ジャンクと記憶、そして絆 ~二十年前に諦めた夢の続きを、転生者が拾った日~
翌日
出発の朝、里の人々が集まった。
昨日の夕方にカケルが修理したPC本体は、タロンの家に置いていくことにした。マナ石を補充すれば再び動かせる。タロンは「大切に守ります」と何度も言った。
リョウは出発前に、祖父の日記の一節を声に出して読んだ。
「「この世界には思ったより多くのものが眠っている。地面の下に、人の記憶の中に、錆びた道具の中に。それらを掘り起こして、もう一度光を当てる仕事が、俺の生きがいになった」……祖父の言葉です。」
タロンが静かに頷いた。
「またその言葉が聴けるとは…。本当にありがとう。」
「こちらこそ、大切なものを守ってもらっていました。ありがとうございます。」
里長が見送りに出てきた。
「良い旅を」里長はそれだけ言った。
ミーナが「行ってきます!」と叫び、家族全員が手を振った。
四人は東へと歩き始めた。
リョウが歩きながらカケルに言った。
「昨夜、全部読んだのか」
「全部ではないけど、重要なところは」
「設計図を見たと言ってたな」
「見た」
カケルは少し考えてから続けた。
「リョウの祖父は、俺が今考えていることと同じことを考えていた。ただ時代が早すぎた。部品が足りなかった」
「お前には部品がある」
「ある。里の蔵で見つけた制御基板と、今まで集めてきたパーツ。全部揃えば……俺なら完成させられると思う」
リョウはしばらく黙って歩いた。
「祖父が喜ぶかどうかはわからないが」
リョウはやがて言った。
「俺は嬉しい。あの人の夢が続くなら」
「続ける。約束する」
それ以上の言葉はなかった。
しかしその言葉で、十分だった。
◇
出発前、タロンがカケルを呼んだ。
「少し、二人で話してもいいですか」
「もちろん」
タロンと並んで家の裏庭に出た。朝の空気は清々しく、遠くで鳥が鳴いていた。
「ミーナのことを聞かせてください」
「はい」
「あの子は……里を出てから、どんな顔をしていますか」
カケルは少し考えた。
「楽しそうにしてます」
カケルははっきり言った。
「毎日よく笑って、よく食べて、よく走って。物もよく壊しますけど」
「壊すのは里にいるときも同じでした」タロンが苦笑した。
「知ってます。でも、最近は少しずつ「壊す前に聞く」ができるようになってきた。ほんの少しずつですけど」
「成長していますか」
「してます。里長も言っていましたが……ミーナは外で咲く花だと思います。里の中だと、みんながミーナを「ミーナちゃん」として見る。でも旅では、ミーナは「仲間の一人」として動いてる。それがミーナにとって、大事なことみたいです」
タロンはしばらく黙っていた。
「……親というのは、子どもが育つのを見るのが、嬉しい反面、少し寂しいものです」
「その気持ち、わかります。」
「里にいるミーナが一番安全だし、一番守れる。でも、それが一番幸せかというと、違う。その二つの間でずっと揺れてる」
「タロンさん」
カケルは言った。
「俺は全力でミーナを守ります。でも、守るだけでなく、ミーナが自分で動ける環境を作りたいとも思っています。あいつには力があるから」
「力、ですか」
「身体的な力だけじゃなくて……本能的な勇気がある。怖いものに向かっていける。それはなかなかできないことです」
タロンはカケルをしばらく見た。
「あなたは……ミーナにとって、良い仲間ですね」
「そうなれるようにします」
「「なれるように」ではなく、もうそうです」タロンは静かに言った。「ミーナが帰ってきたときの顔を見れば、わかります」
カケルは少し照れた。
「ありがとうございます」
「こちらこそ」
タロンは頭を下げた。
「あの子をよろしくお願いします」
カケルも頭を下げた。
「任せてください」
◇
道中、カケルとミーナが並んで歩く時間があった。
ミーナはしばらく黙っていた。珍しいことだった。
「ミーナ」
「うん」
「里に帰ってみてどうだった」
ミーナはしっぽをゆっくり揺らしながら、少し考えた。
「楽しかった。お父さんもお母さんも元気だったし、レンにも会えたし」
「でも?」
「でも……なんか」
ミーナは言葉を探した。
「里にいたら、ずっとここにいたくなりそうって思った。楽だから。知ってる場所だから」
「それは悪いことじゃない」
