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秋葉原最終処分場の秘策 ~一ヶ月かけて作った機械が、今日初めて動いた~

挿絵(By みてみん)


一ヶ月が、あっという間に過ぎた。


ドワーフの採掘拠点に滞在したこの一ヶ月間は、カケルの人生でも類を見ない密度の時間だった。


朝は日の出と同時に起き、ゴルダムと骨格の設計を詰める。昼はヨアケの制御システムの実装を進める。夕方はエレナと接合部のテストを行い、夜はリョウと通信ネットワークの整備計画を話し合う。


それを三十日間、毎日続けた。


正直に言えば、疲れた。


しかし疲れた、という感覚と同時に、やり遂げた、という感覚も確かにあった。


「カケル」


ゴルダムの声がした。


カケルは作業台から顔を上げた。


「来い」


ゴルダムが案内したのは、拠点の一番奥にある大型の格納庫だった。


普段は採掘道具や在庫の石材を保管している場所だが、一ヶ月前から別の用途に転用されていた。


格納庫の扉が、大きく開かれた。


中には、それが立っていた。


高さ三メートル八十センチ。


人型の、金属の機械。


骨格は黒鉄と特殊合金を組み合わせたドワーフ製で、表面にはエレナのマナ液体コーティングが施されており、薄い青紫の光沢を放っていた。腕は肩から指先まで三段関節で動き、脚は四段関節で安定した歩行ができる設計になっている。胸部に操縦席があり、内部に乗り込むための扉がついていた。


頭部には、改造したヘッドマウントディスプレイが組み込まれており、操縦者の視野に魔視鏡の情報をオーバーレイできるようになっている。


腕の先端には、五本指の手。


カケルが要求した通り、物を掴み、押し、受け止められる構造だ。


まだ電源は入っていない。しかし静止したままでも、その存在感は圧倒的だった。


「……できた」

カケルは声が掠れた。


「我々の方は、な」

ゴルダムが言った。


「制御システムが動くかどうかは、まだだ」


「今日テストする」


「そうしろ」


ミーナが後ろから飛び込んできた。


「わああああ!!!!でかい!!!!」


ミーナが全力で叫んだ。拠点中に響いた。それを聞いたドワーフの職人たちが何人か覗き込みに来た。


「ミーナ、声がでかい」


「でかい!!でかいのはミーナの声だけじゃなくてこの機械もでかい!!!」


「そうだな」


「乗れる!? 今日乗れる!?」


「制御テストが成功したら」


「成功させる!!手伝う!!」


「ミーナの担当は操縦補助席だって言っただろ」


「知ってる!!でも気合で手伝う!!」


ミーナが少し静かになって、ヨアケの脚部に歩み寄った。そっと、手のひらを当てた。何も起きなかった。


「……本当に壊れない」


ミーナは自分の手を、それからヨアケの表面を、交互に見た。


「第六章でテストしたときと同じだな」

カケルが操縦席の入口から言った。


「うん」

ミーナはもう一度触れた。


「でも本物に触れると、なんか……違う感じがする」


「何が違う?」


「あのときは鉄の棒だったから。今は……ヨアケだから」


カケルはしばらく黙った。


「ミーナ」


「うん?」


「ヨアケを作るとき、最初に決めた条件の一つがそれだった」


「何が?」


「ミーナが乗れること。ミーナが触れても壊れないこと」


ミーナが動きを止めた。


「……最初から?」


「当然だろ」

カケルははっきり言った。


「ミーナが一緒に来る機械だから」


しっぽが、今度は大きく、猛烈に揺れた。


「カケルのばかーーーーー!!!!」


「なんでだ」


「そういうことは先に言えーーーーー!!!!」


ミーナが顔を隠すように、ヨアケの脚部に額を押しつけた。カケルは何も言わなかった。


リョウが後ろで静かに笑っていた。


エレナが格納庫に入り、ヨアケの表面にそっと手を添えた。


「マナコーティングは均一に入っています」

エレナが静かに言った。


「全身に魔力が通る状態です」


「今から電源ユニットを繋ぐ」

カケルが言った。


「エレナ、最初の起動時は俺と一緒にいてくれ。予想外の反応があったとき、魔力でコントロールできるように」


「いつでも」


カケルは胸部の扉を開けた。


内部は、カケルが設計したそのままだった。背部のアクセスハッチから乗り込み、腰を少し屈めた姿勢で操縦席に収まる。外装の印象より内部は広い——それはゴルダムの工夫で、骨格の外殻と内殻の間に機械機構を分散配置し、胴体の内腔を最大限に確保したからだ。操縦席は一人用で、両手でレバーを握り、足でペダルを踏むことで動かす。補助席はその後ろに小さく設けており、センサーのモニターと魔力状態のインジケーターがついていた。


