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薔薇病で忘れられた第一王女は、元護衛の副団長にもう一度選ばれる  作者: 杜咲凜


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第6話 これ以上、護衛ではいられない

最初に呼ばれたのは、ヴァルドだった。

王城の執務室は、相変わらず静かだった。

重厚な机と書類の山。


王子は、書類から視線を上げないまま言う。


「……街を歩いたそうだな」


「はい」


否定はしない。


「手も、取ったと聞いた」


「事実です」


言い訳もしない。

沈黙。

ヴァルドはその意味を感じ取っていた。覚悟はもう決まっていた。

王子は、ゆっくりと息を吐く。


「で?」


軽い一言。だが――逃げ道はなかった。


――何のつもりだ。

――どこまで行くつもりだ。


すべてを含んでいる。

ヴァルドは、視線を落とさない。


「リゼリア様の人生を、曖昧なままにするつもりはありません」


短く言う。王子は、しばらく黙った。

やがて、わずかに口元を緩める。


「……そう言うと思った」


それで終わる。そのまま帰られる。

つまり、王子のいう意味と考えれば、やるべきことは明白だった。


その日の外出。

いつもと同じ時間。同じ距離。

リゼリアにとって、今日も変わらないはずだった。


「本日は、こちらまでに」


ヴァルドが言う。


「ええ」


リゼリアが答える。

それで終わる。いつもと同じ。

歩き出す。石畳の音が、二つ。

一定の間隔で続く。そのはずだった。


「……」


ヴァルドは、足を止める。珍しい。リゼリアを待たずして止まることなど。

リゼリアが、振り返る。


「どうかしましたか」


「……少しだけ、時間をいただけますか」


迷いは、もうない。


「構いません」


風が、静かに通る。

ヴァルドは、視線を落とす。

ためらうように、そして息を吸う。

余計なものを、すべて頭から払う。


「あなたは」


ゆっくりと、口を開く。


「ずっと、国の宝で。尊い存在だと、思っています」


リゼリアは、何も言わない。


「ですから、私自身があなたを望むことは、許されないと考えていました」


声は低い。だが、止まらない。


「護衛として、ここにいることが」


言葉が、詰まる。それでも、続ける。


「……できなくなりました」


リゼリアは目見開く。意味がわからない。


「……なぜ、ですか」


静かな問い。

ヴァルドは、答える。


「一生、護衛でいることが」


リゼリアは、視線を落とす。

考えている。

当たり前の事実だ。ヴァルドを一生縛り続けるなど、できるわけがない。

しかし、今あえて言うというのは、どういうことなのか。リゼリアはわからない。


ヴァルドはリゼリアを見つめ、決意をこめて視線をおくる。

そしてリゼリアは戸惑い、視線を返した。


「……あなたは私に、何を望んでいるのですか」


ヴァルドは、間を置かない。


「選んでいただきたい」


リゼリアは、その言葉を受け止める。

その意味すること、つまり…


「……私は」


リゼリアは言いかけて、止まる。


「もう、選ばれる立場ではないと、思っていました」


そう、病におかされ、そして朽ち果てる運命だった。選ばれることも、選ぶこともあるはずがない。

ただ塔のてっぺんで、本を読み、孤独に朽ちていく。

それだけの人生になるはず。


ヴァルドは、首を振る。


「違います。あなたは、選ばれる方です」


「それは、どういう?」


「私が、選んでいるからです」


リゼリアは、思わず息をとめた。

混乱がとまらないが、それは王女教育のなした業。

気取られないように、冷静な表情を浮かべたまま。


「……そうですか」


小さく言う。


「少し、時間をいただけますか」


「……はい」



******




それから数日が過ぎた。

外出は、変わらず続いている。

時間も、距離も、同じ。

無理のない範囲。

会話も、増えない。


それでも――二人の距離は縮まっている。

向かい合う視線が、そして手を取る力が。

前よりも近く、そして熱い。


それは二人が感じていること。

きっと思いは同じである。

瞳をみれば、互いの気持ちがわかるように。

侍女も護衛兵も、ふたりの空気を感じ、ただただ見守る。


歩き出す。石畳の音が、二つ。

一定の間隔で続く。


「……ひとつ」


リゼリアが、口を開く。

ヴァルドが、わずかに視線を向ける。


「はい」


「お話があります」


足を止める。

風が、静かに通る。


リゼリアは、視線を外さない。


「以前の件ですが。考えました」


まるで事務的に。ただ数日、とてもとても悩んだことを知っているのは侍女だ。



「私は」


一度、言葉を切る。


「これまで、すべて選ぶ、選ばないではなく。すべて決まっていました。」


静かに言う。


「自分で選ばなくても、道は用意されていました。王女として生まれたからには、すべて国のためにあること。正しい姿でいること。それが当たり前で、私の存在理由でもありました。」


「ですが。それは、もうありません。いまの私は」


少しだけ、言葉を探す。


「ただ、私ができるのは、ひとつ。あなたを選ぶことができます」


それが、結論だった。

ヴァルドは、何も言わない。

リゼリアは、一歩踏み出す。


「ですから、わたしはあなたを、選びたいです」


ヴァルドは、すぐには動かない。


「……確認します」


「はい」


「それは、護衛としてではなく」


「ええ」


「個人として」


リゼリアは、頷く。

ヴァルドは、短く息を吐く。


「ひとつだけ」


リゼリアが言う。


「わたしは過去のようには完全には戻らず、以前のような姿にも戻らないでしょう。病気も完璧な治癒ではなく、体力も、気力も。大きく崩れることはなくとも、ゆるやかに老いていくでしょう」


ヴァルドは黙ってリゼリアを見つめる。


「それでも、よろしいのですか」


ヴァルドは、即答する。


「承知しています」


迷いはない。



******



その数日後。


リゼリアは、王の前に立っていた。


「第一王女・リゼリア」


王が言う。


「この男と共に生きる覚悟はあるか」


「あります」


声は、揺れない。


「この人は、私の伴侶となるにふさわしい男性です」


そして、ヴァルドをみつめる。


「私が、選んだ人です」


王は、視線をヴァルドへ移す。


「お前は?」


「生涯をかけて、彼女をすべてから守ります」


王は、深く息を吐き、頷いた。


「……よかろう」


それから、数か月後。

身内だけの結婚式が行われた。

そして、国民にも知らされることになった。


婚儀は、派手には行われなかった。

祝宴も、小規模だった。

だが、城の空気は、確かに変わっていた。


王女が生きて、さらに昔の護衛、さらに遠征で活躍した副団長・ヴァルドとの結婚を皆が喜んだ。


人前にはでない王女、そして彼女につねに付き従うヴァルド。

長い時間を生きた二人が、今の自分で選び合った結婚だった。

若い時のように情熱的に焦がれる恋ではない。

もう失った時間も、若さも、そして抱える傷も消えない。


だが、リゼリアは、もう守られるだけの存在ではない。

ヴァルドも、ただの護衛ではない。


北の塔から、城の別宅へ引っ越し、ヴァルドとの新婚生活を送る。

ある夜、リゼリアは、静かに思った。


――失ったと思った人生が、また動き出したなんて。ただ今は幸せだわ。


傍らで眠る夫の静かな寝息。お互いに静かな時間を過ごす。

もう、離れず、ただ変わらない日常を大切にすること。

それを二人で誓った。


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