「でも、楽な場所にいると、ミーナは成長しないって気がした。里にいると、みんなミーナのことを「やんちゃなミーナちゃん」として見る。外に出ると、ミーナは「仲間の一人」になれる。それが……良かった」
カケルはミーナの言葉を、ゆっくり受け取った。
「それを言葉にできるようになったんだな」
「カケルたちといると、いっぱい考えるから」
「いっぱい考えて、物を壊す時間が減ればいいんだが」
「今は確率五十パーセントくらいに抑えてる!」
「目標は五パーセント以下で頼む」
「……努力する!」
エレナが後ろから言った。
「成長しています、ミーナ」
「エレナ!!」
「聞こえていますよ」
「恥ずかしいじゃない!!」
「褒め言葉は受け取りなさい」エレナは静かに言った。「謙遜は美徳ですが、成長を認めることも大切です」
ミーナが少し黙った。
「……ありがとう」ミーナは静かに言った。
「どういたしまして」
道が東へと続いていく。
空は高く、風は爽やかだった。
里からもらったジャンク品が、カケルのリュックとリョウの荷物の中で静かに揺れていた。
それは三十年前の夢の続きだ。
そして次の目的地、エルフの森では、また新たな何かが待っているはずだ。
旅はまだ続く。
◇
その夜の野営地で、カケルは再びノートを広げた。
リョウの祖父の設計図を参照しながら、自分の設計図に書き加えていく。
足りないパーツの確認。必要なマナ石の量の試算。エレナの魔力供給量の見積もり。
数字を並べながら、カケルは少しずつ全体像が見えてきた気がした。
「どのくらい進んでいますか」
エレナが隣に来て、ノートを覗き込んだ。
「設計図の六割くらいが固まった。残り四割は、エルフの森で何かが見つかれば埋められるかもしれない」
「エルフの森で、何が必要ですか」
「精度の高いマナ石と……あと」
カケルはノートの一か所を指した。
「ここの「共鳴接合部」。機械と魔力を完全に融合させるための核心部分。これだけは、今の俺の知識だけでは設計できない」
「機械と魔力の完全融合……」
エレナはその箇所を見つめた。
「私のエルフとしての知識で補える可能性があります。森には古い魔術の記録が残っています」
「それを見せてもらいたい」
「任せてください」エレナは静かに言った。「私の故郷が、役に立てるなら」
「役立ててほしい。エレナの協力なしでは完成できない」
エレナは少しの間、ノートを見ていた。
「カケル」
「うん」
「あなたが作ろうとしているもの……私にも、全体像を教えてもらえませんか」
「エルフの森に着いたら」
カケルは言った。
「そこで設計図を完成させながら、話す」
「楽しみにしています」
エレナの言葉は静かだったが、その目には好奇心の光があった。
長命のエルフが、見たことのないものを前に、心を動かしている。
カケルにとって、それは何よりも心強い。
「おやすみ、エレナ」
「おやすみなさい、カケル」
焚き火が揺れた。
◇
二日目の道中、カケルは広域通信機の改造を歩きながら行っていた。
もちろん歩きながら精密作業はできないので、大まかな外装の確認と部品の仮組みだけだ。しかしその作業をしながら歩くカケルの横で、ミーナが常に何かを聞いてきた。
「それなに?」
「通信機だって昨日言っただろ」
「遠くに届くやつ?」
「届く予定」
「どこまで届くの?」
「マナ石で増幅すれば、数十キロ以上」
「数十キロって遠い?」
「この世界だと、街と街の間くらいの距離を超える」
「じゃあランデールにいるリョウたちに声が届く?」
「俺たちが全員一緒に旅してるから意味ないけど……将来的に分かれて行動するときに使える。例えば里のレンとか、他の協力者と連絡を取り合うために」
「レンと話せる!!」
「まあ、そのためでもある」
「やったー!! 早く作って!!」
「急かさないでくれ。繊細な作業だから」
「ミーナが助ける!」
「助けようとして触ると壊れる」
「……見てる!」
「それで頼む」
ミーナは横で「見てる!見てる!」と言いながら結局三回ほど指を伸ばしかけ、その都度カケルに「触るな」と制止された。
エレナがその様子を後ろから見て、静かに言った。
「五回以内に抑えているのは進歩です」
「五回も伸ばしてたのか」
「数えていました」
「やめてくれエレナ」
リョウが地図を見ながら言った。
