世界を巻き込む最終決戦 ~百二十人が集まった。「誰も死ぬな」とリョウは言った~
装置停止から二週間後、世界が動き始めた。
テーン商会の装置が沈黙したという情報は、予想以上の速さで大陸全土に広まった。
リョウが整備した情報ネットワークが機能した結果だった。ベルナの商人組合、南の農業組合、ドワーフの採掘拠点、そしてエルフの森の長老会議。バラバラに動いていた抵抗勢力が、初めて一本の通信線で繋がった。
「各地から返信が来ている」
リョウが通信装置の前で言った。「
「動く準備がある」という声が、五か所から上がっている」
「五か所が同時に動けば、テーン商会は一箇所に集中できない」
カケルが言った。
「分散させる作戦だ」
「ただし、それを束ねる誰かが必要だ」
「それが俺たちの役割になる」
テーン・バイ・ヤーは、装置の停止を受けて大陸全土に「テーン商会に反した勢力への即時制裁」を宣言した。
それは事実上の「宣戦布告」だった。
商業的な包囲から、軍事的な圧力へ。手口が変わったのは、計画の遅れに対する焦りの証拠でもあった。
「向こうが直接動いてきた」
カケルは言った。
「それはある意味、こちらにとってはわかりやすくなった。経済戦争は見えにくいが、軍事的な動きは見える」
「見えるということは、備えられる」
エレナが言った。
「その通りだ」
◇
ドワーフの拠点を発ったのは、装置停止から二週間後の朝だった。
今度は四人だけではなかった。
ゴルダムが率いるドワーフの戦闘チーム、二十人。
改良された通信装置を持ち、ヨアケを引き連れた一行は、大陸の中央部に向かって進んだ。そこに「連合の集結地点」が設けられることになっていた。
リョウが各地と交渉して決めた場所は、大陸の中央にある「三叉平野」だった。東西南北への移動が容易で、どの拠点からも同じくらいの距離にある。
「ここを拠点に、同時多発的に動く」
リョウが説明した。
「テーン商会の主力を魔王城から引き離しながら、俺たちが城へと向かう。囮と本命の二重構造だ」
「囮になる人たちは安全か」
カケルが聞いた。
「完全には保証できない。でも、行くという意志を持った人たちだ。こちらが「危ないから囮はやめろ」と言えば、聞かない」
「それはわかってる。確認しただけだ」
「了解した」
三叉平野まで、四日の道のりだった。
道中、通信装置に各地からの状況報告が届き続けた。
ベルナの商人組合は港を制圧してテーン商会の物資補給路を遮断した。南の農業組合は三つの関所からテーン商会の検問員を排除した。エルフの長老会議は魔法的な防壁を張り、テーン商会の偵察を遮断した。
それぞれが、それぞれの力で動いていた。
「俺一人では絶対に無理だった」
カケルはその報告を聞きながら言った。
「そうです」
エレナが静かに言った。
「一人でできることには限界がある。でも、繋がることで限界が変わる」
「それがこの旅で一番学んだことかもしれない」
「そうですね」
エレナは少し間を置いてから続けた。
「私も学びました」
「エレナが?」
「一人で長く生きていると、自分だけで抱えようとする習慣がつく。仲間に頼ることを忘れる。この旅で、それを思い出した気がします」
「エレナでも、そうなることがあるのか」
「あります。何百年かごとに」
エレナは静かに言った。
「あなたたちは……そのたびに気づかせてくれる人たちかもしれません」
カケルはその言葉を、静かに受け取った。
◇
三叉平野に着いたのは、四日目の昼だった。
この三週間、リョウは歩きながら通信装置を使い続けていた。ドワーフ峠の装置停止という「勝利の報告」を各地に送り、同時に「魔王城への進軍に同行できる者を三叉平野に集めてほしい」という呼びかけを発信した。応じるかどうかは各自の意志に任せた。強制もしなかった。ただ送り続けた。
すでに先に到着していた人々がいた。
ベルナの商人組合から来た「港の自警団」が三十人。南の農業組合から来た「村落連合の民兵」が四十五人。北から合流したドワーフの別働隊が十五人。そして驚いたことに、東の小国の正規騎士団が二十人、旗を掲げて到着していた。
「騎士団まで来た」
リョウが驚いた顔をした。
「テーン商会への不満は、国の単位にも達していたんだろう」
カケルが言った。
合わせて百二十人を超える連合軍が、三叉平野に集まっていた。
その中心に立ったのは、リョウだった。
リョウが全員に向かって話した内容は、シンプルだった。
「目的は一つです。テーン商会の支配を終わらせる。そのために魔王城に向かう。囮として動いてくれる部隊と、城を目指す本命部隊に分かれます。誰がどちらを選ぶかは、各自の判断に任せます。ただ、どちらを選んでも、同じだけ感謝します」
静寂。
それから、半分が手を挙げた。囮を志願した人たちだ。
「ありがとうございます」
