夜明け、そして帰還 ~ヨアケという名の機械が、今日その名の通りに輝いた~
城の外に出ると、夜が明けていた。
東の空が白んでいた。地平線の向こうに橙色の光が差し始め、城の輪郭がシルエットになって空に浮かんでいた。
囮部隊の人々が、城の外で待っていた。
カケルたちが出てきた瞬間、歓声が上がった。
「終わったのか!!」
「テーン商会が止まったと!?」
「本当に!?」
リョウが全員に向かって言った。
「テーン商会は今日から解体です。約束を取り付けました。流通の正常化には時間がかかりますが、始まります」
もう一度歓声が上がった。
ミーナが城の扉のところで、腕を高く上げて叫んだ。
「やったーーーーーーーー!!!!!!!!!」
その声が、夜明けの空に響いた。
ゴルダムが近づいてきた。
「終わったか、転生者」
「終わりました」
「ヨアケの損傷は?」
「城壁を上がった際に一か所、擦れています。修理が必要です」
「明日から手を入れる。部品は持ってきた」
ゴルダムはそう言って、それ以上は何も言わなかった。
しかしカケルには、その一言に多くのものが込められていることがわかった。
「ありがとうございます」
「礼は……」
ゴルダムは言いかけて、止まった。
「……今日は言っていい」
「ありがとうございます、ゴルダム」
ゴルダムは小さく頷いて、部下の方へ歩いていった。
エレナがカケルの横に来た。
「疲れましたか」
「疲れた。でも……」
カケルは東の空を見た。
「これが本物の夜明けだな」
「そうですね」
エレナは静かに言った。
「機械の名前通りに」
「ヨアケ、仕事をしたな」
「しましたね。夜明けがこんなに綺麗なんて。」
◇
帰り道。
三叉平野で、各地の仲間たちに別れを告げた。
騎士団の隊長が「また必要なときは呼んでください」と言い、商人組合のリーダーが「流通の正常化、俺たちも動き続けます」と言い、農業組合の人々が食料を持たせてくれた。
ゴルダムのチームが北へ去るとき、若い職人のガーナが「ヨアケの次のバージョン、俺も作りたいです」と言った。
「作ろう」
カケルは言った。
「また来るから、待っていてくれ」
「待ってます」
ゴルダムが何も言わなかった。しかし歩き去る前に一度だけ振り返って、カケルを見た。
カケルは頷いた。
ゴルダムも頷いた。
それだけで、十分だった。
◇
ランデールへの帰路、二日目の夜営地。
ミーナがお守りを取り出して、じっと見ていた。
「ミーナ」
カケルが声をかけた。
「うん」
「里に帰ったとき、何を伝えるつもりだ?」
「世界を救ったこと」
ミーナははっきり言った。
「このお守りが役に立ったこと。お父さんとお母さんのおかげで、みんなを守れたこと」
「全部伝えてくれ」
「伝える!!お父さん、絶対驚く!!お母さんは泣く!!」
「タロンさんにも伝えてほしい。霧島武さんと一緒に始めたものが、孫のリョウと、転生者の俺が引き継いで、ここまで来たと」
「伝える!!」
リョウが静かに言った。
「タロンさんに……祖父のこと、もう一度ちゃんと話したい。PCのデータから書き写した日記を持っていく。読んでもらえれば、祖父がどんな人だったかが伝わると思う」
「喜んでくれる」
ミーナは言った。
「タロン父さん、リョウのおじいさんのことを今でも「義兄さん」って呼ぶから」
「そうか……」
リョウは目を伏せた。
「伝わってるよ」
カケルが言った。
「時間が経っても、ちゃんと伝わってる」
「そうだな」
リョウは小さく笑った。
「そうだな」
エレナが焚き火の炎を見ながら言った。
「今回の旅で一番印象に残ったことを、一つずつ言いませんか」
「なんで急に」カケルが言った。
「記録したいので」
エレナは静かに言った。
「長く生きると、記憶は薄れます。でも言葉にしておくと、残りやすい」
「じゃあ俺から」
カケルは少し考えた。
「ドワーフ峠で初めて鉱脈地図を見たとき、敵の規模の大きさに怖くなった。それでも、やるしかないと思えた。あの瞬間が、一番よく覚えてる」
「なぜ怖くならなかったのですか」リョウが聞いた。
「怖かった。でも、隣にお前たちがいたから」
「単純だな」リョウは苦笑した。
「単純で十分だ」
「俺は」
リョウは少し考えた。
「祖父のPCが起動したときだ。「誰か続きをやれる人間が出てきてくれることを願う」という文章を読んで、返事ができると思った。それが嬉しかった」
「ミーナは?」