「よし」

カケルは電源ユニットを操縦席の動力接続部に差し込んだ。


「エレナ、準備して」


「はい」


「起動します」


カケルが電源スイッチを入れた。


ゆっくりと、ヨアケが起動した。


青紫の光が、全身を這い上がるように走った。制御基板が動き出す音。マナ石変換アダプターが作動し、電力が機体全体に分配される音。サーボモーターが初期化される、細かな震えの感触。


そして、ヨアケがゆっくりと腕を持ち上げた。


カケルがレバーを動かした通りに、右腕が水平に上がった。


「動いた」


カケルはその事実を確認するために、もう一度言った。


「動いた!!」


格納庫に、ドワーフたちの低い歓声が上がった。


ミーナが「やったーーーーーー!!!!」と叫んで飛び跳ねた。


エレナが右手の指先に魔力を集めて、ヨアケの胸部に送り込んだ。機体のインジケーターが反応し、エレナの魔力が全身に行き渡る波形が表示された。


「魔力の流れ、確認できます」エレナが静かに言った。


「接合部は?」


「問題ありません。設計通りに機能しています」


「完璧だ」


ゴルダムが腕を組んで、ヨアケを見上げていた。無表情だったが、その目に微かな光があった。


「転生者」

ゴルダムが言った。


「はい」


「いいものを作った」


カケルはその言葉の重さを感じた。ドワーフが「いいもの」と言うとき、それは最大級の褒め言葉だ。


「あなたたちの技術があったから作れました」


「お互いさまだ」

ゴルダムは言った。


「我々の骨格だけでは動かなかった。お前の制御がなければ、ただの彫刻だ」


「ありがとうございます」


「礼を言うな」

ゴルダムは少し咳払いをした。


「礼を言われると居心地が悪い。代わりに、これを使ってちゃんと結果を出せ」


「出します」


「よし」

ゴルダムは背を向けた。


「今日は全力でテストしろ。明日からは実戦想定の訓練だ」



同じ日の夕方、カケルは一人で操縦席に座っていた。


格納庫の外、拠点の広場でのことだ。


周囲に人はいない。テストが終わり、ドワーフたちは夕食に戻った。ミーナは「先に食べてる!」と言って走っていった。リョウは通信の確認作業をしている。エレナは素材の確認をしている。


一人になったこの時間に、カケルはただ座っていた。


レバーを握っている手を、ゆっくりと開く。


ヨアケの右手が、ゆっくりと開いた。


夕暮れの空が、手のひらの上に映るような感じがした。


一ヶ月前、この設計図はまだノートの上の線だった。半年前は、そもそも存在しなかった。


それが今、三メートル八十センチの機械として立っている。


「……動いてる」


カケルはその事実が、改めて実感として落ちてきた瞬間に、少し目が潤んだ。


泣くつもりはなかった。


ただ、長かった。本当に長かった。


秋葉原で刺されて死んで、異世界に転生して、ジャンクショップで一からやり直して。リョウと出会い、ミーナと出会い、エレナと出会い。ドワーフ峠で脅威の規模を知り、猫族の里を守り、エルフの森で設計図を完成させ、ドワーフの拠点で一ヶ月かけて形にした。


その全部が、今この座席に繋がっている。


「……霧島武さん、見てますか」


カケルはつぶやいた。


返事はなかった。


でも、聞こえているような気がした。


「ヨアケ、動かします」


カケルはレバーを握り直した。



翌日から訓練が始まった。


想定以上に難しかった。


机上の設計と、実際の操縦の間には、大きな壁があった。腕を動かすときに体のバランスが崩れる。歩く際に左右の出力を合わせないとふらつく。物を掴む動作は指の連動が必要で、最初は全部の指がバラバラに動いた。


