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9/25

ジャンクと記憶、そして絆 ~二十年前に諦めた夢の続きを、転生者が拾った日~

翌日


出発の朝、里の人々が集まった。


昨日の夕方にカケルが修理したPC本体は、タロンの家に置いていくことにした。マナ石を補充すれば再び動かせる。タロンは「大切に守ります」と何度も言った。


リョウは出発前に、祖父の日記の一節を声に出して読んだ。


「「この世界には思ったより多くのものが眠っている。地面の下に、人の記憶の中に、錆びた道具の中に。それらを掘り起こして、もう一度光を当てる仕事が、俺の生きがいになった」……祖父の言葉です。」


タロンが静かに頷いた。


「またその言葉が聴けるとは…。本当にありがとう。」


「こちらこそ、大切なものを守ってもらっていました。ありがとうございます。」


里長が見送りに出てきた。


「良い旅を」里長はそれだけ言った。


ミーナが「行ってきます!」と叫び、家族全員が手を振った。


四人は東へと歩き始めた。


リョウが歩きながらカケルに言った。


「昨夜、全部読んだのか」


「全部ではないけど、重要なところは」


「設計図を見たと言ってたな」


「見た」

カケルは少し考えてから続けた。


「リョウの祖父は、俺が今考えていることと同じことを考えていた。ただ時代が早すぎた。部品が足りなかった」


「お前には部品がある」


「ある。里の蔵で見つけた制御基板と、今まで集めてきたパーツ。全部揃えば……俺なら完成させられると思う」


リョウはしばらく黙って歩いた。


「祖父が喜ぶかどうかはわからないが」

リョウはやがて言った。


「俺は嬉しい。あの人の夢が続くなら」


「続ける。約束する」


それ以上の言葉はなかった。


しかしその言葉で、十分だった。



出発前、タロンがカケルを呼んだ。


「少し、二人で話してもいいですか」


「もちろん」


タロンと並んで家の裏庭に出た。朝の空気は清々しく、遠くで鳥が鳴いていた。


「ミーナのことを聞かせてください」


「はい」


「あの子は……里を出てから、どんな顔をしていますか」


カケルは少し考えた。


「楽しそうにしてます」

カケルははっきり言った。


「毎日よく笑って、よく食べて、よく走って。物もよく壊しますけど」


「壊すのは里にいるときも同じでした」タロンが苦笑した。


「知ってます。でも、最近は少しずつ「壊す前に聞く」ができるようになってきた。ほんの少しずつですけど」


「成長していますか」


「してます。里長も言っていましたが……ミーナは外で咲く花だと思います。里の中だと、みんながミーナを「ミーナちゃん」として見る。でも旅では、ミーナは「仲間の一人」として動いてる。それがミーナにとって、大事なことみたいです」


タロンはしばらく黙っていた。


「……親というのは、子どもが育つのを見るのが、嬉しい反面、少し寂しいものです」


「その気持ち、わかります。」


「里にいるミーナが一番安全だし、一番守れる。でも、それが一番幸せかというと、違う。その二つの間でずっと揺れてる」


「タロンさん」

カケルは言った。


「俺は全力でミーナを守ります。でも、守るだけでなく、ミーナが自分で動ける環境を作りたいとも思っています。あいつには力があるから」


「力、ですか」


「身体的な力だけじゃなくて……本能的な勇気がある。怖いものに向かっていける。それはなかなかできないことです」


タロンはカケルをしばらく見た。


「あなたは……ミーナにとって、良い仲間ですね」


「そうなれるようにします」


「「なれるように」ではなく、もうそうです」タロンは静かに言った。「ミーナが帰ってきたときの顔を見れば、わかります」


カケルは少し照れた。


「ありがとうございます」


「こちらこそ」

タロンは頭を下げた。


「あの子をよろしくお願いします」


カケルも頭を下げた。


「任せてください」



道中、カケルとミーナが並んで歩く時間があった。


ミーナはしばらく黙っていた。珍しいことだった。


「ミーナ」


「うん」


「里に帰ってみてどうだった」


ミーナはしっぽをゆっくり揺らしながら、少し考えた。


「楽しかった。お父さんもお母さんも元気だったし、レンにも会えたし」


「でも?」


「でも……なんか」

ミーナは言葉を探した。


「里にいたら、ずっとここにいたくなりそうって思った。楽だから。知ってる場所だから」


「それは悪いことじゃない」


「でも、楽な場所にいると、ミーナは成長しないって気がした。里にいると、みんなミーナのことを「やんちゃなミーナちゃん」として見る。外に出ると、ミーナは「仲間の一人」になれる。それが……良かった」


