「交渉」という名の時間稼ぎ ~転売屋の末裔は、値段交渉中に本命の在庫を動かしていた~
玉座の間の扉の前で、四人は足を止めた。
エレナが解除した封印の残光が、扉の縁にかすかに漂っていた。
奥から、濃密なマナの気配が漏れている。
「……入ります」
カケルは静かに言った。
「ああ」
リョウが頷いた。
カケルは扉を押した。
重い音が鳴り、玉座の間が目の前に現れた。
広大な空間。高い天井。床に刻まれた魔法陣。そして——。
玉座の前に、一人の人物が立っていた。
テーン・バイ・ヤーが、こちらを向いていた。
「来ると思っていた」
テーンは静かに言った。
その声に、怒りも焦りもなかった。ただ、静かな確信があった。
四人が玉座の間に入った。テーンは動かなかった。
カケルは状況を素早く見回した。玉座の奥の壁。魔法陣の発光。テーンの余裕——。
何かがおかしい。
リョウが前に出た。静かな、しかし揺るぎない声で言った。
「あなたには二つの選択肢がある」
「言ってみろ」
「一つ目は、テーン商会が押さえているすべての鉱脈と交易路を解放して、この世界から手を引くこと。二つ目は、俺たちと戦い続けること。ただし、今あなたの手元に戦力はない」
テーンは少し黙った。
「……興味深い」
テーンの口元が、わずかに動いた。笑みとも取れる、微かな変化だった。しかしその目は笑っていなかった。
「お前たちは今日、何を倒したと思っている?」
「魔王兵器を止めた。あなたの戦力を無力化した」
「そうだな」
テーンは静かに言った。
「ならば——お前たちは、ドワーフ峠の装置を止めた時点でも、もう勝ったと思っていた。そして今日も、同じことを繰り返した」
カケルの背筋に、冷たいものが走った。
「……まだ終わりじゃない、ということか」
「俺の名を考えたことはあるか」
テーンは静かに問い返した。
「テーン・バイ・ヤー。転売屋のなんたるかを知るなら、わかるはずだ。転売屋は、希少品を一つだけ持っているわけではない。常に予備を持ち、本命を隠す」
空気が変わった。
「ドワーフ峠の装置は、お前たちの注意を引くための「囮」だった」テーンは続けた。「あそこを攻めさせ、力を使わせ、安心させた。そして今ここに誘き寄せた。この城に。この玉座の間に」
リョウが目を細めた。
「つまり——本命は、ここか」
「そうだ」
テーンは頷いた。
「玉座の間そのものが、最終装置だ。この床に刻まれた魔法陣は、代々の祖先が百年かけて構築したもの。起動すれば、この城全体がマナ増幅炉となる。そしてその力は——」
テーンが指を鳴らした。
玉座の奥の壁が、ゆっくりと開き始めた。
その向こうから、強烈なマナ波が吹き出してきた。
「これは……」
エレナが息をのんだ。
「ドワーフ峠のものより遥かに大きい。玉座の間全体が共鳴を始めています」
壁の向こうから、人型の巨大な影が姿を現した。
赤いマナ石が全身に埋め込まれた、ヨアケを一回り超える機体。その表面を魔力の光が這うように流れており、床の魔法陣から直接マナを供給されていることが一目でわかった。
「これが本当の最終手段だ、転生者」
テーンは言った。
「お前たちはここで終わる」
ミーナがトランシーバーを取り出した。しかしテーンが素早く動き、魔王兵器の腕が振られた。トランシーバーが弾き飛び、床に叩きつけられて砕けた。
「通信はさせない」
カケルは素早く状況を判断した。
エレナの魔力は枯渇寸前。ヨアケは城の外。トランシーバーが砕けた。床の魔法陣からマナを供給されている敵機の出力は——計算不能。
「リョウ」
カケルが小声で言った。
「見えてる」
リョウが答えた。
「退く道はない。ここで終わらせるしかない」
「エレナ?魔力は大丈夫か?」
「少しだけ……残っています」
エレナがリョウに支えられながら言った。
「十分とは言えない。でも——」
カケルは四人の顔を順番に見た。
誰も、下を向いていなかった。
了