「今日の昼前に、小さな村を通る。ジャンク品の行商をしている商人が立ち寄る村だと聞いている。寄っていくか?」
「行く」
カケルはすぐに答えた。
「やっぱりそうなるな」
「行商人が持ってるジャンク品は、もともと各地から集まったものだから、思わぬものが手に入ることがある。無視できない」
「ジャンクオタクの本能か」
「本能だな」
ミーナが「ジャンクオタクの本能!!」と繰り返した。なぜ嬉しそうなのかは不明だった。
◇
村は「モッカ村」という名前だった。
人口は五十人程度の小さな村だが、街道沿いにあるため行商人が頻繁に立ち寄る。村の広場には簡易的な市場が立っており、食料品から生活道具まで様々なものが並んでいた。
そのなかに、一台の荷馬車があった。
荷台に雑多な品物が山積みになっており、御者の老人が欠伸をしながら座っている。看板には「なんでも屋ガリ商会」と書かれていた。
カケルが近づくと、老人が顔を上げた。
「はいはい、何かお探しで?」
「ジャンク品はありますか。電子機器……現代日本の遺物類」
老人の眼が細くなった。
「あんた、わかる人か」
「多少は」
「ちょっと待ってな」老人が立ち上がって荷台の奥を漁り始めた。しばらくごそごそした後、布に包んだものを取り出した。「こんなものがあるが、何か分かるか?」
布を広げると、出てきたのはヘッドマウントディスプレイだった。
片目に装着するタイプの古い機種で、表面に傷はあるが形状は保たれている。
「わかる」
カケルは言った。
「映像を目の前に表示するための機器だ。片目に付けて使う」
「その通りだよ」
老人が目を輝かせた。
「わかる人がいたのは久しぶりだ。十年前に行商で手に入れたが、使えるかどうかわからなくて。売れなくて困っていた」
「動くか確認していい?」
「どうぞどうぞ」
カケルは機器を受け取り、接続端子を確認した。電源接続部はUSBに近い規格だ。マナ石変換アダプターで対応できる。
「試していい?」
「どうぞ」
マナ石を繋いで電源を入れた。小さな起動音がした後、ディスプレイのレンズが淡く光った。
「動く」
「ほう!!」
老人が身を乗り出した。
カケルはしばらく観察した。映像の解像度は低いが、表示機能は生きている。そしてその表示を、魔視鏡と組み合わせたら、という考えが頭に浮かんだ。
魔視鏡で検知したマナ波の情報を、このヘッドマウントディスプレイに重ねて表示できないか。つまり、視野の中にリアルタイムで敵の位置情報を表示するシステムだ。
現代で言えばAR、拡張現実の仕組みだ。
「これ、いくら?」
「そうだな……銀貨二十枚」老人は言った。
「十枚で」
「十八枚」
「十三枚。それ以上は出せない」
「……十五枚でどうだ」
「十四枚、最終」
老人が少し黙って、それからにやりとした。
「あんた、値切りが上手いね」
「秋葉原仕込みです」
「なんだそりゃ」
「古い話です」
銀貨十四枚でヘッドマウントディスプレイを手に入れた。
さらに荷台を調べると、小型の電池パックらしきものと、断線はしているが規格が合いそうなケーブルセットも見つかった。これも合わせて銀貨八枚で買い取った。
合計二十二枚。旅の資金が少し減ったが、後悔はなかった。
「良い買い物だったか?」
リョウが言った。
「かなりいい」
「何を作るつもりだ」
「言うと楽しみが減る」
「またか」
「エルフの森でまとめて話す」
「……そろそろ教えてもいい頃じゃないか」
「もう少しだけ待って」
リョウは溜息をついたが、追及はしなかった。
ミーナが「なに?なに?教えて!!」と言い、カケルが「まだ」と答え、ミーナが「ずるい!!」と言う。
エレナが「楽しみに取っておく方が、結果が際立ちます」と言った。
「エレナわかってる!!」ミーナが叫んだ。
「長く生きると、焦らしの価値がわかります」
「エレナが焦らしをする側というのが意外だが」リョウが言った。
「意外ですか?」
「そう見えない」
「長命種は表情に出さないだけで、楽しんでいることは多いですよ」
カケルは歩きながらそれを聞いて、思わず笑った。
「エレナが楽しんでたのか、今まで」
「ずっと」
エレナは静かに言った。
「特に、あなたたちと一緒のときは」
それを聞いて、カケルは少し心が温かくなった。言葉にはしなかったが。
◇
ガリ商会の老人は、カケルが機器の用途をよどみなく説明するのを聞いて、感動したような顔をした。
