第17話 婚約者の思い
セシアに呼び出されたのは、ルルアと話すのに使った教室だった。
「急に呼び出してすまなかったな」
「いえ、そんなことは……」
呼び出しに応じたリティアは、目の前に出されたお茶を一口飲む。
王都で流行っている、万人に好かれる甘い風味のお茶だった。
少なくとも、敵意を持った呼び出しでないことがわかり、リティアは心の中で小さく息をつく。
「早速だが、本題に入ろうか」
コミュニケーションが得意とはいえないリティアとしても、色々と前置きがあるよりその方が助かる。
「少し、君の婚約者について聞きたいことがあってな」
「ルルア様の、ですか……?」
「ああ。最近、色々と活躍しているらしくてな」
今までは勝手に馬鹿にされることはあっても、こうして話を聞きたいと言われるようなことはなかった。
少しでも興味を持ってくれている。その事実を、リティアは素直に嬉しく感じてしまった。
「どうだろうか?」
「私でよければ、是非!」
「――っ、そ、そうか……」
セシアが僅かに引き気味になったのを見て、前のめりになっていることに気づく。
改めて姿勢を正して聞く姿勢を見せたところで、セシアは続けた。
「まずは彼の性格を知りたい」
「性格、ですか……?」
「そうだ。君から見た彼の性格だ」
「そうですね……」
愛情深い――それがルルアに対する、リティアの感情。
最初に話した時からずっと、リティアはルルアのその部分に引かれている。
小さい頃。リティアは本当に口下手で、周囲にロクな友人の一人もいなかった。
そんな彼女のことを知りながら、父親のリゼールはルルアと話すよう命じた。
勢いが必要なノルン家にとって、無能と呼ばれていても王族であるルルアと繋がりを持つことは重要だったからだ。
リゼールの命に逆らうこともできず、リティアは社交界で一人になっているルルアに声をかけた。
今まで声を掛けても誰一人として良い反応を浮かべられたことはなかったが、ルルだけでは違った。
話しかけられただけで、ルルアは満面の笑顔を向けてくれた。そして、途切れ途切れになるリティアの話を、楽しそうに最後まで聞いてくれた。
「ルルア様は、それからもずっと――」
リティアと接する度に、本当に嬉しそうにしてくれた。
決して、リティアの話は面白いようなものではない。
それでも、心から楽しんでくれているのがリティアにははっきりと伝わった。
「今の私があるのは、ルルア様のおかげなんです」
ルルアと接することを通して、リティアは確実に成長していった。
こうして自分の思いをセシアに話せるのも、紛れもなくその証拠だ。
◇◇◇
自分は一体、何を聞かされているのだろうか。
ただ、婚約者から見た性格を知りたいと思っただけなのに、気づいた時には完全にリティアの惚気話になっていた。
(まさか、五年分の思い出を語られるとは)
セシアは、こういった類の話が苦手だった。
「リティア。一言で彼の性格を教えてくれないか?」
「はい。ルルア様は愛情深く、寛大でとにかくお優しいです!」
「そ、そうか……よくわかったよ」
優しい。それを伝えるために長い惚気話を聞かされたと思うと、本当に自分は何をやっているんだと思ってしまう。
「最後に一つ、聞かせて欲しい」
「何でしょうか?」
「最近の彼をどう思う?」
最初から、それだけを聞けばよかった。
そんな後悔と共に質問を投げる。
「そうですね……最近は、遠く感じることが少しだけ増えました」
「遠くに、感じる……?」
「ルルア様は、最近変わられたと思います。もちろん、いい意味でですよ」
内向的だった部分が減り、周囲を巻き込むようになった。
そんな変化に、リティアは少なからず置いて行かれたような感覚を覚えていた。
「なるほど……」
リティアの素朴な感想を聞いて、わかったことがある。
(あの第三王子は、婚約者には何も伝えていない)
今ルルアがやっていることは、リティアが望んだものではない。
ルルアが独自の判断で、リティアを思って取っている行動に過ぎない。
(まあ、気持ちはわかるがな)
ここまで自分のことを思ってくれる相手を馬鹿にされれば、黙っていられるわけがない。
仮に自分がルルアの立場であったとしても、似たようなことしていただろう。
『僕は本気です』
ルルアの宣言に、嘘偽りはない。
それがセシアの出した結論だった。
「色々と知りたいことが知れた。ありがとう」
「お力になれたのでしたら、幸いです」
「お礼と言っては何だが――」
リティアは、能力的な面でルルアに近づきたいと思っている。
つまりは、自分を成長させるための機会を欲しているということだ。
「リティア。生徒会に興味はあるか……?」
「えっ……」
生徒の悩みに、可能な限り応える。
それが生徒会の役割の一つである。
◇◇◇
セシアがリティアを呼び出した。
目的はわからない。
ただ、原因は間違いなく僕が接触したことだ。
「リティア様が、部屋から出てこられました」
「そうか――」
「どうされますか?」
今日は一緒に帰れないと言われた僕は、帰るに帰られずジャスミンに状況を報告させていた。
「今からセシアの下へ向かう」
僕の計画に、リティアは絶対に巻き込みたくない。
リティアに何を伝えたのか、それだけは聞き出さなければ。
昨日使った教室へ入ると、セシアは一人でお茶を飲んでいた。
「随分と早かったな。リティアならもう帰ったぞ」
「知っています。それで、彼女に何を吹き込んだんですか?」
僕の問いに、セシアは小さく笑って立ち上がる。
「そんなに警戒しなくても、ただ生徒会入りの打診をしただけだ」
「生徒会――?」
「彼女は優秀だからな。不思議なことはあるまい」
生徒会には、教員連中の指名枠の他に会長と副会長の指名枠が存在している。リティアの優秀さを考えれば、別におかしな話ではない。
「安心しろ。君が警戒しているようなことはしていない」
「その言葉、今は信じるとしましょう」
どのみち、明日リティアと登校するときにはわかることだ。
「それはそうと、一つ君に伝えたいことがあった」
「何ですか?」
「例の話だが、考えてやってもいい。ただし」
近くに置いてあった護身用の剣を取り、セシアは僕へ突き出す。
「私に剣術の試合で勝ったらだ」
僕の実力を確認せずして、仲介はできない。そういうことか。
「わかりました。受けましょう」
闇の魔力を解放してから、剣術の類はあまり見てこなかった。
現状の力を把握するための、いい機会になりそうだ。