「難しい……」

カケルが操縦席の中でつぶやいた。


「転生者にしては飲み込みが早い方だ」

ゴルダムが外から言った。


「もっとも、我々は操縦の経験がないから比べようがないが」


「励ましてるのかそうじゃないのかわからない言い方ですね」


「励ましてはいない。事実を言っている」


「ドワーフって本当に正直ですよね」


「それは褒め言葉として受け取る」


三日目から、ミーナが補助席に乗り始めた。


ミーナの役割は、センサーのモニタリングと、機体の魔力状態の確認だ。魔視鏡からのデータをヘッドマウントディスプレイに表示し、カケルに周囲の状況を音声で伝える。


「右前方三十メートルに魔力反応!」ミーナが言った。


「どのくらいの強さ?」


「インジケーターが赤!」


「それは強い。エレナ、確認してくれ」


外からエレナが魔力を飛ばして確認した結果、魔力反応は大型の石だった。


「マナ石の露出です。人ではありません」


「ミーナ、インジケーターの読み方をもう少し詳しく教える。赤でも種類がある」


「わかった! 教えて!」


試行錯誤を重ねながら、三日目の終わりには「歩く」「腕を振る」「物を掴む」の三動作が安定してできるようになった。


「進歩が速い」

ゴルダムが珍しく感心したように言った。


「早く動かせるようになりたい理由があります」カケルが答えた。


「テーン商会の装置か」


「完成まであと一ヶ月から二ヶ月という情報が来ています」


「では時間に余裕はない」


「ないです」


ゴルダムは腕を組んだ。


「では訓練の密度を上げる。今日からは実戦想定の障害物コースを作る。越えられるまでやれ」


「了解です」


「補足として」

ゴルダムは少し間を置いた。


「我々も戦いに参加する」


カケルが驚いて見た。


「ドワーフが?」


「採掘道具は武器にもなる。それに……我々の鉱脈がテーン商会に奪われる前に、俺たちも動く必要がある。机の前で待っているつもりはない」


「ゴルダムさん……」


「礼は言うな」

ゴルダムが釘を刺した。


「ただ、俺たちをうまく使え。ドワーフは戦略的に動くのは不得手だが、局所的な力はある。それを活かせ」


「わかりました」

カケルは頷いた。


「ありがとうございます。礼は言わないと言われましたけど、それでも言わせてください」


「……仕方ないな」ゴルダムは短く言って、また背を向けた。



五日目の夜。


リョウが各地からの通信を受け取った。


「東のベルナ商人組合から返信が来た」

リョウが言った。


「テーン商会への対抗に協力するという。船を使った迂回流通ルートをすでに試験的に動かしている。マナ石の流通量の一割を、テーン商会を経由せずに回せているらしい」


「一割か」

カケルが言った。


「少ないが、あるとないとでは全然違う」


「南の農業組合からも返信が来た。在来農法の復活に目処が立ってきた。マナ石に依存しない食料保存の技術を複数の村で試験中で、来月中に三か村で本格導入できる予定だという」