カケルはミーナの言葉を、ゆっくり受け取った。


「それを言葉にできるようになったんだな」


「カケルたちといると、いっぱい考えるから」


「いっぱい考えて、物を壊す時間が減ればいいんだが」


「今は確率五十パーセントくらいに抑えてる!」


「目標は五パーセント以下で頼む」


「……努力する!」


エレナが後ろから言った。


「成長しています、ミーナ」


「エレナ!!」


「聞こえていますよ」


「恥ずかしいじゃない!!」


「褒め言葉は受け取りなさい」エレナは静かに言った。「謙遜は美徳ですが、成長を認めることも大切です」


ミーナが少し黙った。


「……ありがとう」ミーナは静かに言った。


「どういたしまして」


道が東へと続いていく。


空は高く、風は爽やかだった。


里からもらったジャンク品が、カケルのリュックとリョウの荷物の中で静かに揺れていた。


それは三十年前の夢の続きだ。


そして次の目的地、エルフの森では、また新たな何かが待っているはずだ。


旅はまだ続く。



その夜の野営地で、カケルは再びノートを広げた。


リョウの祖父の設計図を参照しながら、自分の設計図に書き加えていく。


足りないパーツの確認。必要なマナ石の量の試算。エレナの魔力供給量の見積もり。


数字を並べながら、カケルは少しずつ全体像が見えてきた気がした。


「どのくらい進んでいますか」


エレナが隣に来て、ノートを覗き込んだ。


「設計図の六割くらいが固まった。残り四割は、エルフの森で何かが見つかれば埋められるかもしれない」


「エルフの森で、何が必要ですか」


「精度の高いマナ石と……あと」

カケルはノートの一か所を指した。


「ここの「共鳴接合部」。機械と魔力を完全に融合させるための核心部分。これだけは、今の俺の知識だけでは設計できない」


「機械と魔力の完全融合……」

エレナはその箇所を見つめた。


「私のエルフとしての知識で補える可能性があります。森には古い魔術の記録が残っています」


「それを見せてもらいたい」


「任せてください」エレナは静かに言った。「私の故郷が、役に立てるなら」


「役立ててほしい。エレナの協力なしでは完成できない」


エレナは少しの間、ノートを見ていた。


「カケル」


「うん」


「あなたが作ろうとしているもの……私にも、全体像を教えてもらえませんか」


「エルフの森に着いたら」

カケルは言った。


「そこで設計図を完成させながら、話す」


「楽しみにしています」


エレナの言葉は静かだったが、その目には好奇心の光があった。


長命のエルフが、見たことのないものを前に、心を動かしている。


カケルにとって、それは何よりも心強い。


「おやすみ、エレナ」


「おやすみなさい、カケル」


焚き火が揺れた。



二日目の道中、カケルは広域通信機の改造を歩きながら行っていた。


もちろん歩きながら精密作業はできないので、大まかな外装の確認と部品の仮組みだけだ。しかしその作業をしながら歩くカケルの横で、ミーナが常に何かを聞いてきた。


「それなに?」


「通信機だって昨日言っただろ」


「遠くに届くやつ?」


「届く予定」


「どこまで届くの?」


「マナ石で増幅すれば、数十キロ以上」


「数十キロって遠い?」


「この世界だと、街と街の間くらいの距離を超える」


「じゃあランデールにいるリョウたちに声が届く?」


「俺たちが全員一緒に旅してるから意味ないけど……将来的に分かれて行動するときに使える。例えば里のレンとか、他の協力者と連絡を取り合うために」


「レンと話せる!!」


「まあ、そのためでもある」


「やったー!! 早く作って!!」


「急かさないでくれ。繊細な作業だから」


「ミーナが助ける!」


「助けようとして触ると壊れる」


「……見てる!」


「それで頼む」


ミーナは横で「見てる!見てる!」と言いながら結局三回ほど指を伸ばしかけ、その都度カケルに「触るな」と制止された。


エレナがその様子を後ろから見て、静かに言った。


「五回以内に抑えているのは進歩です」


「五回も伸ばしてたのか」


「数えていました」


「やめてくれエレナ」


リョウが地図を見ながら言った。


「今日の昼前に、小さな村を通る。ジャンク品の行商をしている商人が立ち寄る村だと聞いている。寄っていくか?」


「行く」

カケルはすぐに答えた。


「やっぱりそうなるな」


「行商人が持ってるジャンク品は、もともと各地から集まったものだから、思わぬものが手に入ることがある。無視できない」


「ジャンクオタクの本能か」


「本能だな」


ミーナが「ジャンクオタクの本能!!」と繰り返した。なぜ嬉しそうなのかは不明だった。



