第20話 奇跡を呼ぶ力
ルルアたちがヴァルノート領へ訪れた翌日。
「嘘、だろ……」
ヴァルノート家当主フィデルは、早朝に入ってきた一報に自分の耳を疑った。
そんなフィデルに、一報を伝えた兵士長は冷静さを保ちつつ報告を続ける。
「嘘ではございません。明朝、西の戦場で敵の本陣が壊滅し、指揮官不在となった帝国軍が戦線を後退させたと」
「そんな馬鹿な……っ」
敵国であるゼタヘルム帝国との戦線のうち、西の戦場は主戦場のうちの一つ。
三千近い敵兵が常に在中し、ヴァルノート家の軍と日夜交戦を繰り広げている。
そんな中、本陣の司令官の下まで移動し、殲滅させるなど、あまりに現実離れしている話だった。
「いや、現実を受け入れるべきだ」
自分たちに不利な状況でなく、これは圧倒的に有利な状況に他ならない。
「問題は、一体誰がどうやってこのようなことを成し遂げたのか……」
これも、考えるまでもないことだった。
「ルルア・ルナリア。彼以外に考えられない」
王国に忠誠を誓う貴族として、フィデルはルルアたちの戦場への参戦を断固として拒絶した。
それに対するルルアたちの答えが、今回の強行ということか。
「セリアが送ってきた以上、何かあるとは思っていたが……」
ここまでの力を持っているとは思わなかった。
「だが、この力は間違いなく――」
闇の魔力に関する情報は、多くの貴族たちにも隠蔽されている情報だ。
フィデルが知っているのは、かつてヴァルノート領で起こった戦の記録の一つに、初代国王の英雄譚が残っていたからに他ならない。
「私は、この状況を素直に喜んでいいのか?」
こんな状況を作り出された以上、ヴァルノート家の誇りにかけて、ルルアたちを無下にするわけにはいかない。
しかしそれは同時に、禁忌の力を受け入れるということでもある。
「いや、私が領主として取る選択は一つだけか」
少しでもより領民の命を守ることができる選択があるのなら、それを選ぶのが領主としての責務だ。
「今は、ルルア様の持つ奇跡を呼ぶ力に頼る他あるまい」
間違いなく、ルルアはフィデルの期待に応えてくれる。
その分、ヴァルノート家として払う代償は大きいものになる。
しかし、それでも代償を払うだけの価値があることには違いない。
「覚悟を決めろ。フィデル・ヴァルノート」
誇り高い貴族として、フィデルはルルアを全面的に支持する道を選んだ。
◇◇◇
今日もリティアは素晴らしい!
深夜の大激戦を終えた余韻で、非常に気分が高揚している中、分身を通してリティアとの通学を楽しんだ僕は、気持ちよくその場で伸びをする。
こんなに素晴らしい朝はいつぶりだろうか。
昨日の作戦は、本当に思い通りにことが運んだ。
もとから認識阻害の権能は優れていると思ったが、ああも容易く敵本陣に侵入することができるとは思わなかった。
きっと初代国王も、この能力を存分に使って道を切り開いてきたのだろう。
とはいえ――。
「そろそろ警戒しなくてはな」
無論、帝国軍の反撃ではない。
おそらく後数回戦闘をすれば、間違いなく狂愛の時間がやって来る。
今度はただシーツを噛みながら絶叫するだけでは収まらない気がする。
「ルルア様。よろしいでしょうか?」
部屋の扉がノックされる。テオだ。
「入れ」
「は……っ!」
まだ眠っていないのか、目の下に隈を作ったテオが入って来る。
「どうした?」
「フィデル様が、もう一度ルルア様とお話したいと」
「そうか。思ったより早かったな」
想定では、あと一つ戦線を潰すくらいはする必要があると思ったが、どうやら状況への対応能力も優れているらしい。
実に頼もしいパトロンだ。
「少し疲労が溜まっている。正午にでも時間を設けよう」
僕自身は今からでも構わないが、他の者たちはそうもいかない。
「かしこまりました。そのように先方には伝えておきます」
「ああ。頼んだ」
テオが去った後、寝台の上で軽く瞳を閉じる。
午前の座学の授業はすでに履修済みだから問題ない。
午後の実践の授業は念のため意識を向けておくか。
おそらく、次の戦闘も夜間になるだろう。
幸いにも、分身に意識を割く時間は十分にある。
「ああ、リティア……っ」
離れてまだ数日しか経っていないというのに、もう恋しくなっている自分がいる。
「そうだな」
こんな戦いは早く終わらせなければ――。
恋しさで頭がおかしくなる前に、僕は無理やり眠りについた。
◇◇◇
ルルアが眠りにつこうとしている中、王都では。
「ルルアの側近が全員休み?」
テオたちが一斉に貴族院を休んだという情報が、トリアの下へ入ってきた。
「私の気にし過ぎか?」
地方の下級貴族が、家庭の事情で学校を休むことは不思議ではない。
特にテオたちは寄り親が変わったばかりということで、領地のごたごたもある。
「とはいえ、素直に受け入れるわけにもいかない」
最近ルルアがセシアと接触したという情報は、当然トリアの耳にも入っている。
「ルルア本人は登校しているというが、果たして」
本当にルルア本人なのだろうか。
「闇の権能には、影武者を生み出すものもあるという」
仮に貴族院へ通っているのがルルアの分身だとしたら――。
「念には念をいれておくか」
トリアはすぐに、側近のバジルを呼び出した。
「何でしょうか。トリア様」
「ルルアに夜襲を仕掛けるぞ」
本当に分身だとしたら、取り返しのつかないことになりかねない。
この時点で、トリアは一抹の不安を覚えていた。
――作者より――
次回から隔日更新となります。




