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エレナの秘めた力 ~猫族の里に帰ってきたミーナが、食卓で一番うるさかった~


ミーナの故郷・猫族の里への道は、穏やかな丘陵地帯を抜ける、どこか懐かしい匂いのする道だった。


低い草が風に揺れ、小鳥が鳴き、遠くには緩やかな稜線が続く。空は高く、雲は薄く、太陽が柔らかく大地を照らしていた。


ミーナはその道を、まるで子どもに戻ったように走り続けた。


「あっちの丘、登ったことある!」


「川があった! 前に魚を捕まえた川!」


「あの木、まだあった!!」


ミーナは走って、戻って、また走って、また戻った。その繰り返しを、エレナは静かに見ていた。リョウは地図を確認しながら「ずいぶん体力があるな」とつぶやき、カケルはその全員を眺めながら、じわじわと温かい気持ちになっていた。


「ミーナ、里に帰るのが嬉しいんだな」

とカケルが言った。


「ミーナの故郷ですからね」

エレナが静かに答えた。


「長く生きると、故郷の景色というのは特別な重さを持ちます。たとえ時間が経っていても」


「エレナの故郷って、どんな場所?」


「深い森の中です」

エレナは遠くを見た。


「光が届かないほど木が茂っていて、地面は苔に覆われていて、空気が湿っている。夜は暗く、昼も薄暗い」


「……住みにくそうな場所だな」


「人間にはそうかもしれません」

エレナは少し微笑んだ。


「ただ私には、あの薄暗さが心地よかった。エルフは光より影の方が、落ち着くものなのかもしれません」


「帰りたいとは思わない?」


エレナはしばらく答えなかった。


「思う、ことはあります」やがて静かに言った。「でも今は、旅の途中です」


「それが終わったら?」


「それが終わったら……考えます」


カケルはそれ以上は聞かなかった。


ミーナが遠くから「早くこっち来て!!」と叫んでいた。



その日の夕方、道の途中で野営の準備をしていたとき、最初の異変が起きた。


北の方角から、魔力の波動がかすかに届いた。


エレナが最初に気づいた。


「……止まってください」


三人が足を止めた。


「どうした?」

カケルが聞いた。


「北から、強いマナ波が来ています」

エレナは眉を寄せた。


「距離は……五キロか、十キロか。正確にはわかりません。ただ」


「ただ?」


「自然のマナ波ではありません。意図的に放射されているものです。何らかの魔術的な装置か、強力な魔法使いが稼働しているかのどちらかです」


カケルは素早くリュックから魔視鏡を取り出した。


エレナが少し魔力を流し込むと、ディスプレイが起動した。北の方角に向けると、確かに強いマナ反応が映し出されていた。それも、一点集中ではなく、面積を持った広がりを見せていた。