「食料の問題が少し緩和できる」


「それと……北からも」

リョウの声が少し変わった。


「北?」


「ドワーフ峠近辺にいる行商人から、匿名で情報が届いた。テーン商会の装置について、新しい情報がある」


「どんな内容だ」


リョウが羊皮紙を広げた。


「「装置の完成が予定より早まっている可能性がある。内部の工事が加速されており、稼働テストの頻度も増えている。完成は一ヶ月以内かもしれない」……以上だ」


沈黙。


「一ヶ月以内」

カケルはその言葉を咀嚼した。


「それは……今から数えて」


「そうなる」


「ヨアケの訓練が終わっていない」


「わかっている」


「でも訓練が終わってから動くという余裕はない」


「わかっている」


カケルはしばらく黙った。


「どのくらい動けるかでいくしかない」

カケルが言った。


「完璧な準備を待っていたら、間に合わない。今の状態でどう動くかを考える」


「そのための作戦を、今夜から立てよう」リョウが言った。


「エレナとゴルダムも呼んでくれ。ミーナも入ってもらう」


「ミーナに?」


「あいつの直感は馬鹿にできない」

カケルははっきり言った。


「それに、作戦の当事者だ」


全員が集まった。


格納庫の前、焚き火を囲んでの作戦会議だった。


リョウが地図を広げ、テーン商会の装置がある場所の見当をつけた。


「ドワーフ峠の奥、採掘区域から更に二キロ北の山中というのが最新情報だ。かなり奥に作っている」


「防衛はどの程度見ている?」

カケルが聞いた。


「詳細は不明だが……装置を守るために相当な戦力を置いているはずだ。ただし、表向きは「テーン商会の管轄区域」だから、全面的な軍事展開はしていないかもしれない」


「表と裏の使い分けを逆用できるかもしれない」

エレナが静かに言った。


「表向きの「商業管理区域」の法的な問題を突けば、正面から軍隊を配置しにくいはずです。代わりに魔獣や傭兵を使っている可能性が高い」


「なるほど」

カケルが言った。


「魔王軍の正規兵ではなく、民間の傭兵と魔獣が主な守備力だとすれば、連携が甘い部分がある」


「攻め込む際に、どう動く?」

ゴルダムが聞いた。


「ヨアケで正面を突く」

カケルは言った。


「ヨアケの役割は突破口を作ること。エレナが魔力を供給しながら後方支援。ミーナがセンサーで周囲を確認しながら誘導。リョウが全体を指揮する」


「ドワーフは?」ゴルダムが聞いた。


「装置への経路を確保してほしい。ドワーフの坑道技術で、裏から近づける通路を掘れるか?」


ゴルダムが少し考えた。


「岩盤の硬さ次第だが、二日あれば掘れる。ただし静かに掘る必要がある。音で気づかれたら意味がない」


「静かに掘る技術は?」


「それはドワーフの専売特許だ」

ゴルダムが言った。


「採掘の基本は音を立てないことだ。安心しろ」


「では頼みます」


「作戦の最終目標は?」

リョウが確認した。


「装置の停止だ」

カケルははっきり言った。


「破壊でなく停止を優先する。完成直前の装置がどんなものかまだわからないが、制御系を止めれば無力化できる可能性が高い。俺が直接装置に触れられれば、制御を乗っ取るか無効化する」


「危険ではないか」

エレナが言った。


「危険だと思う」

カケルは正直に言った。


「でも、外から壊すだけでは再建される。内側から止めれば、再建に時間がかかる。それだけ俺たちが動ける時間が増える」


「カケルが装置に近づくためには、誰かが守らなければならない」


「それをヨアケと、みんなに頼む」


沈黙。


ミーナがしっぽをまっすぐ立てて言った。


「やる。ミーナが絶対に守る」


「頼りにしてる」


「エレナも守る」

エレナが静かに言った。


「リョウは指揮を頼む」


「了解した」

リョウが頷いた。


「ゴルダム、通路を掘ってもらえますか」


「明日から始める」


「ありがとうございます」


ゴルダムが一瞬だけ不満そうな顔をして、それから何も言わなかった。礼を言うなと言ったのに、とは思っただろう。しかし何も言わないのは、ゴルダムなりの「受け取った」という表現だとカケルは理解していた。


作戦会議が終わった。


焚き火が揺れた。


上には星。


「ミーナ」

カケルが言った。


「うん」


「訓練、もう一日付き合ってくれ」


「もちろん!!」


「感謝する」


「感謝はいらない! ミーナがやりたくてやること!!」


カケルは頷いた。


「エレナ、魔力の準備は」


「一週間で最大まで蓄えます。心配なく」


「リョウ、情報収集を継続してほしい。動いている間の情報が大事だ」


「わかった」


四人とゴルダムが静かに頷いた。


ヨアケの訓練から始まった一ヶ月が、今、実戦へと向かおうとしていた。



翌日から訓練の密度が上がった。


ゴルダムが設定した障害物コースは、想像より遥かに過酷だった。


大型の岩を積み上げた壁を越える。細い石畳の上を歩く。吊るされた的に腕を当てる。三種類の重量物を順番に持ち上げる。そして最後に、模擬的な「敵」に見立てた木製の人形を相手に、ヨアケを動かして対処する。


