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エレナの魔法暴発と仲間の絆 ~怒ったエルフが一番強いという事実を、検問越えで学んだ~


東への道は、前半の山越えと打って変わって、なだらかな平原が続いていた。


青い空に白い雲が浮かび、草原の緑が風に揺れる。どこからか小鳥の声が聞こえ、遠くには小さな村の煙突から炊事の煙が上がっていた。


前の旅程と比べると、拍子抜けするほど穏やかだった。


「こういう道の方が好きだな」

とカケルが言った。


「危険がなくて良いですね」

とエレナが答え、


「でもちょっとつまらない」

とミーナがぼやき、


「つまらなくていいんだ」

とリョウが笑った。


四人がそれぞれの感想を述べたあと、しばらく黙って歩いた。


カケルは歩きながら、エレナに魔法の基礎を教わっていた。昨夜の約束通りだ。


「魔力の基本は「意志」と「イメージ」です」

とエレナは説明した。


「魔力を持つ者は、体内に微量のマナを保有しています。それを意識的に動かし、外部の世界に干渉させるのが魔法です」


「体内のマナを外に出す、ということか」


「正確には、体内のマナを「媒介」として、周囲のマナと干渉させます。魔法使いが行っているのは、この干渉のコントロールです」


「それが難しい?」


「才能と修練の両方が必要です。才能がなければ干渉を起こせない。修練がなければ、起こした干渉をコントロールできない」


「コントロールできないとどうなる?」


エレナは少し間を置いた。


「暴発します」


「……それは怖い」


「そうですね。初歩的な魔法の失敗で家が燃えることもあります。それが魔法使いが厳しく管理される理由の一つです」


「エレナは暴発したことある?」


「……あります」


「いつ?」


「若いときに」エレナは静かに言った。「感情が高ぶると、制御が難しくなります。特に、怒りや恐怖のような強い感情のとき」


「どんな状況で暴発したの?」


エレナはしばらく黙った。


「友人が傷つけられたときです」


カケルはその言葉を受け取った。深くは聞かなかった。


「感情が引き金になるんだな」


「そうです。だから魔法使いは感情の制御も同時に修練します。ただ……」

エレナはわずかに表情を変えた。


「完全には制御しきれないものもあります。長く生きても」


「それは、今でも?」


「状況によっては」

エレナは視線を前に向けたまま言った。


「おそらく今回の旅でも、完璧には制御できない瞬間が来るかもしれません。あらかじめ言っておきます」


「覚えておく」

カケルは答えた。


「そのときは俺が後ろにいる」


エレナが少し立ち止まった。


「……それは頼もしいですが」


「魔法は使えないけど、周囲の状況を整理することはできる。暴発が起きそうなとき、他の人を遠ざけるくらいはできる」


「カケルは……そういう人ですね」


「どういう人?」


「自分にできることを、過不足なく把握している人です」


カケルはその評価を少し照れながら受け取った。


「ほめすぎだと思う」


「事実を言っているだけです」


ミーナが後ろから割り込んできた。


「二人とも、難しい話してる! ミーナにもわかるように言って!」


「魔法の話だよ」

カケルが言った。


「ミーナ、魔法は使えないけど、魔法使いが暴発したときに逃げ足は速い?」


「はやい!!」


「それで十分だ」


「えへへ」


ミーナが嬉しそうにしっぽを振った。



事件は、その日の夕方に起きた。


平原の道の途中、小さな商人の隊商と出会った。荷馬車三台、護衛が四人の小規模な一団だ。彼らはランデールの方向から東へ向かっており、四人と進行方向が逆だった。


擦れ違いざまに、隊商の長と思しき中年の男が足を止めた。


「旅人の方々、少し聞いてもいいですか」


「なんでしょう」リョウが答えた。


「東の街道、最近安全ですか? 昨日から北の方で妙な動きがあると聞いて、引き返そうかどうか迷っていて」


「俺たちは南から来たので北の情報は持っていませんが……」

リョウが少し考えてから言った。


「どんな情報を?」


「テーン商会とかいう組織が、街道に検問を設けているとか。通行料を請求されただけじゃなく、荷物を全部調べられた商人もいるとか聞いて」


カケルとリョウが目を合わせた。


「検問ですか」

カケルが言った。


「そうなんです。おかしいでしょう? 街道の管理は本来、王都の役人がやるべきことなのに、民間の会社が検問を設けるなんて……」


「それは確かにおかしい」

リョウが静かに言った。


「その情報、どこで聞きましたか」


「一昨日、南の宿で会った商人から。彼は実際に検問に遭遇して、荷物の中のマナ石を全部没収されたと」


「没収?!」

カケルが声を上げた。


「ええ。「管理品のため一時押収」という名目で。返してもらえるかどうかも分からないと言っていて……その商人は泣いていましたよ」