「これは……大型の装置?」


「可能性が高いです」

エレナが言った。


「問題は方向です。北はドワーフ峠の方角。鉱山で採掘したマナ石を使って、何かを動かしている」


「何かって……」


「わかりません。しかしこれほど広い範囲にマナ波を放射しているということは、非常に大型の、何かです」


リョウが地図を開いた。


「ドワーフ峠から五キロから十キロなら、峠の内部か、その周辺だ。あの鉱山の規模なら、大型の魔法装置を動かせるだけのマナ石を確保できる」


「急ぎましょう」

カケルが言った。


「情報を集めながら、ミーナの里に向かう。里の人たちも、この波動に気づいているかもしれない」


「そうですね」

エレナが頷いた。


野営の準備は最小限にとどめて、翌朝早く出発した。



翌日の昼前、一行は突然の遭遇に直面した。


道の先に、魔王軍の一団が現れたのだ。


今度は検問の類ではなかった。


明確な「討伐部隊」だった。


十五人。全員が重装備で、先頭には魔法使いと思しき人物が二人いた。こちらに向かって進軍してきており、四人と鉢合わせする格好になった。


「……数が多い」

リョウが小声で言った。


「正面突破は無理だ。迂回する?」


「左の林に逃げ込めば時間が稼げる」


「そこまで辿り着けるか……」


先頭の魔法使いがこちらを指差した。


「あそこにいるのは旅人か! テーン商会の管轄区域を無許可で通行している者は拘束する!!」


「走れ!!」

リョウが叫んだ。


四人は即座に左の林へと向かって走り始めた。


しかし相手も動いた。


魔法使いの一人が杖を掲げ、前方の地面に炎の壁を作った。林への道を塞ぐように、一列の火柱が立ちあがる。


「止まれ!!」

カケルが叫んだ。


四人が急停止した。


炎の壁の手前で、四人は振り返った。後方では討伐部隊が包囲の形を取り始めていた。


「囲まれた」

リョウが落ち着いた声で言った。


「炎は……魔法か。エレナ、消せる?」

カケルが聞いた。


「消すことはできます。ただ、相手の魔法使いが維持しているので、消した瞬間に再展開される可能性があります」


「再展開するのと俺たちが走るの、どっちが速い?」


「互角かそれ以下です」


討伐部隊が距離を詰めてきた。


先頭の隊長格が前に出た。


「大人しくしていれば傷つけない。荷物を差し出してもらえれば、それで済む話だ」


「荷物を渡しても傷つかない保証は?」

とリョウが問い返した。


「それはお前たち次第だ」


カケルは素早く状況を整理した。


逃走は困難。正面から戦うには数が多すぎる。降伏は最後の手段だが、荷物の中にはマナ石変換アダプターや魔視鏡が入っている。それを奪われたら、今後の旅が詰む。


何か、時間を稼ぐ手段が必要だ。


「エレナ」

カケルは静かに言った。


「一つだけ聞いていい?」


「なんですか」


「エレナの魔法の最大出力は、どのくらい?」


エレナは一瞬、カケルを見た。


「……あまり使いたくない類の出力があります」


「それを使ったら、どうなる?」


「広範囲に影響が出ます。友軍の巻き込みを避けるため、準備が必要です」


「準備とは?」


「皆さんに、目を閉じてもらうことです」


カケルは頷いた。


「リョウ、ミーナ」

カケルが振り返った。


「エレナの指示に従って。合図があったら目を閉じて!」


「わかった」

リョウが素早く答えた。


「はーい!」

ミーナも頷いた。


討伐部隊の隊長が「何をごちゃごちゃ話している」と声を上げた。


「最後にもう一度言う。大人しくしろ。さもなくば――」


「エレナ」

カケルが静かに言った。


「頼む」


エレナが一歩前に出た。


銀色の髪が風に舞った。


「皆さん、目を閉じてください」

エレナは静かに言った。


「今すぐ」


カケルは目を閉じた。ミーナも、リョウも。


次の瞬間。


光が弾けた。


目を閉じていても、まぶたの裏が白くなるほどの光。そして低い、大地を揺るがすような魔力の波動。風が生まれ、木が揺れ、草が一斉になびいた。


数秒間、その光は続いた。


やがて、静かになった。


「目を開けていいですよ」

エレナの声が聞こえた。


カケルが目を開けると、そこには不思議な光景があった。


討伐部隊の全員が、立ったまま動かなくなっていた。


倒れているわけではない。武器も落としていない。しかし誰一人として動いていない。目を開いたまま、まるで時間が止まったかのように静止していた。


「何をした?」

カケルが聞いた。


「光の結界です」

エレナが静かに言った。


「短時間、意識を夢の中に誘います。痛みはありません。ただ……」


「ただ?」


「この魔法は、私の魔力を大量に消費します。十分以内に動けるようになりますから、急いでください」


カケルがエレナの顔を見ると、その顔色がわずかに白くなっていた。


「エレナ、大丈夫か?」


「問題ありません」


「問題あるように見える」


「……少し消耗しました。歩くのに支障はありません」


「リョウ!」

カケルが呼んだ。


「荷物を持ってくれ、エレナを支える」


「わかった」


リョウがすぐにカケルのリュックを引き受けた。カケルはエレナの横に並んだ。


「肩、貸すよ」


「結構です」


「遠慮しないで」


エレナは少し黙ってから、カケルの差し出した腕にそっと手を乗せた。


「……ありがとうございます」


「礼はいい。走るぞ」