最初の日、カケルはコースを完走できなかった。


「岩壁で詰まった」

カケルが外に出て言った。


「腕の出力が足りていない」

ゴルダムが言った。


「マナ石の供給量を増やせ」


「増やすと消耗が速い」


「ならばエレナの供給タイミングを変えろ。常時供給ではなく、負荷がかかるときだけ集中して供給する」


「それは……いける気がする」

カケルはすぐにエレナを呼んだ。


「エレナ、瞬間的に集中供給する方法は?」


「私が操縦席の外にいる場合は難しいですが……補助席に入れますか」


「入ってもいい? 補助席は一つしかないんだが」


「ミーナに代わってもらいましょう」

エレナが言った。


「ミーナには、外からセンサーの確認をしてもらえれば」


「ミーナ、聞いてたか?」

カケルが呼んだ。


「聞いてた!!外からでも全然いい!!むしろ外の方が走り回れて楽しい!!」


「……それは助かる」


補助席にエレナが入り、二回目の試みが始まった。


岩壁の前で、カケルがレバーを引いた。


「今です」

エレナが言った。


補助席から、エレナが魔力を集中供給した。ヨアケの両腕の出力が一時的に倍近くまで上昇し、岩壁を掴んで乗り越えた。


「越えた!」


「次の障害物に集中してください」

エレナが冷静に言った。


「はい!」


コースを最初から最後まで走りきったのは、その日の夕方だった。


格納庫に戻ったとき、ドワーフたちが低い拍手を送ってくれた。


ミーナが「やったあああ!!!!」と叫んで、帰ってきたヨアケの足元に駆け寄った。


「ミーナ、踏まないように」

カケルが中から言った。


「踏まないよ!!でも近くで見たい!!」


ヨアケの足元でミーナが見上げている図は、客観的に見るとかなりシュールだったが、カケルはもはやそれに慣れていた。


操縦席から降りると、リョウが水を差し出してくれた。


「一日でコースを完走したのは、ドワーフの親方が「転生者にしては早い」と言っていた」


「ドワーフの褒め言葉は計り知れないな……」


「それは最大級の褒め言葉だと思う」


「そうなのか」


ゴルダムが近づいてきた。


「明日から戦闘想定の訓練に入る。敵の動きを模した複数の「的」に対処する練習だ」


「魔獣の動きを模したもの?」


「そうだ。我々が魔獣の動きを研究して作った。それから……」

ゴルダムは少し間を置いた。「


転生者、一つ聞いていいか」


「はい」


「戦いたくないのか」


カケルは少し驚いた。


「え?」


「お前は、技術者だ。戦士ではない。それでも戦いに出るつもりか」


「出ます」

カケルははっきり言った。


「なぜだ」


「制御システムを止めるには、俺が直接触れるのが一番確実だから。それと……」

カケルは少し考えてから続けた。


「俺が転生した理由は今でもわからない。でも、この世界でやるべきことがあるとすれば、これだと思う。設計図を作るだけじゃなくて、使う側にも立たないといけない」


ゴルダムはしばらくカケルを見た。


「そうか」

ゴルダムは短く言った。


「では訓練しろ。戦えない技術者を、俺は使いたくない」


「使えるようにします」


「よし」


ゴルダムが背を向けた後、ミーナがカケルの横に来た。


「カケルって、かっこいいこと言うね」


「そうか?」


「うん。「やるべきことがある」って言える人、ミーナは好きだ」


「……ありがとう」


「ミーナも、やるべきことがある」


「何だ?」


「みんなを守ること!!」

ミーナが宣言した。


「カケルが制御を止める間、誰にも邪魔させない!!」


「頼りにしてる」


「任せて!!」


ミーナのしっぽが高く上がった。


その隣で、エレナが静かに言った。


「私も、やるべきことが明確になりました」


「エレナは?」


「カケルが装置に触れるまでの間、魔力を切らさないこと」

エレナははっきり言った。


「それが私の戦い方です」


「……本当に頼りにしてる」


「わかっています。だから言いました」


リョウが遠くから「飯できたぞ」と声を上げた。


「行こう」

カケルが言った。


「行く!!」ミーナが走り出した。


「はい」

エレナが静かに歩き始めた。


ヨアケが格納庫の中で、静かに立っていた。


明日からまた訓練。そしてその先に、本番がある。


作られた理由を果たすために、夜明けはそこに立ち続けた。



七日目の夜。


ゴルダムの職人チームが、秘密通路の掘削を開始した。


場所は拠点の北側、山の中に続く斜面の下だ。ドワーフ峠方向に向かって、音を立てないように、少しずつ掘り進める。


カケルは見学に行った。


職人たちが使っているのは、通常の掘削用のピッケルではなく、先端が特殊な合金でできた細い工具だった。岩に当てると、震動で少しずつ砕いていく。音はほとんど出ない。


「すごい技術だ」

カケルは思わず言った。


「魔鉱山での採掘に必要だった技術だ」

近くにいた若い職人が教えてくれた。「魔獣のいる坑道では音を立てると死ぬ。だから静かに掘る技術を磨いた」


「それが今、こういう形で役に立つ」


「いつか役に立つと信じて磨いてきたわけじゃないけどな」

若い職人は笑った。


「ただ生き延びるためにやってきたら、気づいたら強みになってた」


カケルはその言葉を、自分の経験に重ねた。


ジャンク品の知識も、電子機器の技術も、カケルにとっては最初から「役に立てよう」と積み上げたものではなかった。ただ好きだったから、触り続けた。それが今、異世界でこういう形で使われている。