村は「モッカ村」という名前だった。


人口は五十人程度の小さな村だが、街道沿いにあるため行商人が頻繁に立ち寄る。村の広場には簡易的な市場が立っており、食料品から生活道具まで様々なものが並んでいた。


そのなかに、一台の荷馬車があった。


荷台に雑多な品物が山積みになっており、御者の老人が欠伸をしながら座っている。看板には「なんでも屋ガリ商会」と書かれていた。


カケルが近づくと、老人が顔を上げた。


「はいはい、何かお探しで?」


「ジャンク品はありますか。電子機器……現代日本の遺物類」


老人の眼が細くなった。


「あんた、わかる人か」


「多少は」


「ちょっと待ってな」老人が立ち上がって荷台の奥を漁り始めた。しばらくごそごそした後、布に包んだものを取り出した。「こんなものがあるが、何か分かるか?」


布を広げると、出てきたのはヘッドマウントディスプレイだった。


片目に装着するタイプの古い機種で、表面に傷はあるが形状は保たれている。


「わかる」

カケルは言った。


「映像を目の前に表示するための機器だ。片目に付けて使う」


「その通りだよ」

老人が目を輝かせた。


「わかる人がいたのは久しぶりだ。十年前に行商で手に入れたが、使えるかどうかわからなくて。売れなくて困っていた」


「動くか確認していい?」


「どうぞどうぞ」


カケルは機器を受け取り、接続端子を確認した。電源接続部はUSBに近い規格だ。マナ石変換アダプターで対応できる。


「試していい?」


「どうぞ」


マナ石を繋いで電源を入れた。小さな起動音がした後、ディスプレイのレンズが淡く光った。


「動く」


「ほう!!」

老人が身を乗り出した。


カケルはしばらく観察した。映像の解像度は低いが、表示機能は生きている。そしてその表示を、魔視鏡と組み合わせたら、という考えが頭に浮かんだ。


魔視鏡で検知したマナ波の情報を、このヘッドマウントディスプレイに重ねて表示できないか。つまり、視野の中にリアルタイムで敵の位置情報を表示するシステムだ。


現代で言えばAR、拡張現実の仕組みだ。


「これ、いくら?」


「そうだな……銀貨二十枚」老人は言った。


「十枚で」


「十八枚」


「十三枚。それ以上は出せない」


「……十五枚でどうだ」


「十四枚、最終」


老人が少し黙って、それからにやりとした。


「あんた、値切りが上手いね」


「秋葉原仕込みです」


「なんだそりゃ」


「古い話です」


銀貨十四枚でヘッドマウントディスプレイを手に入れた。


さらに荷台を調べると、小型の電池パックらしきものと、断線はしているが規格が合いそうなケーブルセットも見つかった。これも合わせて銀貨八枚で買い取った。


合計二十二枚。旅の資金が少し減ったが、後悔はなかった。


「良い買い物だったか?」

リョウが言った。


「かなりいい」


「何を作るつもりだ」


「言うと楽しみが減る」


「またか」


「エルフの森でまとめて話す」


「……そろそろ教えてもいい頃じゃないか」


「もう少しだけ待って」


リョウは溜息をついたが、追及はしなかった。


ミーナが「なに?なに?教えて!!」と言い、カケルが「まだ」と答え、ミーナが「ずるい!!」と言う。


エレナが「楽しみに取っておく方が、結果が際立ちます」と言った。


「エレナわかってる!!」ミーナが叫んだ。


「長く生きると、焦らしの価値がわかります」


「エレナが焦らしをする側というのが意外だが」リョウが言った。


「意外ですか?」


「そう見えない」


「長命種は表情に出さないだけで、楽しんでいることは多いですよ」


カケルは歩きながらそれを聞いて、思わず笑った。


「エレナが楽しんでたのか、今まで」


「ずっと」

エレナは静かに言った。


「特に、あなたたちと一緒のときは」


それを聞いて、カケルは少し心が温かくなった。言葉にはしなかったが。



ガリ商会の老人は、カケルが機器の用途をよどみなく説明するのを聞いて、感動したような顔をした。


「あんた、本当に分かるんだなあ」

老人は言った。


「ここ二十年で、こういうものを「わかる」と言って来た人間は三人しかいない。みんな転生者と言ってた」


「俺も転生者です」


「そうか! やっぱりそうか!」

老人が手を叩いた。


「じゃあ話が早い。実はもう一個、見せたいものがある」


老人が荷台の奥を更に漁った。


取り出したのは、布で何重にも包まれた、小さな箱だった。


「これは……本当に正直なところ、何かわからないんだ。どこかの行商人から「現代の遺物らしいが使い方がわからない」って預かったもので。もう十五年になる。引き取り手が来なかったので今も持ち歩いてる」