四人は林へと向かって走り始めた。


炎の壁は、魔法使いが意識を失ったことで消えていた。


林に駆け込み、木々の間を縫うように進む。討伐部隊が意識を取り戻す前に、できる限り距離を稼がなければならない。


五分間、全力で走った。


息が切れたところで、大きな岩の影に身を潜めた。


「……追ってきてない?」

ミーナが耳をそばだてながら言った。


「まだ聞こえない。大丈夫だと思う」


「よかった……!」


カケルはエレナを見た。岩に背を預けて座っており、目を閉じていた。息は整っているが、顔がまだ白い。


「エレナ」


「……少し、休めば戻ります」


「急がなくていい。ここで待つ」


「でも十分が……」


「十分過ぎてる。あいつら追ってきてないから」

カケルはエレナの隣に腰を下ろした。


「ゆっくりしろ」


エレナは目を閉じたまま、小さく息をついた。


「……ありがとうございます」


「今日だけで何回目だ、それ」


「カケルが何度もありがとうと言いたくなることをするからです」


「照れる言い方すんな」


「事実です」


ミーナがエレナの正面にしゃがんで、心配そうな顔を向けた。


「エレナ、痛い?」


「痛みはありません。ただ疲れました」


「水、飲む?」

ミーナがポーチから水筒を取り出した。


「……いただきます」


エレナが水を一口飲んで、目を開けた。


少しだけ顔色が戻った。


「今の魔法……すごかった」

ミーナが言った。


「ぴかってなって、みんな止まって」


「古い魔法です」

エレナは静かに言った。


「エルフの森に伝わる、光の結界術。長命種でなければ習得できないとされています」


「なんで?」

カケルが聞いた。


「人の意識を誘う魔法は、術者自身が「意識の重さ」を理解していなければ制御できないからです。百年も二百年も生きて、意識とは何かを体で知った者でなければ、安全に使えない。そういう類の魔法です。」


「百年以上かけて身につけた魔法か」

カケルはその重みを受け取った。


「それを今日使ってくれた」


「必要な場面でした」

エレナは静かに言った。


「それだけです」


「それだけじゃないけどな」


エレナは少し首を傾けてカケルを見た。


「カケルは……感謝を表明するのが上手ですね」


「そうかな。ただ思ったことを言ってるだけだけど」


「それが上手いということです」


リョウが少し距離を取って立ちながら、静かに言った。


「エレナ、今の魔法の回復に、どのくらいかかる?」


「一日あれば十分に回復します」

エレナが答えた。


「ただ今夜は、軽い魔法も含めて魔力の行使を控えた方がいいでしょう」


「わかった。今夜はどこかで宿を取る。ミーナの里まで、あとどのくらいだ?」


「明日の昼前には着くはずです」


「なら今夜を安全に過ごせれば、明日は里に入れる」


「ここから少し南に小さな農村があります」エレナが言った。「里の手前の村で、猫族の里とも交流があります。そこで一夜の宿を借りれば安全なはずです」


「行こう」


四人は立ち上がった。


エレナはカケルの手を借りずに立ち上がり、「大丈夫です」とひと言言った。その言葉には、先ほどよりも確実に力があった。


林の中を南へと進みながら、カケルは少し後ろを歩くエレナに声をかけた。


「一つだけ聞いていいか」


「なんですか」


「今日使った魔法、もし俺たちがいなかったら使ってた?」


エレナはしばらく考えた。


「……使わなかったと思います。一人なら逃げることを優先します」


「じゃあ俺たちがいたから使ったわけだ」


「そうなります」


「それって、俺たちのために消耗したってことだよな」


「必要な場面でした」

エレナは繰り返した。


「わかってる」

カケルは言った。


「ありがとう。本当に」


エレナはその言葉に、何も返さなかった。


しかし、その歩き方が少しだけ、軽くなったような気がした。



農村の宿は、小さな民家の一部屋を貸してもらう形だった。


宿の主人は人のよさそうな農夫で、猫族の里の話を出した途端に表情を和らげた。


「猫族の里から来た方ですか!! ミーナちゃん、久しぶりじゃないですか!!」


「知ってるの?!」

ミーナが目を丸くした。


「里に行商をしていた頃にお見かけしましたよ。ちっちゃくてやんちゃで、おばあちゃんに怒られながら走り回っていた……覚えていませんか?」


「おじさん!! ミーナ覚えてる!! 干し魚もらった人!!」


「そう! そう!!」

農夫が手を叩いた。


「懐かしい! 里を出たと聞いたけど、こんなに立派になって!」


「立派かな」

カケルがつぶやいた。


「立派です!!」

ミーナがきっぱり言った。


農夫はカケルたちのために夕食を準備してくれた。温かい野菜のスープとパン。シンプルだが、今日の消耗した体には染み渡る味だった。


食事の中で、カケルは農夫に今日の出来事を簡単に話した。テーン商会の検問のこと、討伐部隊のこと。


農夫の顔から笑顔が消えた。


「やはり……来ましたか」

農夫は静かに言った。


「この辺りでも最近、変な噂が出ていて。北の方からの商品が届かなくなった、行商人が怖がって来なくなった、と」


「テーン商会という名前は?」


「聞いたことがあります。半年前に突然現れて、あちこちの取引を囲い込もうとしていると。うちの村には直接被害はないですが……里のお父さんやお母さんたちは心配してるみたいで」


