が入ってしまう。
「やはり――っ」
僕の傷を見て、刺客の男が一言漏らす。
その瞬間、男は全速力で屋敷から逃走を始めた。
「逃がすものか――っ」
追撃しようとしたところで、残りの二人が捨て身の構成に打って出る。
結果として、二人は難なく倒せたが、肝心の一人を見逃す形となってしまった。
「僕に攻撃を浴びせることに意味があったのか……」
そう思い傷口を見ると、血の一滴も流れていなかった。
「なるほど、そういうことか――」
はなから敵は、僕の命を奪うことまでは考えていない。
敵の狙いは、今の僕が分身かどうかを確かめることだ。
そんなことをする者など、一人しか思いつかない。
刺客を送り込んだのは、トリアだ。
あいつは僕の不在を確かめるために、夜襲を仕掛けた。
僕の本体がいないとわかれば、行先は自ずと調べがつく。
「とはいえ、もう遅い」
トリアの想定では、今からでも派兵は十分に間に合うという算段なのだろう。
しかし、トリアが上げたかった戦果は、明日には僕たちによってすべて奪われることになる。
「僕たちのことを甘く見過ぎだ」
おそらく、再度の襲撃はない。
そう見込んだ僕は、マイヤに後始末の指示を出す。
そして、分身への意識を切り離すのだった。