箱を開けると、中には小さな金属の部品が整然と並んでいた。


カケルはそれを手に取り、しばらく観察した。


「……これは」


「わかるか?」


「精密モーターのセットだ。手のひらサイズの、超小型サーボモーター。これ一個で精密な動きを制御できる。用途は……ロボットアームとか、精密機械の関節部分とか」


「ロボット?」


「機械の体の、関節を動かす部品だ」


老人がぽかんとした顔をした。


「よくわからないが、大事なものか?」


「大事かどうかは……」

カケルは箱を持ちながら、設計図の頭の中にある空白部分を確認した。


「非常に大事です」


「そうか! じゃあ値段を」


「いくら?」


「こっちには値段がつけられないんでな。あんたが正当だと思う値段を言ってくれ」


カケルは少し考えた。


このサイズのサーボモーターセットが現代の日本でいくらするか。そしてこの世界での希少性を考えると……。


「銀貨二十枚」


老人が目を丸くした。


「高い値段をつけるんだな」


「正当な値段です。これは俺にとって非常に重要な意味を持つ。それを安く買うのは、老人に失礼だと思って」


「……気前のいい転生者だな」

老人がしみじみと言った。


「ありがとう。これで引き取り主が見つかって、十五年のつかえが取れた」


「こちらこそ」


カケルは銀貨二十枚を支払い、超小型サーボモーターのセットを手に入れた。


これで設計図の「関節部分」が埋まる。


リョウがそれを見て「また余分な出費か」と言いかけ、カケルの顔を見て黙った。


「……必要なものか」


「必要だ」


「わかった。会計は帳簿につけておく」


「ありがとう」


エレナが横から静かに言った。


「老人に感謝されていましたね」


「十五年も預かってたわけだから、こっちが感謝しないといけない」


「あなたは、ものだけでなく、人にも丁寧です」


「そうかな」


「そうです」エレナははっきり言った。「それが、あなたを信頼できる理由のひとつです」


カケルは何も言わなかった。


ただ、胸の中が少し温かくなった。



夕方、道の脇にある岩場で野営の準備をしていたとき、リョウがカケルを呼んだ。


「少し話がある」


「なに」


「テーン商会の動きが、想定より速くなってる」


リョウが取り出したのは、昼間に村で行商人から聞いた情報をまとめた手書きのメモだった。


「検問が東にまで広がってる。もうエルフの森の手前まで来てるという情報がある」


「……予定より早い」


「エルフの森は、古い魔術の記録が眠っていることを知られているはずだ。テーン商会がそれを狙って、先手を打ってくる可能性がある」


「つまり、俺たちより先にエルフの森に入られるかもしれない」


「その前に着かなければいけない」


カケルは地図を確認した。


「エルフの森まで、あと何日?」


「順調に行けば一日半。ただし東の街道を使えば話が変わる。迂回する必要が出てくると、二日半か三日になる」


「東の街道の検問状況は?」


「まだ設置されていない可能性もある。情報が古いから確証はない」


「魔視鏡で確認しながら進む。東の街道が使えれば一日半、使えなければ迂回する。どちらも全力で動く」


「わかった」


エレナが近づいてきた。


「聞こえていました」


「森のことだから、当然だな」


「森が危ない状況であれば……私の魔力が完全に戻る前でも、対応できる準備をしなければなりません」


「戻り具合は?」


「八割ほどです。今夜ゆっくり休めば、明日には九割以上に」


「それで十分だ」


「テーン商会が森に入ることを許してはなりません」

エレナの声に、静かな強さがあった。


「森には、私の一族の記録が、何百年分も残っています。それが奪われたり壊されたりすれば……取り返しがつかない」


「エレナの故郷の記録だけじゃない」

カケルが言った。


「さっき話したように、俺たちが作ろうとしているものに必要な魔術の知識も、森にある可能性がある」


「二つの意味で、森を守らなければならない」


「全力でやる」


エレナが静かに頷いた。その目には、久しぶりに「本気の」エルフが宿っていた。


ミーナが少し遠くから戻ってきて言った。


「難しい話してる?」