リョウが言った。
カケルはその光景を、少し離れたところから見ていた。
百人以上が、自分の意志でここに来ている。誰かに強制されたわけではない。恐怖から逃げるためでもない。
「ミーナ」カケルが横を見た。
「うん」
「お前は、どっちに行きたい?」
「城!!」
ミーナはすぐに答えた。
「カケルと一緒に行く!!」
「そうか」
「ミーナは、最後までカケルのそばにいる。それだけ」
シンプルな言葉だった。
カケルには、その言葉が何より心強かった。
◇
翌朝、連合軍が二手に分かれて動き始めた。
囮部隊は西の魔王城の手前で陽動を起こす。魔王軍の主力を引き付け、城の守りを薄くする。
本命部隊は四人プラスゴルダムのドワーフ隊十人。最小限の人数で、囮が作った隙に城へと向かう。
「出発します」
リョウが短く言った。
魔王城は、三叉平野から三日の距離にあった。
進む道中、一度だけ魔王軍の斥候と遭遇した。
五人の斥候がヨアケを見て固まった。
「な……なんだ、あの機械は……」
カケルが操縦席の中で確認した。逃げる様子はある。戦闘になる前に片付けたい。
「ミーナ、警告射撃を」
「警告射撃? 何もない!」
「ヨアケの拳で地面を叩く。音と衝撃で驚かせて逃がす」
「なるほど!!やる!!」
ヨアケの右拳が地面に叩きつけられた。地響きと砂煙が上がった。
斥候五人が全力で逃げ出した。
「逃げた!!作戦成功!!」ミーナが嬉しそうに言った。
「完璧だ」
カケルが言った。
「戦わないという選択が、時に最も賢い」
エレナが静かに言った。
「長命の知恵だ」
カケルが言った。
「経験です」
エレナが言った。
リョウが苦笑した。
道はまだ続いていた。
◇
二日目の夜、一行は野営地に炎を囲んで座った。
明日、魔王城に着く。
その前夜の静けさは、不思議と穏やかだった。
「緊張してる?」
ミーナがカケルに聞いた。
「している」
「ミーナも!!でも……なんか楽しい気もする」
「楽しい?」
「大事なことをやってるって感じがするから」
ミーナは真剣な顔で言った。
「怖いけど、やりがいがある。そういう感覚」
「それはわかる」
「カケルもそう感じてる?」
「感じてる」
カケルは正直に答えた。
「怖い。でも、ここにいることが正しいとも思ってる」
「うん!!じゃあ大丈夫!!」
「そのシンプルさが羨ましい」
「シンプルがいいんだよ!!むずかしく考えても損なだけ!!」
エレナが静かに言った。
「ミーナはいつも、正しいことを簡単に言いますね」
「そうかな?」
「そうです。長く生きた私でも、「怖いけど、やりがいがある」というのは非常に的確な言葉だと思います」
「えへへ!!ミーナ、褒められた!!」
リョウが遠くを見ながら言った。
「俺は祖父のことを考えていた」
「霧島武さんのこと?」
カケルが聞いた。
「ああ。祖父がこの世界に来て、ジャンクショップを開いて、タロンさんたちと友達になって。そして設計図を残した。あの人がいなければ、今俺たちはここにいない」
「そうだな」
「だから……明日、うまくいったら、霧島武に報告したいと思っている」
「どうやって?」
「方法はないけど……言葉にしたかっただけだ」
リョウは少し笑った。
「馬鹿みたいだろ」
「馬鹿じゃない」
カケルははっきり言った。
「俺もそう思ってるから」
「そうか」
「あの人の設計図の続きを完成させたのは、俺たちだ。だからこの結果は、あの人の結果でもある」
リョウが静かに頷いた。
「ありがとう、カケル」
焚き火が揺れた。
「寝ましょう」
エレナが言った。
「明日の朝には城が見えます。体を整えておくことが最優先です」
「そうだな」
「うん!!」
「了解だ」
全員が横になった。
カケルは目を閉じる前に、空を見た。
星が多い夜だった。
秋葉原の路上で刺されて死んだ夜から、ずいぶんと遠くまで来た、とカケルは思った。
目を閉じた。
夜明けが、来る。
◇
三日目の朝。
魔王城が、地平線の向こうに現れた。
空は晴れていた。しかし城の上空だけ、黒雲が集まっていた。自然現象ではない。城から放出されるマナが、大気に干渉しているのだ。
「見えた!!」
ミーナが操縦席から声を上げた。
「ミーナが先に見た!!」
「見えてる」
カケルが言った。
「でかい!!」ミーナがしばらく見た後に言った。
「でかいな」
カケルも認めた。
「テーン・バイ・ヤーって……あの城の一番上にいるの?」
「たぶん玉座の間は上の方だろうな」
「すごい遠そう」
「城に入れば距離は縮まる」
「そっか!!じゃあ入れれば大丈夫!!」
「入るのが難しいんだけどな……」
「ミーナがなんとかする!!」
「頼りにしてる」
リョウが通信装置を取り出して、囮部隊の状況を確認した。
「囮部隊が動き始めた」
リョウが言った。