「あんた、本当に分かるんだなあ」
老人は言った。
「ここ二十年で、こういうものを「わかる」と言って来た人間は三人しかいない。みんな転生者と言ってた」
「俺も転生者です」
「そうか! やっぱりそうか!」
老人が手を叩いた。
「じゃあ話が早い。実はもう一個、見せたいものがある」
老人が荷台の奥を更に漁った。
取り出したのは、布で何重にも包まれた、小さな箱だった。
「これは……本当に正直なところ、何かわからないんだ。どこかの行商人から「現代の遺物らしいが使い方がわからない」って預かったもので。もう十五年になる。引き取り手が来なかったので今も持ち歩いてる」
箱を開けると、中には小さな金属の部品が整然と並んでいた。
カケルはそれを手に取り、しばらく観察した。
「……これは」
「わかるか?」
「精密モーターのセットだ。手のひらサイズの、超小型サーボモーター。これ一個で精密な動きを制御できる。用途は……ロボットアームとか、精密機械の関節部分とか」
「ロボット?」
「機械の体の、関節を動かす部品だ」
老人がぽかんとした顔をした。
「よくわからないが、大事なものか?」
「大事かどうかは……」
カケルは箱を持ちながら、設計図の頭の中にある空白部分を確認した。
「非常に大事です」
「そうか! じゃあ値段を」
「いくら?」
「こっちには値段がつけられないんでな。あんたが正当だと思う値段を言ってくれ」
カケルは少し考えた。
このサイズのサーボモーターセットが現代の日本でいくらするか。そしてこの世界での希少性を考えると……。
「銀貨二十枚」
老人が目を丸くした。
「高い値段をつけるんだな」
「正当な値段です。これは俺にとって非常に重要な意味を持つ。それを安く買うのは、老人に失礼だと思って」
「……気前のいい転生者だな」
老人がしみじみと言った。
「ありがとう。これで引き取り主が見つかって、十五年のつかえが取れた」
「こちらこそ」
カケルは銀貨二十枚を支払い、超小型サーボモーターのセットを手に入れた。
これで設計図の「関節部分」が埋まる。
リョウがそれを見て「また余分な出費か」と言いかけ、カケルの顔を見て黙った。
「……必要なものか」
「必要だ」
「わかった。会計は帳簿につけておく」
「ありがとう」
エレナが横から静かに言った。
「老人に感謝されていましたね」
「十五年も預かってたわけだから、こっちが感謝しないといけない」
「あなたは、ものだけでなく、人にも丁寧です」
「そうかな」
「そうです」エレナははっきり言った。「それが、あなたを信頼できる理由のひとつです」
カケルは何も言わなかった。
ただ、胸の中が少し温かくなった。
◇
夕方、道の脇にある岩場で野営の準備をしていたとき、リョウがカケルを呼んだ。
「少し話がある」
「なに」
「テーン商会の動きが、想定より速くなってる」
リョウが取り出したのは、昼間に村で行商人から聞いた情報をまとめた手書きのメモだった。
「検問が東にまで広がってる。もうエルフの森の手前まで来てるという情報がある」
「……予定より早い」
「エルフの森は、古い魔術の記録が眠っていることを知られているはずだ。テーン商会がそれを狙って、先手を打ってくる可能性がある」
「つまり、俺たちより先にエルフの森に入られるかもしれない」
「その前に着かなければいけない」
カケルは地図を確認した。
「エルフの森まで、あと何日?」
「順調に行けば一日半。ただし東の街道を使えば話が変わる。迂回する必要が出てくると、二日半か三日になる」
「東の街道の検問状況は?」
「まだ設置されていない可能性もある。情報が古いから確証はない」
「魔視鏡で確認しながら進む。東の街道が使えれば一日半、使えなければ迂回する。どちらも全力で動く」
「わかった」
エレナが近づいてきた。
「聞こえていました」
「森のことだから、当然だな」
「森が危ない状況であれば……私の魔力が完全に戻る前でも、対応できる準備をしなければなりません」
「戻り具合は?」
「八割ほどです。今夜ゆっくり休めば、明日には九割以上に」
「それで十分だ」
「テーン商会が森に入ることを許してはなりません」
エレナの声に、静かな強さがあった。
「森には、私の一族の記録が、何百年分も残っています。それが奪われたり壊されたりすれば……取り返しがつかない」
