第18話 僕たちは強いです
セシア・ヴァルノート。ヴァルノート辺境伯家の長女として、戦場でも小さくない功績を上げている。
炎の魔法を得意としながらも、剣術をはじめとする武術の心得も十分にあり、辺境伯家の次期当主として担ぐ者もいるという。
「ルルア様。私にやらせてください!」
セシアに連れてこられた訓練場で、事態を聞きつけてきたテオが代わりになると言ってくる。
「ダメだ」
「しかし。ルルア様自らがこのような」
テオの後ろに控えるジャスミンたちも、同じような表情を浮かべている。揃いも揃って過保護な者たちだ。
「テオ。これ以上は言わせるな」
テオたちは強い。恐らく、セシア相手でも善戦はする。いや、相打ち程度なら普通にやってのけるだろう。
それでセシアが納得するならそうしても良い。だが、実際そうはならないだろう。
セシアは純粋に、僕の力を知りたがっている。ヴァルノート家が後ろ盾になる価値があるのか、見定めたいのだ。
「準備はできたようだな」
「はい」
防具を身に着け、訓練場の中央へ移動する。
「ルールはどうしますか?」
「相手が戦闘不能。または降参を宣言する」
「それが勝利条件ですね。わかりました」
剣術の試合としては、よくある形式だ。
「では始めようか」
セシアが片手に持ったコインを、宙に打ち上げる。
あのコインが地面に墜ちた瞬間、勝負開始だ。
コインが宙を舞い、小さな音を立てて地面に落ちた。
「行くぞ……っ!」
セシアが早速地面を蹴る。
軽い身のこなしで、木剣の切っ先を向けてきた。
早い。以前の僕なら、一瞬で額に切っ先が突き刺さっていた。
しかし、今の僕にとっては――遅い。
「――っ」
僕は下から掬い上げるように、セシアの刺突を弾き飛ばした。
その時点で、隙が僕には見えた。だが、あえて何もしない。
「なぜ、反撃しなかった」
僕と距離を取ったセシアが鋭い視線を向けてくる。
「今の試すような一撃をはじいた程度で、あなたは納得しないですよね?」
「――随分と舐められたものだ」
「それは僕のセリフですよ」
今のは間違いなくセシアの侮りによって生まれた隙だった。
しかし、それをついて勝利すれば、彼女の中に遺恨を残す。
僕に求められるのは、本気のセシアを叩き潰すことで得られる、圧倒的な勝利だけだ。
「本気で来てください」
「――いいだろう」
セシアの動きが変わった。
愚直だった最初の一撃とは打って変わり、動きの一つ一つにフェイントが織り交ぜられる。
戦場でこれをされれば、冷静に対処をすることは難しい。これが実戦経験の差というものか。
「いい勉強になります」
「随分と余裕だな……っ!」
フェイントに加え、剣撃の速さも加速していく。
これには素直に驚かされる。
今のテオたちとほとんど変わらない。これでセシアに忠誠の権能を使えば、一体どうなることか……。
「防戦一方だな……っ!」
「――」
余裕がなくなってきた。
そろそろ潮時だろう。
これ以上長引かせれば、僕の身体にかかる負担が大きい。
闇の権能で進化しているとはいえ、それでもまだ発展途上なのだ。
一流の剣士と対等に戦うことができる。今はそれがわかっただけで十分だ。
僕は防戦を解き、一気にセシアに畳みかける。
「――っ!?」
思った通りだな。
セシアは確かに強い。
だが、明確な弱点を持っている。
「さっきまでの威勢はどうしましたか?」
「言ってくれる……っ」
セシアの剣技は、攻撃に特化している。
その理由は、防御に不安があるからだ。
現に、僕の連撃に少しずつだが、セシアはついていけなくなっている。そして――。
「――私の、負けだ」
鼻先に僕が剣先を突きつけると、セシアは潔く負けを認めた。
「やはり弱点は見逃してもらえなかったか」
「戦場なら負けていましたよ」
「それはそうだ。戦場では炎も使うからな」
ヴァルノート辺境伯家は代々、炎の魔法を得意とする家系だ。
体内の魔力の属性は遺伝の部分も大きく、セシアもその例外ではない。
実際、彼女の言う通り戦場なら今の僕では致命傷は避けられなかっただろう。
「だが、約束は約束だ。父上に君たちのことを進言するとしよう」
「ありがとうございます」
決まった以上は即行動だ。
セシアはそう言うと、すぐに自分の屋敷に僕たちを呼んだ。
「出立はいつにする?」
「そうですね。来週には準備が整うと思います」
「やはり、夏前か」
「第二王子派閥に先を越されたくはありませんからね」
第二王子派閥が、夏にヴァルノート領へ援軍を出すことは、すでにわかっている。
彼らは今まで小さな戦場に戦力を派遣し、一つずつで確実に戦果を積み重ねきた。
第二王子派閥にとって今回のヴァルノート領への参戦は、第一王子派閥を制するための重要な功績づくりとなる。
僕の狙いは、先にヴァルノート領で戦果を上げることで、その計画を潰すこと。
想定される戦果は、第二王子派閥と変わらないだけの権威を得ることに繋がる。
「派遣の規模はどうする。ノルン家の私兵は当然として」
「何を言っているんですか?」
「何か変なことを言ったか?」
「戦地に行くのは、僕とテオたち七名だけです」
「は――?」
僕の言葉に、セシアが信じられないと言葉を失った。
当然の反応だ。
常識的に考えれば、たった八名で相手の一万は軽く超える軍勢に対して何ができるという話になる。
しかし、僕のわがままにお義父様の軍を使う訳にはいかない。それに――。
「安心してください。僕たちは強いです。なあ、みんな」
後ろに控えるテオたちが、みな当然のように頷いてみせる。
これくらいの戦力差を覆せなければ、第一王子派閥になど勝てるわけがない。
こんなことは、僕たちにとってはただの通過点に過ぎないのだ。
「本気、なのだな……?」
「はい。本気です」
僕の見せる自信の前に、セシアはこれ以上は何も言わなかった。




