表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薔薇病で忘れられた第一王女は、元護衛の副団長にもう一度選ばれる  作者: 杜咲凜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/8

第5話 いなくなると困る

外出は、少しずつ日課になっていった。

とはいえ、そう遠出するわけでもない。

時間も、距離も、変わらない。

無理のない範囲である。体調が優先される。

疲れもあるため、会話も、多くはない。


それでも――それで足りていた。


「本日は、こちらまでにいたしましょう」


リゼリアが言う。


「はい」


ヴァルドが短く答える。


それで終わる。いつもと同じ。


歩き出す。石畳の音が、二つ。

一定の間隔で続く。


変わらない。歩調が弱まれば、そのペースに合わせる。

段差の前で、リゼリアは足を止める。


ほんの一瞬。待つでもなく、求めるでもなく。

ただ、立ち止まる。いつも、ここではすっと手がでるはずだ。


だが、手が出ない。


「……?」


わずかに視線を動かす。横に、ヴァルドがいない。


ふと、リゼリアは振り返る。

少し後ろに、ヴァルドがいた。

別の騎士と、短く言葉を交わしている。

報告だろう。すぐに終わる。

大したことではない。

それでも。


「……こちらへ」


気づけば、声をかけていた。

ヴァルドが顔をあげて、すぐに戻る。


「失礼しました」

「いいえ」


それで終わる。それだけのこと。

差し出される手。

リゼリアはそれを取る。

一瞬で、すぐに離れる。


歩き出す。同じ距離。同じ速さ。同じ沈黙。


だが――さっきと違う。


「……」


リゼリアは、考える。何が違うのか。

言葉にはならない。なぜか、胸にもやついてものがある。


ただ、――遅い。

そう感じた。そう時間はなかったはずなのに。


庭園に入り、リゼリアは足を止める。


「少し、休みます」


「椅子を」


ヴァルドが視線を動かす。すぐに位置を確認する。


変わらない。何も変わっていない。


座る。少し乱れた息を整える。

風が、静かに通る。


「……先ほどの騎士は」


リゼリアが言う。


「巡回の報告です」


「そうですか」


それ以上は聞かない。

視線を上げる。


ヴァルドは、いつもの位置にいる。

少し後ろ。だが、すぐ手の届く距離。


さっきの“いなかった位置”を思い出す。

ほんの数歩。ほんの数秒。

それだけのこと、なのに。


「……困りますね」


ぽつりと、言葉が落ちる。

ヴァルドが、わずかに視線を向ける。


「何が」


「いらっしゃらないと」


まばたきをしてヴァルドは主人の意図を考える。

リゼリアはそれ以上言わない。説明もしない。


そのまま沈黙がすぎた。


ヴァルドは、短く答える。


「……今後は、離れません」


簡潔な言葉。誓いではない。

だが、軽くもない。ただ、戒めるように。


リゼリアは、わずかに頷く。


「そうしてください」


それだけで終わる。


再び立ち上がる。歩き出す。

足音が、二つ。一定の間隔で続く。


重くなった心が軽くなった。

しばらく歩いたあと、街の端にある静かな庭園へ入った。


王族用に整えられた場所ではないが、人通りは少なく、道も平坦だ。

憩いの場所として、この地域としてはなじまれている場所である。


ヴァルドは事前に何度も確認していた。距離、時間、休憩場所。

すべて頭に入っている。


それでも――彼女と並んで歩くこの時間だけは、計画通りにはいかなかった。


「……きれいですね」


リゼリアは、低く咲く花々に視線を落とした。

誰かに見せるためではなく、ただ、自分の目で確かめるように。


「昔は、こういう場所に来ること自体、考えたことがありませんでした」


ヴァルドは答えない。黙って話を聞く


「姫である前に、一人である時間を、持ったことがなかったのです」


歩みが、少しだけ遅くなる。ヴァルドは、自然に歩調を合わせた。

触れない距離を、保ったまま。


「病気になってからは、選ぶことすら、できませんでした」


リゼリアは、立ち止まった。

風が、静かに葉を揺らす。


「でも、いまは……」


顔を隠すレースが揺れる。表情はわからない。

リゼリアは言葉を探すように、一度、息を整える。

そして、こちらを見た。


「……手を、つないでもいいですか」


その声は、どこか心もとなさそうに弱いものだった。

ヴァルドは、すぐに答えられなかった。


頭の中に浮かぶのは、護衛としての距離、王族としての立場、彼女の体調、この先の責任。


――それでも。彼は、低く、穏やかに問い返す。


「……よろしいのですか」


ただ、彼女の意思を、確かめるための言葉。


リゼリアは、わずかに微笑み、頷いた。

ヴァルドは、ゆっくりと手を差し出した。


引き寄せない。握り込まない。手を差し出すだけ。

リゼリアが、そっと手を重ねる。

その手を感じてから、彼は、わずかに力を込めた。


温かい。思っていたよりも、小さい。

だが、確かな存在。二人は、そのまま歩き出した。


視線は前に。言葉は、ない。


それでも、手をつなぐという行為が、これほど多くを語るとは、ヴァルドは知らなかった。


――この人は、人生の重み。それを、少しでも支えられる日が来ようとは。


軽く扱えるはずがない。

しばらくして、ヴァルドは、静かに手を離した。

リゼリアは不安そうに顔を向ける。

そっと、柔らかく口元を緩めて、ヴァルドは首をふる。


人目と、時間と、体調を考えてそろそろ戻らなくてはならない。

だが、離す直前、親指で一度だけ、合図のように触れる。


リゼリアは、それを受け止め、何も言わずに歩き続けた。

城に戻ったら、また王女と護衛になるのだから。

夢の時間はいっときだけ。


帰り道。城が近づく。

いつもと同じ。何も変わらない。

それでも、リゼリアは、気づいていた。


――いないと、困る。彼がいないと、困る。


理由は分からない。必要だからか。

便利だからか。それとも。

心が重くなったり、軽くなったり。

彼が戻ってから、どこか忙しい。


「……」


考えようとして、やめる。言葉にする段階ではない。


一方でヴァルドは、確信していた。


これは、一時の感情ではない。

――この先を、 曖昧にすることはできない。


部屋に戻る。ヴァルドはすっかり護衛の顔に戻る。

侍女がリゼリアの服を直し、そして王女は椅子に腰を下ろす。

手袋を外す。指先を見る。

何も残っていない、それでも……


「……不思議ですね」


小さく呟く。今日も、変わらなかったはずなのに。

ほんの少しだけ。何かが、変わっていた。


手をつないだ理由は、リゼリアもわからない。

かつてない、気持ち。もしかしたらあったかもしれない気持ち。

でも遠くに残してきた気持ち。もう年齢も重ね過ぎて、心はずっと止まったまま。

だから、この気持ちがよくわからない。


そしてヴァルドは、この現実から、もう目を逸らさなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