第19話 最前線の惨状
明日から二日間の休息日を控える夜。
「ルルア様。私は本当に同行しなくてもよろしいのですか?」
ヴァルノート領へ向けて出発の準備が進められる中、マイヤが瞳を揺らしながら僕に尋ねてくる。
「今回は王都に残り、僕の分身を守ってくれ。これも重要な任務だ」
「――っ、かしこまりました」
テオの実家へ行った時とは違い、今回は休息日の間に戻って来ることは難しい。
しかし長期不在となれば、トリアをはじめ第二王子派閥に余計な詮索をさせる隙を与えてしまう。
そして何より、リティアに要らぬ心配をさせたくなくない!
そのため、貴族院へはしばらく僕の分身に通ってもらうことにした。
マイヤを置いていくのは、万が一のことがあったときに分身に負担をかけることを避けたいからだ。
「ルルア様。出発の準備が整いました」
「わかった」
ジャスミンが呼びに来たところで、僕は自分の分身を呼び出し命じる。
「リティアのことは任せたぞ」
「――任せておけ」
「マイヤ。僕が戻るまでの間は、彼を主君と思うように」
「かしこまりました」
分身の正体は僕の魔力の集合体だ。
しかし、意思疎通は本体の僕を通してもできる。
マイヤが違和感を覚えるようなことないだろう。
「では、最善へ行こうか」
僕が馬車に乗り込むと、テオを御者とした馬車はゆっくりと邸宅を後にする。
それからヴァルノート領へ着いたのは、馬車を休ませず走らせて二日が経った頃だった。王都では明日の授業の準備でもしている頃合いだ。
「ここが、ヴァルノート領か……」
車窓から、最前線と呼ばれる街の景色を眺める。
前線部隊は恐らく、善戦している。
街に損壊箇所が見られないのがその証拠だ。
しかし、現実とは無情なものだ。
「雰囲気が良いとは言えないな……」
建物こそ無傷だが、至る所に負傷兵や物乞いをする子供たちの姿が見える。
「今すぐ、第二王子派閥に奴らにこの光景を見せてやりたいな」
僕の言葉に、第二王子派閥に対して私怨を抱いているジャスミンたちが、一様に頷いて見せる。
この惨状を少しでも知っていれば、自派閥のために小さな戦場にばかり兵を派遣するようなこともないだろう。
いや、あいつらは腐っている。
やはり現実を知ったところで、何も変えないだろう。
解せないという意味では第一王子派閥も同じだが、純粋な軍事力という点ではやはり第二王子派閥に劣る。
そういう意味で、力を持ちながら責務を怠っているのは第二王子派閥の貴族どもといえるだろう。
「ルルア様。ヴァルノート邸に着きました」
「わかった。今すぐ降りる」
御者台のテオから連絡を受け、馬車を降りる。
国内屈指の軍事力を誇る辺境伯の屋敷というだけあり、規模は中央の邸宅とまったく遜色ない。
しかし、本来なら手入れがなされ緑が立派に輝いているはずの庭には、街で見たような負傷兵たちの救護テントが張り巡らされていた。
「ルルア様。辺境伯がお待ちのようです」
衛兵とやり取りを済ませたテオの言葉に従い、屋敷の中へ入る。
「私がヴァルノート家当主、フィデル・ヴァルノートです」
玄関を入ってすぐに、巌のような体躯の中年が挨拶してきた。
名乗った通り、この男が辺境伯で間違いないようだ。
「ルルア・ルナリアです。この度は突然の訪問をお許しください」
代表して僕が挨拶を済ませると、広間に案内される。
「次の会議まで時間があまりない状況でして、用件をお聞かせいただいてもよろしいですか?」
王族が着たにもかかわらず、会議を優先する。
僕を侮っているのではなく、それだけ状況がひっ迫しているということなのだろう。
辺境伯の事情を汲んで、僕はセシアから預かった手紙を手渡す。
「こ、これは――」
手紙には、僕が最前線で貢献をした場合、王位争いのための後ろ盾になることを考えて欲しいと書かれている。
「セシアがここまでしたのだ。君たちの実力は本物なのだろう。しかし――」
辺境伯の表情は優れない。
「王族の方を最前線へ出す訳にはいかない」
これは、僕たちを侮っての拒否ではない。
王族へ忠誠を誓う一貴族としての矜持ゆえの対応だ。
やはり、ヴァルノート家は信頼できる。
一度の拒絶で当然食い下がるわけもなく、僕は言葉を尽くして説得にあたる。
しかし、結果は変わらなかった。
最後まで、辺境伯は態度を変えなかった。
「どうしますか?」
「決まっている。強硬手段だ」
与えらた客室で、僕はテオの問いに迷わず答える。
辺境伯が素直に僕の提案を受け入れてくれない可能性は、事前にセシアから提言されていた。
そして、そうなった場合の対応策も準備済みだ。
「まずは西の戦線の支援に向かう」
ヴァルノート家が管理する国境のうち、主要な戦線にはついた把握している。
まずは手始めに、そのうちの一つに八人で乗り込み戦果を上げる。
拒絶しても勝手に戦場へ出るのなら、いくら頑な辺境伯であっても折れざるを得ない。
「出立はいつに?」
「決まっている。今夜だ」
闇の権能を使う僕や、その恩恵を受けるテオたちにとって、夜戦は最も得意とするところだ。
それに、今夜中にかたが付けば、明日の朝は分身を通してリティアと一緒に至高の登校時間を楽しめるからな!