カケルの中で、怒りが静かに燃え上がった。


没収。管理品。一時押収。


すべて正式に聞こえる言葉を使いながら、実態は強奪だ。


「情報をありがとうございます」

リョウが穏やかに言った。


「私たちは東に進みますが、気をつけて行きます」


「お気をつけて。……でも本当に、この先どうなるんでしょうね。テーン商会なんて半年前まで聞いたこともなかったのに」


隊商の男は不安そうな顔をして、去っていった。


四人は再び歩き始めた。


しばらく沈黙が続いた。


「急ぎましょう」

エレナが静かに言った。


「検問が東にも広がる前に、ミーナの里と私の森を訪ねる必要があります」


「同じことを考えてた」

カケルが言った。


「でも急ぎすぎると判断が鈍る。今夜は早めに宿を取って、しっかり休んでから明日動く。その方がいい」


「同意です」


そのとき。


草原の向こうから、複数の人影が現れた。


テーン商会の紋章を纏った、武装した男たちだった。


七、八人。全員が槍か剣を持っている。先頭の男は「止まれ!」と声を上げながら、こちらに向かって駆け足で近づいてきた。


「テーン商会の検問だ! 通行人全員、荷物を提示しろ!」


カケルは素早く状況を判断した。


逃げる、という選択肢もある。しかし相手は七、八人で、全員が武装している。追いつかれる可能性がある。


交渉するという手もある。しかし相手はすでにマナ石の没収を行っている集団だ。話が通じるとは思えない。


戦う、という選択肢は……正直、今日の装備ではリスクが高い。


カケルが判断しようとした、そのとき。


「ミーナ」


エレナが静かに言った。その声は、普段より少し低かった。


「一歩下がってください」


「え、でも――」


「下がってください」


ミーナが思わず一歩下がった。カケルも本能的に後退した。


エレナが前に出た。


銀色の髪が夕風に揺れた。彼女の手には杖がある。目は静かだが、その静かさの奥に、何か別のものが見えた。


テーン商会の男たちが、エレナを見て一瞬足を止めた。


「……エルフか」


「そうです」

エレナは穏やかに言った。


「通していただけますか」


「関係ない。検問だ、荷物を――」


「マナ石は渡しません」


エレナの声がわずかに変わった。それは怒りとは少し違う。しかし、引いてはいけない何かが滲んでいた。


「商人から不当にマナ石を没収した、というのは事実ですか」


「それは管理品の……」


「答えてください」


先頭の男が一歩前に出た。


その瞬間、エレナの杖が光った。


小さな、制御された光だった。しかしその光は、周囲のマナを大量に引き込む前兆だった。


「エレナ!」

カケルが呼んだ。


「大丈夫です」

エレナは答えた。しかしその声には、普段の余裕が少し欠けていた。


テーン商会の男たちが後退した。エルフの魔法師が本気を見せようとしている、と判断したのだろう。


しかし。


エレナの杖から放たれた光が、予想より大きくなった。


半径三メートルの範囲に、氷結の魔法が展開した。草が凍り、地面に霜が張り、空気が急激に冷えた。


「ッ……!」

エレナが息を飲んだ。


暴発、だ。


テーン商会の男たちが、一瞬にして足元を氷に取られた。全員が滑り、転倒し、そのまま地面に這いつくばった。


誰も傷ついていない。しかし完全に動けなくなっていた。


沈黙。


「……すみません」

エレナが静かに言った。


「少し、多くなりました」


「多くなった、で済む話じゃ……」

カケルは言いかけて、止めた。


地面に倒れたまま、テーン商会の男たちが震えている。寒さではなく、恐怖で。


「行きましょう」

カケルは言った。


「凍りが溶ける前に」


「氷は十分以内に溶けます」

エレナが言った。


「怪我もありません」


「わかった。行こう」


四人は素早く、男たちの横を通り過ぎた。


ミーナが「すごかった!!」と興奮した声で言い、リョウが「騒がしくしないで」と制止した。


平原を抜けて、小さな林の中に入ってから、四人は立ち止まった。


「エレナ」

カケルが言った。


「大丈夫か?」


「……大丈夫です」

エレナは少し俯いた。


「ただ、予定より規模が大きくなってしまいました。感情のコントロールが……少し、難しかった」


「何が引き金になった?」


「商人からマナ石を没収した、という話を聞いたとき」

エレナは静かに言った。


「長く生きていると、理不尽を見るたびに積み重なるものがあります。今回のは……少し、刺さりました」


「それでよかったと思う」


カケルは言った。


「よかった?」


「誰も傷ついてないし、俺たちも無事だった。少し大きくなったとはいえ、コントロールはしてた。あれ以上の暴発にはならなかった」


「……それは」


「エレナが言ってたこと、覚えてるか。感情が引き金になると。でも今回は、感情があったからあの規模で対処できた面もある。少ない感情での制御された魔法より、大きい感情で出た魔法の方が結果的に相手を動けなくした」