「エレナの故郷の記録だけじゃない」
カケルが言った。
「さっき話したように、俺たちが作ろうとしているものに必要な魔術の知識も、森にある可能性がある」
「二つの意味で、森を守らなければならない」
「全力でやる」
エレナが静かに頷いた。その目には、久しぶりに「本気の」エルフが宿っていた。
ミーナが少し遠くから戻ってきて言った。
「難しい話してる?」
「明日から速く動く話をしてた」
「はやく動く!!ミーナ全力で走れる!!」
「頼りにしてる」
「まかせて!!」
焚き火を囲んで夕食を食べながら、四人は明日の段取りを確認した。
早起きして日の出前に出発。東の街道を魔視鏡で確認しながら進む。問題があれば即座に迂回。全力でエルフの森を目指す。
それだけのことだが、その「それだけ」に全力を注ぐ準備が、今の四人には確かにあった。
「眠れるか?」
リョウがカケルに聞いた。
「眠れる。今日は作業より考える日だったから疲れた」
「それでいい。考えた分だけ、明日の動きが速くなる」
「リョウって、たまにいいこと言うよな」
「たまに、は余計だ」
「そうかな」
笑い声が夜の草原に広がった。
上には星。風は穏やか。焚き火は温かい。
しかしその温かさの向こうに、次の緊張が待っている。
それでも今夜は、ここで休む。
◇◇
明くる朝、四人は日の出より前に目を覚ました。
空が白み始める前の時間、まだ星がいくつか残っている。草原の空気は冷たく、息が白くなった。
エレナがすでに焚き火の前に座って目を開けていた。眠っていたのかどうかわからない。エルフの睡眠についてはよく知らなかったが、カケルが「おはよう」と声をかけると「おはようございます」と静かに返ってきたから、少なくとも意識はあったらしい。
「もう魔力は?」
「九割五分、ほぼ戻りました」
「さすがエルフの回復力だな」
「長く生きた分、身体の修復も速くなります」
「それも長命の恩恵か」
「ええ。ただし欠点もあります」
「何が欠点なの」
「長く生きた分、あらゆることに慣れます。喜びも、悲しみも、感動も……薄くなりがちです。そのかわりに」
エレナは静かに続けた。
「あなたたちのような「初めての驚き」に接すると、久しぶりに心が動きます」
「俺たちが新鮮なのか」
「非常に」
「それは……光栄だな」
「そうですよ」
ミーナが目をこすりながら出てきた。
「さむい!!」
「着込んで」カケルが言った。
「もう着てる!!」
「じゃあ動いて体を温めろ」
「うごく!!」
ミーナが屈伸を始めた。その横でリョウが荷物をまとめ、カケルが魔視鏡の電池……マナ石を確認した。
準備が整ったのは、空が完全に明るくなる少し前だった。
「行くか」
「行こう」
「いくー!!」
「参ります」
四人は草原を東へと歩き始めた。
東の空が橙色に染まり始めていた。
地平線の向こうに、遠くの森のシルエットが薄く見えた気がした。あれがエルフの森なのかはわからない。しかし、確かに東に向かっている。
カケルはリュックを背負いながら、中に入ったジャンク品の重さを感じた。
PC本体の設計図から書き写したデータ。ヘッドマウントディスプレイ。広域通信機。制御基板セット。里長から預かった古型マナ石。
それぞれがバラバラに見えて、カケルの頭の中では一つの絵に繋がりつつあった。
まだ完成していない。でも、着実に近づいている。
「カケル!」
ミーナが横に並んできた。
「うん」
「エルフの森、怖い?」
「怖くはない。ただ、急いで着かないといけないとは思ってる」
「ミーナも怖くない!」
ミーナははっきり言った。
「エレナの故郷だから。エレナが大事にしてる場所なら、守りたい」
カケルはミーナを見た。
今まで「猫族の里への愛着」は見てきた。しかし「エレナの故郷を守りたい」というミーナの言葉は、少し違う質を持っていた。
仲間のものを、自分のことのように思えること。
「成長したな、ミーナ」カケルは静かに言った。
「そう?」
「そう」
「えへ」ミーナが少し照れた。
後ろからエレナの声が来た。
「ありがとう、ミーナ」
「エレナまた聞いてた!!」
「聞こえてしまいました」
「いいけど!!……ありがとうって言ってもらえると照れる!!」
「照れていいんですよ」
笑い声が草原に散った。
夜明けの光が四人の影を長く伸ばしながら、東へと続いていった。
了