カケルが振った。
「ミーナはっ!!」
ミーナは即答した。
「玉座の間でお守りを使ったとき!!お父さんとお母さんが傍にいてくれた気がした!!」
「家族を感じたか」
「うん!!遠くにいるのに近くにいる感じがした!!不思議だけど、本当にそう感じた!!」
エレナは少し考えてから言った。
「私はエルフの森で、カケルと話した夜です」
「何の話をしたとき?」
「「帰りたくないのか」と聞いたときです。カケルが「今は帰れない。やりたいことがある」と答えた」エレナは静かに続けた。「長く生きると、「ここにいる理由」が薄れることがある。でもあの言葉を聞いて、私にも同じ理由があると思えた」
「エレナにとってのここにいる理由って何だ?」
カケルが聞いた。
「あなたたちです」
エレナははっきり言った。
沈黙。
ミーナが「エレナ、すごくいいこと言った!!」と叫んだ。
「叫ばないでください」
エレナが言った。
「叫びたくなっちゃった!!」
焚き火が揺れた。
夜風が草原を渡った。
四人はしばらく、黙って炎を見ていた。
◇
ランデールへの帰還は、街の人々に迎えられた。
テーン商会が解体されるという話は、商人のネットワークを通じてすでに届いていた。
城下町の入り口に、顔見知りの人々が集まっていた。
「帰ってきたか」
露天商のおじさんが言った。
「帰ってきました」
リョウが答えた。
「派手なことをやったな。テーン商会が終わるとは」
「いろいろありましたが、終わりました」
「ヨアケも無事か」
「傷はありますが、動いています」
「あの機械、なんか好きだ。街の名物になってるぞ。最近は見物人まで来るようになった」おじさんが笑った。
「看板には、それくらいがちょうどいい」
カケルは言った。
ミーナが街の入り口で「みなさーーーん!!帰ってきましたーーーー!!!!」と叫んだ。
集まっていた人々から、笑い声と歓声が混じった反応が返ってきた。
「ミーナちゃん相変わらずだな」
おじさんが言った。
「相変わらずです」
カケルが言った。
「それがいいところです」
◇
店に帰って、まず全員でほこりを払った。
扉を開けると、かすかな油の匂いがした。
カケルにとって、それは「帰った」という合図だった。
「掃除をしよう」
リョウが言った。
「やる!!」
ミーナが言った。
四人で掃除を始めた。
カケルは旅で持ち帰ったパーツを分類しながら、次に作るものを考え始めていた。
「カケル、ぼーっとしてる」
ミーナが箒を持ちながら言った。
「考え事をしてた」
「何を?」
「次に作るものを」
「まだ作る!?」
「ジャンク屋だから」
「そっか!!じゃあミーナも手伝う!!」
「今は箒を持ってくれ」
「わかった!!」
エレナが工具を整理しながら静かに言った。
「カケルが考え始めたということは、また何かが始まる予感がします」
「そうか?」
「そういう顔をしているので」
「どんな顔だ?」
「「次の設計図が見えてきた」
という顔です。旅の最初に設計図を見ていた顔と同じです」
「……エレナは俺の顔をよく見てるな」
「長く生きると、顔を読む能力が上がります」
「経験か」
「経験です」
リョウが帳面を取り出した。
「一段落したら、次の仕入れの話をしよう。在庫が減ってきた」
「次の旅のタイミングだな」カケルが言った。
「そうなる」
「どこへ行く?」
「それを話し合う。候補はある」
リョウはわずかに目を細めた。
「中野アンダーギャラリー、という言葉が、また引っかかっている」
「中野アンダーギャラリー!!」ミーナが繰り返した。
「お父さんの蔵で見たやつ!」
「祖父の日記にもあった」
リョウは言った。
「何なのかはまだわからないが……いつか必ず答えが出ると思っている」
「出ます」
エレナが静かに言った。
「そういうモンかな」
カケルが笑う。
「経験から来る直感です」
掃除をしながらエレナが笑う。
◇
掃除が終わった頃には、夕方になっていた。
四人が食卓を囲んだ。
リョウが干し肉を出してきた。エレナが薬草茶を淹れた。ミーナが「多めにちょうだい!!戦ったから疲れた!!」と言い、カケルが「全員疲れてる、同量だ」と言い、ミーナが「ミーナは一番頑張った!!」と主張した。
「お守りを盾に出来たのはミーナとみんなを思う力だな。」
カケルが言った。
「じゃあ多め!!」
「……少しだけ多めにやる」
「やったーーー!!!!」
笑い声が店に広がった。