「明日から速く動く話をしてた」


「はやく動く!!ミーナ全力で走れる!!」


「頼りにしてる」


「まかせて!!」


焚き火を囲んで夕食を食べながら、四人は明日の段取りを確認した。


早起きして日の出前に出発。東の街道を魔視鏡で確認しながら進む。問題があれば即座に迂回。全力でエルフの森を目指す。


それだけのことだが、その「それだけ」に全力を注ぐ準備が、今の四人には確かにあった。


「眠れるか?」

リョウがカケルに聞いた。


「眠れる。今日は作業より考える日だったから疲れた」


「それでいい。考えた分だけ、明日の動きが速くなる」


「リョウって、たまにいいこと言うよな」


「たまに、は余計だ」


「そうかな」


笑い声が夜の草原に広がった。


上には星。風は穏やか。焚き火は温かい。


しかしその温かさの向こうに、次の緊張が待っている。


それでも今夜は、ここで休む。


◇◇


明くる朝、四人は日の出より前に目を覚ました。


空が白み始める前の時間、まだ星がいくつか残っている。草原の空気は冷たく、息が白くなった。


エレナがすでに焚き火の前に座って目を開けていた。眠っていたのかどうかわからない。エルフの睡眠についてはよく知らなかったが、カケルが「おはよう」と声をかけると「おはようございます」と静かに返ってきたから、少なくとも意識はあったらしい。


「もう魔力は?」


「九割五分、ほぼ戻りました」


「さすがエルフの回復力だな」


「長く生きた分、身体の修復も速くなります」


「それも長命の恩恵か」


「ええ。ただし欠点もあります」


「何が欠点なの」


「長く生きた分、あらゆることに慣れます。喜びも、悲しみも、感動も……薄くなりがちです。そのかわりに」

エレナは静かに続けた。


「あなたたちのような「初めての驚き」に接すると、久しぶりに心が動きます」


「俺たちが新鮮なのか」


「非常に」


「それは……光栄だな」


「そうですよ」


ミーナが目をこすりながら出てきた。


「さむい!!」


「着込んで」カケルが言った。


「もう着てる!!」


「じゃあ動いて体を温めろ」


「うごく!!」


ミーナが屈伸を始めた。その横でリョウが荷物をまとめ、カケルが魔視鏡の電池……マナ石を確認した。


準備が整ったのは、空が完全に明るくなる少し前だった。


「行くか」


「行こう」


「いくー!!」


「参ります」


四人は草原を東へと歩き始めた。


東の空が橙色に染まり始めていた。


地平線の向こうに、遠くの森のシルエットが薄く見えた気がした。あれがエルフの森なのかはわからない。しかし、確かに東に向かっている。


カケルはリュックを背負いながら、中に入ったジャンク品の重さを感じた。


PC本体の設計図から書き写したデータ。ヘッドマウントディスプレイ。広域通信機。制御基板セット。里長から預かった古型マナ石。


それぞれがバラバラに見えて、カケルの頭の中では一つの絵に繋がりつつあった。


まだ完成していない。でも、着実に近づいている。


「カケル!」

ミーナが横に並んできた。


「うん」


「エルフの森、怖い?」


「怖くはない。ただ、急いで着かないといけないとは思ってる」


「ミーナも怖くない!」

ミーナははっきり言った。


「エレナの故郷だから。エレナが大事にしてる場所なら、守りたい」


カケルはミーナを見た。


今まで「猫族の里への愛着」は見てきた。しかし「エレナの故郷を守りたい」というミーナの言葉は、少し違う質を持っていた。


仲間のものを、自分のことのように思えること。


「成長したな、ミーナ」カケルは静かに言った。


「そう?」


「そう」


「えへ」ミーナが少し照れた。


後ろからエレナの声が来た。


「ありがとう、ミーナ」


「エレナまた聞いてた!!」


「聞こえてしまいました」


「いいけど!!……ありがとうって言ってもらえると照れる!!」


「照れていいんですよ」


笑い声が草原に散った。


夜明けの光が四人の影を長く伸ばしながら、東へと続いていった。




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