「里も影響を受けている?」


「影響というより……里に向けて偵察に来た、という話を聞いて」

農夫は声を低くした。


「テーン商会の人間が、里の近くで見かけられたと。猫族の里には特殊なマナ石が眠っているという話がありますから」


カケルとリョウが顔を見合わせた。


「里への偵察」

リョウが言った。


「それはいつの話ですか」


「二週間前だとか」


「……急がなければ」

カケルが立ち上がりかけた。


「カケル」

エレナが静かに言った。


「今夜は動けません。私のことではなく、夜の山道は危険です。明日の朝、日が出たら即座に出発する。それが最善です」


「わかってる」

カケルは座り直した。


「わかってるけど……気が気じゃない」


「ミーナの故郷です」

エレナは言った。


「ミーナも気が気ではないでしょう。でも焦って動いて、途中で足を挫いたり迷ったりすれば、それこそ遅くなる」


ミーナは、先ほどまでの笑顔が消えていた。しっぽが細く、耳が少し伏せていた。


「ミーナ……」

カケルが呼んだ。


「大丈夫」

ミーナは言った。


「エレナの言う通り。明日、行く。今夜はちゃんと寝て、明日全力で走る」


「……そうだな」


「でも」

ミーナは続けた。


「里のみんなが無事でいてほしい」


「俺も同じことを思ってる」


「カケル、里に着いたら……守ってくれる?」


カケルは少しの間、ミーナの顔を見た。


いつも元気で、壊してばかりで、猫耳をぱたぱたさせている少女の顔が、今は不安で少し年を取って見えた。


「守る」

カケルははっきり言った。


「俺たち全員で守る。だからミーナも今夜はちゃんと休め」


ミーナは一瞬、目を潤ませた。すぐに拭って、うんと頷いた。


「うん。ありがとう、カケル」


その夜は静かに明けた。


全員が早めに休んで、夜の闇の中を朝日が割り込んできた頃には、もう起き出していた。


農夫が朝食のパンを包んでくれた。


「道中、気をつけて。ミーナちゃんのご両親によろしくお伝えください」


「ありがとうございます」


四人は夜明けの光の中を走り始めた。


ミーナが先頭で、猫族の全力疾走を見せた。


カケルは走りながら、魔視鏡を握った。


里まで、もう少しだ。



猫族の里は、朝霧の中に現れた。


川沿いの盆地に、木造の家が肩を寄せ合うように建ち並んでいた。屋根の形が独特で、どこか丸みがあり、猫の耳に似た三角の意匠が取り付けられていた。煙突からは朝餉の煙が上がり、鶏の声が聞こえた。


そして里の入り口に差し掛かったとき、見張りに立っていた若い猫族の青年がミーナに気づいた。


「……ミーナ?!」


「レン!!」


ミーナが駆け出した。


青年――レンと呼ばれた彼は、ミーナより少し年上に見えた。茶色の猫耳に、短いしっぽ。その顔には「え、本当に?」という驚きと「やっぱり帰ってきた」という安堵が混じり合っていた。


「本物か?! どこ行ってたんだよ!!ずっと心配したんだぞ!!」


「帰ってきたでしょ!!」


「お母さんたち、今日の朝も心配してたばっかりじゃないか!!」


「連れてきてもらったんだよ!!」


二人がわーわー言い合っている間に、カケルたちも入り口まで辿り着いた。


「幼なじみか何か?」

カケルがレンに声をかけた。


「幼なじみです」

レンが答えた。

「一緒に育ちました。……あの、あなた方は?」


「ミーナと一緒に旅をしている仲間です。霧島 涼、エレナ・シルバーフォレスト、橘 翔。それと、俺がカケルです」


レンの目がエレナを見て、少し驚いた顔になった。しかしすぐに表情を戻して、深く頭を下げた。


「ようこそ猫族の里へ。ミーナの面倒見てもらってありがとうございます」


「こちらこそ。ミーナにはいつも助けてもらってます。」


「早く中に。里長たちに知らせないといけません。それと、テーン商会の偵察が来てから、里の入り口の守りを強化していて……」


「知っています

」カケルが言った。


「農村で聞きました。今どういう状況ですか?」


「今のところ、直接的な被害はありません。ただ、偵察らしき者たちが南の丘の上から里を観察していたと。里長が「何かが来る前に備えが必要だ」と言っているところです」


「備えを手伝えると思います。ただ、まずミーナをご両親に会わせてあげたい」


レンはミーナを見た。ミーナはしっぽをぶんぶんと振りながら「お父さんとお母さんに会いたい!!」とはっきり言った。


「わかった。一緒に来て」


里の中を歩くと、あちこちで猫耳や猫しっぽを持つ人たちがカケルたちを物珍しそうに見ていた。猫族の里に人間が入るのは珍しいことのようだった。エレナを見て「エルフ……」とひそひそ話す声も聞こえたが、誰も露骨に拒絶する様子はなかった。


