秋葉原最終処分場、普通の一日 ~第一話:ミーナと初めての値段交渉~
朝、開店準備の最中に事件は起きた。
といっても、爆発があったとか、魔法暴発があったとか、そういう類の事件ではない。
ミーナが「値段交渉をやってみたい」と言い出したのだ。
カケルは工具の整理をしながら、その言葉を受け取った。
「値段交渉?」
「うん! カケルとかリョウがやってるやつ! お客さんが「もう少し安くならない?」って言って、「これ以上は無理ですね」って言うやつ! ミーナにもできると思う!!」
「……できるとは思うが」
「やってみていい?」
「ちょっと待て」
カケルは手を止めた。
「まず確認したい。値段の根拠は把握してるか?」
「根拠?」
「その商品が今日いくらで売れるか。それを決める根拠だ。仕入れ値、希少性、市場での相場、修理コスト。それを考えた上で値段をつける。逆にそれを理解してないと、「安くしていい」か「安くできない」かの判断ができない」
ミーナは少し考えた。
「……難しい!!」
「難しい。だから最初は俺が横にいる。一緒にやってみよう」
「本当に!!」
ミーナの耳がぴんと立った。
「ただし」
カケルは念を押した。
「俺が「下げるな」と言ったら絶対に下げない。「下げていい」と言ったら交渉する。それだけ守ってくれ」
「わかった!!」
その日の午前中、最初の客が来た。
腰の曲がった老婆で、手に古びた革袋を持っていた。
「この袋の中身を買い取ってほしいんだが」
革袋の中身を広げると、小型のコンデンサとトランジスタが数十個。保存状態は悪くない。
「まず俺が値段を言う」カケルがミーナに小声で言った。
「うん」
「銀貨三枚です」カケルが老婆に言った。
「三枚か……もう少し出してもらえないかい」
カケルがミーナに目で合図した。
「これが上限です」
ミーナが言った。
「この部品は市場では二枚程度ですが、状態が良いので三枚を出しています。それ以上はうちの採算が取れません」
老婆が少し驚いた顔をした。
「猫族の子が……しっかりしたことを言うね」
「教わったので!!」
「……三枚でいいよ」
老婆は笑った。
「気持ちのいい交渉だったね」
老婆が帰った後、ミーナが飛び上がった。
「できた!!値段交渉できた!!」
「上出来だった」カケルは言った。「特に「うちの採算が取れない」という言い方が良かった。嘘ではないし、相手を尊重した断り方だ」
「リョウがいつも言ってるやつ!!聞いてたから覚えてた!!」
「聞いてたのか」
「仕事中はちゃんと聞いてる!!壊すのと聞くのは別!!」
「……それは確かにそうだな」
リョウが奥から出てきた。
「値段交渉の話、聞こえてた。良かったな、ミーナ」
「リョウ!!ミーナ、成長した!!」
「した。ただし次からは俺の許可なしに買い取りはするなよ。買い取りは売りより難しいから」
「なんで?」
「買い取るときは相場より少し低く提示しないといけない。相場を知らないと、向こうが言い値で買わされる。コンデンサの相場、今いくらか言えるか?」
「……言えない」
「だから次は俺に聞いてからにしろ」
「わかった!!でも今日は合格?!」
「今日は合格だ」
「やったーーーー!!!!」
ミーナのしっぽが猛烈に揺れた。
エレナが棚を整理しながら静かに言った。
「今日の交渉、私も聞いていました。「採算が取れない」という言い方は、私には思いつかない言葉でした」
「なんで?」
「エルフは直接的に「値下げできない」と言う傾向がある。理由を商売の言葉で説明するのは、人間の技術ですね。ミーナは人間の側から学んでいる」
「ミーナは猫族だけど!!」
「でも人間の言葉を覚えた」
エレナは静かに言った。
「それが面白い」
「面白いのはいいこと?!」
「良いことです」
「じゃあいい!!」
カケルは作業台に戻りながら、今朝のやりとりを頭の中でなぞった。
ミーナがまた一つ、新しいことを覚えた。
それが嬉しかった
了