「それは……俺も同じかもしれない」


「転生者も一緒か」

若い職人は言った。


「まあ、何でも無駄にはならないってことだろう」


「そうだな」


掘削は深夜まで続いた。


カケルは途中で宿舎に戻りながら、ノートを取り出した。


最後のページに書いてある言葉を読んだ。


「誰か続きをやれる人間が出てきてくれることを願う」


霧島武の字。


「やってます」


カケルはそう言ってノートを閉じた。


明日も訓練がある。


一週間後、本番が来る。


夜明けが近い。


第七章前半、完。



ヨアケの初歩行は、正直なところ、かっこいいものではなかった。


一歩目、二歩目はなんとか踏めた。しかし三歩目でバランスを崩し、壁に手をついて持ちこたえた。四歩目でなんとかリズムを掴み、五歩目で転倒しかけて、ミーナが「ブースト!」と判断より先に叫んだ。


「まだブーストの指示は出してない!」


「だってこけそうだったから!!」


「確かにこけそうだったけど……」


レバーを調整して体制を立て直す。


六歩目、七歩目。少しずつ感覚が掴めてきた。


人間の足とは違う、金属の脚の重さと慣性。体重がどこにかかっているかを常に意識しながら、次の一歩を決める。現代日本でバイクに乗ったことがないカケルには新鮮な感覚だったが、ゲームのロボット操作に似た感触がある気がした。


「右に曲がる」


右のペダルを少し強く踏み込む。ヨアケが右に旋回した。


「できた」

ミーナが言った。


「まだ荒削りだ。緊急退避ルートの幅は?」


「二メートル半」

ゴルダムが答えた。


「ヨアケの肩幅が……」

カケルは計算した。


「一メートル八十センチ。余裕は三十五センチずつ。ギリギリ通れる」


「ゆっくり行けば通れます」

エレナが外から言った。


「今は急ぐより正確に。どこかに当てると、壊れるのはヨアケの方です」


「わかった。ゆっくり行く」


退避ルートは拠点の東側、山の岩盤を掘り抜いた通路だった。松明が等間隔に灯っており、視界は確保されている。ヨアケの高さは三メートル八十センチで、天井の高さは四メートル。余裕は二十センチ。