ミーナの家は、里の中ほどにあった。


小さいが手入れの行き届いた家で、入り口の前に鉢植えが並んでいた。ドアは木製で、猫の模様が彫り込まれていた。


レンがドアをノックした。


すぐに中から「はーい」という声が聞こえて、ドアが開いた。


出てきたのは、ミーナによく似た顔をした、小柄な女性だった。ミーナより少し大人びた猫耳に、同じ茶色のしっぽ。その目がミーナを見た瞬間、止まった。


「……ミーナ?」


「お母さん!!」


ミーナが飛びついた。


母親が一瞬固まって、それから両腕でミーナをしっかりと抱いた。


「……帰ってきたんだ」お母さんが静かに言った。「帰ってきたんだね」


「帰ってきたよ! ちゃんと帰ってきたよ!!」


「良かった……本当に、良かった」


カケルは少し距離を取って、その場面を見ていた。


エレナも、リョウも、誰も声を出さなかった。


しばらくして、ミーナのお母さんが顔を上げた。目が赤くなっていたが、笑顔だった。


「あなたたちが一緒に来てくれたの?」


「はい」

カケルが頭を下げた。


「橘 翔と言います。ミーナに旅で助けてもらっています」


「助けてもらって? この子が?」


「力になってもらっています」


「……そう」

お母さんは少し驚いた顔をして、それから優しく笑った。


「ありがとうございます。上がってください。父親も呼んできますから」


家の中は温かかった。


父親が奥から来て、ミーナを見て言葉を失って、それから無言で頭を抱えた。ミーナが「ごめんなさい」と言って、父親が「馬鹿者」と言って、しばらくぎゅっとしていた。


カケルはその間、静かに壁際に立っていた。


「お前ら、仲いいな」

リョウが小声で言った。


「そう見えるか」


「ミーナの顔、初めて子どもみたいに見えた」


「普段から子どもみたいだろ」


「今日はもっと、幼い感じがする。実家に帰ったからか」


カケルは頷いた。それ以上は言わなかった。


やがてミーナが振り返って「カケル、リョウ、エレナ!! 紹介する!!」と元気よく言った。


家族への紹介が始まった。


ミーナの父・タロン、母・サーニャ。二人ともカケルたちを丁寧に迎えた。エレナを見てわずかに驚いた顔をしたが、ミーナが「エレナはすごく優しいし強いし頭がいい!」と熱弁したことで、すぐに表情が緩んだ。


「ミーナがお世話になっています」

とタロンが言った。


「あの子は昔から落ち着きがなくて、よく物を壊して……」


「今も変わっていませんが、力になってもらっています」

カケルが答えた。


「そうかそうか」

タロンは苦笑しながら頷いた。


「そうか……」


父親の目が少し潤んでいた。カケルはそれを見なかったことにした。


お母さんが朝食を用意してくれた。


四人で囲む食卓に、ミーナ家族も加わって、にぎやかな食事が始まった。


その食事の中で、カケルはタロンに里の現状を聞いた。


「テーン商会の件、やはり警戒されていますか」


「ええ」

タロンは表情を引き締めた。


「里の下にも古いマナ石の脈がある。それを知られると、取られかねないと里長も言っていて」


「古いマナ石の脈?」

カケルが聞き返した。


「里が建った頃からある、非常に質の高いマナ石の鉱脈です。ただし採掘が難しくて、ずっとそのままにしていました。里の守護のようなものとして」


カケルはエレナと目を合わせた。


エレナが静かに頷いた。


「その鉱脈、守る方法を一緒に考えさせてほしいです」

カケルが言った。


「テーン商会が狙っているなら、対策が必要です」


「……あなた方に協力していただけるのですか」


「それが今の旅の目的でもあります」


タロンは少しの間、カケルを見た。それからゆっくりと頷いた。


「食事が終わったら、里長のところへ案内します」


「ありがとうございます」


ミーナがそれを聞いて、しっぽをぶんぶん振った。


「ミーナも行く!!」


「当然だ」

とカケルが言った。


「やった!!」


食卓に笑い声が広がった。


里の問題は、これから始まる。


しかし今この瞬間は、温かい食卓の中にあった。


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