それを聞きながら、カケルは窓の外を見た。
ランデールの夕暮れが、街を橙色に染めていた。
店の前には、ヨアケが立っていた。夕日を受けて、青紫の機体が橙と交じり合って、不思議な色に輝いていた。
「なんか、いいな」
カケルはつぶやいた。
「何が?」
リョウが聞いた。
「全部が。今ここにいる全員が。この店が。ヨアケが。今日終わったことが。それから……」
カケルは少し間を置いた。
「これが終わりじゃないことが」
「終わりじゃないな」
リョウは頷いた。
「続く」
ミーナが言った。
「続きます」
エレナが言った。
「そうだ」
カケルは言った。
店のベルが鳴った。
夕方の最後の客が来たのだ。
カケルは立ち上がった。
今日も始まる。
いや、今日も続く。
秋葉原最終処分場の、普通ではない日常が。
◇◇
店に帰って三日後。
テーンから手紙が届いた。
「「約束の履行を開始した。北の鉱山から順に解放を進めている。一週間以内に主要な交易路の封鎖を全て解除する。なお……先日のことを考えている。またいつか話ができるなら、話したい」
「だってさ」
リョウが読み上げた。
全員が少し黙った。
「変わろうとしてるね!!」
ミーナが言った。
「かもしれない」
カケルが言った。
「「またいつか話したい」って書いてる。ミーナはもしまた来たら……迎えてもいいと思う」
「それはミーナが決めていいことだ」
カケルは言った。
「カケルは?」
「俺は……テーンが約束を守り続けるなら、同じように考える。行動で見せてくれれば、答えが出る」
「エレナは?」
「同意します」
エレナは静かに言った。
「ただし、私は一つだけ条件があります」
「なに?」
「エルフの森に、二度と手を出さないこと」
「それは絶対の条件だな」リョウが言った。
「絶対の条件として伝えます」
カケルはリョウにうなずいた。
「返事に、その条件を書いておいてくれ」
「わかった」
リョウは帳面を取り出した。
「それから……もう一つ、書く」
「何を?」
「「猫族の里近辺への流通も、優先的に回復してくれ」
と。ミーナの里への行商が戻れば、タロンさんたちも喜ぶ」
「確かに。」
カケルは言った。
「うん!!タロン父さんもサーニャ母さんも、きっと喜ぶ!!」ミーナが言った。
「という事で、そのように書く事にするよ。」
リョウはペンを走らせた。
カケルはその間、窓の外を見た。
ランデールの朝の空に、雲が流れていた。
旅が終わった。戦いが終わった。でも、世界は動き続けている。
テーンが変わろうとしている。各地の流通が戻ろうとしている。ゴルダムが採掘を続けている。ガロが情報を集めている。ガリ商会の老人が荷馬車を引いている。猫族の里でレンが見張りに立っている。
全部が、全部が続いていた。
「カケル!!」
ミーナが来た。
「うん」
「ありがとう!!」
「何が?」
「旅に連れてってくれて。戦ってくれて。諦めないでくれて!!」
ミーナははっきり言った。
「カケルが諦めなかったから、ミーナもお守りを使えた。諦めてたら使う機会がなかった」
「俺は諦めてなかったというより……諦め方がわからなかっただけかもしれない」
「同じだよ!!」
「そうか?」
「諦めなかったのと同じ!!」
ミーナは断言した。
「細かいことはどうでもいい!!カケルが最後まで動いたから、ミーナも最後まで動けた!!」
カケルはその言葉を受け取って、少し笑った。
「ありがとう、ミーナ」
「どういたしまして!!」
「お守り、また使えそうなときはちゃんと使っていいから」
「本当に?!」
「本当に。家族の力は、そういうために込められてると思う」
「うん!!わかった!!」
ミーナのしっぽが元気よく揺れた。
エレナが奥から出てきた。
「今日の作業を始めましょう」
「そうだな」カケルは立ち上がった。「まず在庫整理から」
「基板の修理が三件待っています」
「全部昨日ミーナが壊したやつか?」
「二件がミーナ、一件が……自然劣化です」
「二件か」
「前月比で改善しています」
「ミーナ、変わったな。」
「了解しました」
カケルは作業台に向かった。
手元に、旅で書き溜めたノートがある。
最後のページを開いた。
新しいページはまだ白い。
しかし、新しいページがある。
次が始まる。
それでいい。
秋葉原最終処分場は今日も営業中。
転生者と猫耳と長命のエルフと店主が、ジャンク品を前に、今日も手を動かしている。
了