「西の城門から三キロの地点で陽動を開始した。魔王軍の斥候が反応している」
「城の守りが薄くなり始める」
エレナが言った。
「今が動くタイミングだな」
ゴルダムが言った。
「動くか」リョウが言った。
「行きましょう」カケルが反応する。
「行く!!」「参ります」「行くぞ」
みんなの意思が一つになる。
一行は魔王城へと向かって進み始めた。
◇
城の外壁まで近づくと、予想通り守りは手薄になっていた。
囮部隊が西側で大きな動きを見せているため、城の防衛兵力の多くがそちらに向かっていた。
しかし東側の城門には、まだ二十人以上の兵士が残っていた。
「正面突破は難しい」
カケルが魔視鏡で確認しながら言った。
「南の城壁に、崩れかけた部分があります」
エレナが言った。
「マナ波の長期的な影響で、石が劣化しています。そこなら力を加えれば突破できる」
「エレナはいつ気づいた?」
「遠目に城が見えた段階で確認しました」
「さすがだ」
「数百年分の観察眼です」
「そこを使う。ゴルダム、突破の準備は?」
「任せろ」
ゴルダムが採掘道具を改造した武器を構えた。
「岩を崩すのはドワーフの専売特許だ」
「では南の壁まで移動する。エレナが道を確保して、ゴルダムが壁を崩す。俺たちが入ったら、ドワーフ隊は後方を守ってくれ」
「了解だ」
南の城壁まで回り込む間に、一度だけ巡回の兵士と出会った。四人組だったが、ヨアケを見た瞬間に全員が固まった。
「それっ!!」
ミーナが言って、ヨアケの腕が動いた。四人を一掃した。
「ミーナの操縦、本当に上手くなったな」
「練習の成果!!!」
南の城壁に到着した。
確かに、一か所、石の色が他と違う部分があった。劣化して白っぽくなっている。
ゴルダムが工具を当てて、少し確認した。
「三分で開ける」
「頼む」
ドワーフの採掘技術が炸裂した。
音を最小限に、しかし確実に石を砕いていく。二分半で、人が通れる穴が開いた。
「転生者、入れ」
ゴルダムが言った。
「ありがとうございます」
「礼は後でいい。行け」
カケルとミーナがヨアケで城内に入った。エレナとリョウが続いた。
城の中は、薄暗かった。
廊下が続いており、遠くから怒鳴り声や足音が聞こえた。陽動の影響で内部でも混乱が起きているらしい。
「玉座の間はどこだ」
カケルが小声で言った。
「上層部のはずです」
エレナが答えた。
「城の構造から考えると、中央の塔の最上階が最も可能性が高い」
「行こう。急ぎで、でも静かに」
「行く!!」ミーナが小さな声で言った。
城内を進んだ。
廊下の兵士と三度遭遇したが、全員が西側の陽動に対処するため走って行ってしまい、こちらには気づかなかった。
「陽動が機能してる」
リョウが言った。
「囮部隊の人たちのおかげだ」
カケルが言った。
中央の塔の入り口に辿り着いた。
螺旋階段が上に続いている。しかし狭い。ヨアケのサイズでは通れない。
「カケル、ここでヨアケから降りる必要があります」エレナが言った。
「わかってた」
カケルは操縦席から降りた。
「ミーナ、ヨアケを塔の外で待機させておいてくれ。万が一俺たちが逃げるとき必要になるから」
「わかった!!でもミーナも一緒に行く!!」
「来てくれ。ヨアケは外の待機で」
「ゴルダムに頼む」
「了解だ」
ゴルダムが言った。
「ヨアケは俺たちが見ていてやる。転生者、上で何かあれば合図を出せ」
「ありがとうございます」
「礼を……まあいい。行け」
四人が塔の階段を上り始めた。
足音を殺して、一段ずつ。
上に行くほど、空気が重くなった。マナの密度が高い。
「近い」
エレナが小声で言った。
「感じる?」
「強いマナの集積があります。玉座の間で、大量の魔力が溜まっている」
「何のために?」
「わかりません。ただ……テーン・バイ・ヤーが何かを準備している可能性があります」
「急ごう」
最上階の扉が見えた。
重厚な木製の扉で、金属の補強が施されている。鍵がかかっているように見えた。
「開けられるか?」
リョウが確認した。
「やってみます」
エレナが扉に手を当てた。
「魔術的な封印があります。解除できますが……少し時間が」
「どのくらい?」
「三十秒」
「やってくれ」
エレナが封印を解除し始めた。
その間、四人は息を殺して待った。
三十秒が、永遠のように感じられた。
階段の下から足音が聞こえた。巡回の兵士だろう。
「誰か来る!!」
ミーナが耳をそばだてて言った。耳がぴんと立っていた。
「ミーナ、迎え撃つ準備を」
リョウが小声で言った。
「わかった!!」
ミーナが低い姿勢になった。
足音が近づく。カケルは息を止めた。
静寂。
足音が遠ざかった。
「開きました」
エレナの声が、静かに落ちた。
扉が、重い音を立てて開き始めた。
カケルは動けなかった。
扉の向こうに、世界の命運がある。
了




