第14話 第二王子の思惑
王城に与えられた執務室で、第二王子のトリアは報告書に目を通していた。
「ノルン家が七つの下級貴族の寄り親に……」
気になるのは、その下級貴族にある共通点だ。
「すべて元の寄り親はブレイク家か」
ブレイク家は、ノルン家を自派閥に取り入れるため、伯爵令嬢であるリティアを自分の息子であるロイクに攻略させると自ら手を挙げていた。
そしてそのロイクは、今回寄り親の関係を解消された家の子息子女によって酷い暴行を受け再起不能になったという。
「失敗したか、無能が」
そもそも、トリア自身が口説けなかった相手を、顔だけのロイクが落とせるはずがなかったのだ。
「ブレイク家はもう使えないな」
寄り子自らがこぞって別の家と関係を結んだとなると、周囲から大きく侮られることになる。
王位が権威によって決まるものであるように、貴族の力もまたその権威によって決まるのだ。
「やはり早くノルン家を囲い込まなければな」
一度に複数の寄り子を持つなど、よほど余力がなければできないこと。
ノルン家の勢いについて、改めて評価を上方修正する必要がある。
「そうなると、やはりルルアが邪魔だ」
どこの派閥にも所属していないノルン家だが、ルルアと娘を婚約させたことは、実質ルルア派を名乗っているといっても過言ではない。
「殿下。バジルでございます」
「バジルか。入れ」
「は……っ!」
グレーの髪をオールバックにした強面の中年男性が一人入って来る。
バジル・ヴァルド、第二王子派閥の実質的なリーダーである。
「たいぶ顔色がよろしくなられましたな」
「ああ。最近ようやくマシになってきたところだ」
婚約式の日に闇の権能を使われて以来、トリアは毎晩のように悪夢にうなされている。
時間が経つごとに効果が弱まる仕組みらしく、最近は比較的まともに眠れるようになってきていた。
「用件は何だ?」
「ルルア様に関する報告です」
「聞こう」
「まず使用人からの報告ですが、異常なしとのことです」
「先週と変わらないか」
「はい」
「わかった。例の件は?」
「そちらも調べがついております。恐らく例の権能で間違いないかと」
「そうか。なら忍ばせた使用人の情報も当てにならんな」
王族である以上、当然トリアも闇の魔力については知っている。
婚約式の日に経験したことから、ルルアが何をしたのかも推測がついていた。
「どうしますか。このままルルア様を放っておくのは」
「お前は危険と考えるか?」
「はい、僭越ながら」
「――」
正攻法でいくならば、素直にバジルの忠言に従うべきなのだろう。
しかし、現状のままでは第一王子派閥に勝てないのも確かだった。
「私としては、ルルアを利用する方向で行きたい」
「利用、ですか……?」
「第一王子派閥にダメージを与えるように仕向けたい」
「なるほど……」
常に余裕を見せている第一王子派閥といえど、ルルアの力を知れば少なくない代償を払ってでも対処せざるを得ない。
それでルルアが打ち倒されれば、自然と第一王子派閥を敵に持つ第二王子派閥にノルン家を迎え入れることも可能だ。
「どうだろうか、バジル」
「――正直に申し上げてよろしいでしょうか」
「申してみろ」
「理想はトリア様の仰る通りでございます。しかし、ルルア様の狙いは恐らく第二王子派閥の攻略ではないかと」
「それはブレイク家の件と関係があるか?」
「いかにも。ロイク・ブレイクがリティア嬢に手を出そうとしたことで、第二王子派閥へ敵対心を持っておいでです。それに婚約の件も」
「そうだな。これは私のミスだ」
無能と思っていたからこそ、ルルアに強く当たっていたが、こうして政局に大きな影響を与えるようなりつつある。
「バジル。次にルルアが取る行動は?」
「戦略的に考えると、引き続き各家の寄り子を自派閥に取り入れていくのではないかと思われます」
「そうか。ならルルアには第一王子派閥の寄り子について情報をそれとなく渡してやれ」
どんなに第二王子派閥に敵意があるといっても、第二王子派閥を潰したただけでは第一王子派閥と戦うことはできない。
第一王子派閥を削るというのも、目をそらすことのできないルルアの課題だった。
「承知しました。それとヴァルノート領の件ですが」
「ああ。そろそろ期が熟す頃だな」
「派兵はいつ頃に?」
「夏だ。そこで一気に武勲を上げるぞ」
「は……っ!」
早急に準備に取り掛かると言い残し、バジルは執務室を後にする。
「ルルアは厄介だが、これは確実にチャンスでもある」
権能によって散々な目にあわされたトリアだが、それほどルルアに苛立ちを覚えていないかった。
良くも悪くもトリアは武人の側面が強い。
実力があると認めた相手には、敵であろうと素直に敬意を払う。
それに、トリアにとってはやはり、盤石な第一王子派閥を崩せる可能性があるという事実が何よりも大きかった。
「ルルア。お前には期待しているぞ」
この時、トリアは当然まだ知らなかった。
そう遠くない未来に、一瞬にして自分の派閥が力を失うことを。