エレナはしばらく黙った。


「……フォローが上手くなりましたね」


「お世辞じゃない。本当にそう思ってる」


「ありがとうございます」


ミーナがエレナの腕を取った。


「エレナ、かっこよかったよ! バーン!ってやって、みんなバターンって転んで!」


「バーン、バターンとはまた独特な表現ですね」


「かっこよかったから!!」


エレナが小さく笑った。それは今日一番、柔らかい笑顔だった。


「リョウ」

カケルが言った。


「さっきの検問、報告した方がいいか? 王都か、近くの領主に」


「正直、どこに報告しても今の状況では動いてもらえるか怪しい」

リョウが言った。


「ただ、商人のネットワークに情報を流すことはできる。声が集まれば、誰かが動く可能性が上がる」


「それをやってほしい。次の街に着いたら」


「了解した」


夕暮れが来た。


林の向こうに、小さな村の明かりが見えた。


「今夜の宿はあの村だな」

とリョウが言った。


「温泉はあるかな」

ミーナが期待した声で言った。


「仕切りは壊さない約束だぞ」

カケルが念押しした。


「壊さない!!ちゃんと覚えてる!!」


「じゃあよし」


「やった!」


四人は夕暮れの道を歩いた。


今日だけで、検問遭遇、魔法暴発、強制的な撃退、という盛りだくさんの一日だった。


しかし四人は今、それを笑い話として消化できる程度には、互いへの信頼を積み重ねていた。


ミーナは笑いながら走り、エレナは静かに歩き、リョウは地図で近くに村があるのを見つけた。少しかかるらしい。カケルはリュックの中でガタガタと音を立てるジャンク品を気にしながら、歩いた。


◇◇


村の宿は小さかったが、清潔だった。


温泉はなかった。


ミーナが少しだけ残念そうな顔をしたが、「また次の機会に」とカケルに言われて素直に頷いた。


夕食後、カケルとリョウが一部屋で話した。


「今日だけでかなりの情報が集まったな

」カケルが言った。


「検問の設置、マナ石の没収、商人への圧力。テーン商会の動きは想定より速い」


「拠点がどこかにあるはずだ」

リョウが言った。


「検問要員を大量に動かせるだけの組織規模がある。補給拠点か、指令を出す場所か」


「魔王城じゃないのか?」


「魔王城を拠点にしながら、表向きのテーン商会も別に動かしてるとしたら、指令系統が二重になってる。それはかなりの組織力が必要だ」


「転売屋の末裔が、世界規模の物流組織を作り上げたわけか……」

カケルは腕を組んだ。


「ある意味、すごい話だな」


「すごいが、そのすごさが全部悪い方向に使われてる」


「だから止めなきゃいけない」


カケルはノートを取り出し、思考をまとめ始めた。


「今の段階での整理。テーン商会は資源の囲い込みと流通の独占を進めている。それに対して俺たちができることは……」


「情報収集と広報、代替ルートの確立、技術的な対抗手段」

リョウが続けた。


「あとは」


「あとは仲間を増やすこと」

カケルが言った。


「今は四人だ。でも世界規模の問題に四人で対応するのは限界がある。ミーナの里、エルフの森、それ以外の各地に、協力してくれる人たちがいるはずだ」


「一人一人の力は小さくても、繋がれば大きくなる」


「そういうこと」


リョウはメモを取った。


「旅の目的を少し修正する。単に情報収集だけじゃなく、協力者のネットワークを作ることも目的に加える」


「それでいこう」


話が終わった後、カケルは窓の外を見た。


星は少なかった。雲が多い夜だ。


「リョウ」


「うん」


「今日のエレナの魔法暴発、見てたか?」


「見てた」


「どう思った?」


リョウは少し考えた。


「エレナが怒った理由は正しい。商人からの不当な没収に怒る感情は、人として正常だと思う。ただ……ああいう感情の使い方を、長命のエルフがするのは珍しい」


「なんで?」


「長く生きた者は、感情をうまく隠すことが多いから。喜怒哀楽を外に出さないのが、長命種の処世術でもある。それをエレナが出した、ということは」


「信頼してる、ってことか? 俺たちのことを」


「そう解釈していいと思う」


カケルはその言葉を、しばらくかけて受け取った。


「大事にしないといけないな」


「そうだな」


消灯の時間が来た。


カケルは布団に入りながら、今日一日を振り返った。


温泉宿での騒動。検問との遭遇。エレナの暴発。


どれも予定にはなかった出来事だ。


しかし予定外のことが重なる中で、四人の間に何かが積み重なっていく感覚があった。それは「仲間」という言葉でしか表せないようなものだった。


転売屋に刺されて死んで、異世界に転生して、ジャンクショップに迷い込んで。


こんな形で仲間と出会うとは、カケルは想像もしていなかった。


でも今は、こうして出会えたことが、自分の運命に必要なことだったのかもしれないと、そんな気がしていた。


「……明日も頑張るか」


誰にでもなくつぶやき、カケルは目を閉じた。


翌日に向けて。


ミーナの故郷へ向けて。




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