「頭が当たる」

ミーナが言った。


「わかってる。少し前傾みにする」


カケルが操縦を微調整して、ヨアケを少し前傾みの姿勢にした。頭頂部が天井スレスレを通過する。


「怖い!!」ミーナが言った。


「大丈夫。落ち着いて」


「カケルが落ち着いてるから落ち着いてる!!」


「それでいい」


通路を抜けるのに十分かかった。


出口は山の裏側の渓谷沿いで、木が密生しておりドワーフ拠点の場所を知らなければ辿り着けない場所だった。


「着いた」

カケルが言った。


「着いた!!」

ミーナが叫んだ。


「叫ばなくていい」


「叫びたい!!」


「まあ、着いたから……いいか」


ヨアケを岩陰に収め、カケルは内部から出た。外の空気が冷たかった。


エレナが近づいてきた。


「お疲れ様でした」


「まだ慣れない。難しい」

カケルは正直に言った。


「でも、動かせた」


「初日としては十分です」


「一週間で戦闘に使えるようになるかな」


「なるようにします」

エレナは言った。


「私が魔力の流し方を最適化する。カケルの操縦に合わせて、必要なタイミングで必要な量を流せるよう調整します」


「エレナが俺に合わせてくれるのか」


「そうです。操縦者の感覚に魔力供給が合っていなければ、動きが乱れる。あなたがどう操縦するかを覚えます」


「それは……相当、大変じゃないか」


「そうでもありません」

エレナは静かに言った。


「あなたの動き方は、見ていればわかります」


「俺の動き方が読めるって?」


「あなたは慎重に考えてから動く。判断する前に少し止まる癖がある。その「止まる」タイミングの直後に魔力を増量すれば、動き出したときにロスがない」


カケルはしばらく黙っていた。


「……そこまで観察してたのか」


「長く生きると、人をよく見るようになります」


「俺のことを、よく見てたわけだ」


「あなただけではありません」

エレナは静かに言った。


「ただ……あなたは観察しがいのある人です」


カケルはその言葉の意味を、うまく整理できなかった。


ただ顔が少し温かくなった気がした。


「ありがとう、エレナ」


「どういたしまして」


ミーナが渓谷の岩に座り、ヨアケを見上げていた。


「ヨアケって」

ミーナがつぶやいた。


「うん」


「夜明けって意味だよね」


「そう」


「じゃあ今は夜なんだ」


「そういうことになるな」


「でも」

ミーナはヨアケを見ながら言った。


「夜明けを連れてきた機械がいるんだから、夜は終わる気がする」


カケルはミーナの横顔を見た。


普段は破壊衝動と食欲と好奇心しかないと思っていたが、こういうことを言う。


「ミーナ、詩人みたいなこと言うな」


「え!!詩人って何!!」


「カッコいい言葉を言う人のこと」


「ミーナがカッコいい!!」


「まあ……今回に限っては」


「今回に限ってって言い方が気になる!!」


二人の会話に、エレナが「時々、そういう言葉が出てくるんです、ミーナは」と静かに言った。


「知ってる? ミーナってたまにすごいこと言う」

カケルがリョウに言った。


「知ってる」

リョウが答えた。


「里長に「ミーナは外で咲く花だ」と言われたとき、あの子は「じゃあ今は花が咲く途中」と返した。里長が少し驚いていた」


「そんなこと言ったのか、ミーナ」


「ミーナがそんなこと言ったの!?!?」ミーナ本人が驚いた声を出した。


「言ってた」


「覚えてない!!」


「まあ、本音が出たんだろう」


笑い声が、渓谷に広がった。


ヨアケがその横で、静かに立っていた。


夜の闇の中でも、マナ液体のコーティングが微かに光を放って、その輪郭をはっきりと示していた。


まるで、夜明けを待っているかのように。



翌朝、ゴルダムから報告があった。


「昨夜の人影は引き上げた。おそらく偵察だ」


「今後また来る可能性がある」リョウが言った。


「だろうな。向こうは拠点の存在を把握したかもしれない。ただし、ヨアケの存在はまだ知られていないはずだ。昨日の移動は夜だったし、退避ルートは外から見えない」


「もう少しここで訓練を続けたい」

カケルが言った。


「一週間、時間をもらえますか」


「やることが増えると文句を言わないなら」ゴルダムは言った。「通信ネットワークの改良作業も並行して進める。お前たちにもできることを担当してもらう」


「もちろんです」


一週間の訓練が始まった。


カケルはヨアケの操縦を毎日練習した。


最初の三日間は基本動作。歩く、止まる、方向転換、腕を伸ばす、物を掴む。一つ一つを丁寧に体に覚えさせる。


四日目から模擬戦闘を始めた。ゴルダムが「的」を用意し、カケルが腕で叩く、押す、避けるという動作を練習する。


エレナの魔力供給はすぐに息が合った。カケルが判断する前の「止まる」タイミングを察知し、動き出す瞬間に出力を上げる。その連携が日を追うごとに精密になっていった。


「今日は昨日より三割速い」

リョウがストップウォッチ代わりに使っている砂時計を見て言った。


「まだ遅い」

カケルが言った。


「実戦では相手も動く。こちらが遅ければ先手を取れない」


「でも今日一日で三割速くなった。それを七日続ければ……」


「計算通りにいかないのが現実だ。でも目指す」


ミーナの補助操作も上達した。


最初は「ブーストを使うタイミングがわからない」と言っていたが、四日目には「カケルが右に曲がろうとするとき、左脚のブーストを先に入れた方がスムーズ」という提案をしてきた。


「どうしてわかった?」

カケルが驚いて聞いた。


「ヨアケの動きをずっと外から見てて。右に曲がるとき、いつも一瞬左脚に力が入るから、そこを先に上げてあげればいいかなって」


「……それは正しい」カケルは素直に言った。「設計図を見て言ってるわけじゃないのか」


「設計図は読めない!!」


「感覚で気づいたわけか」


「うん」


「ミーナすごいな」


「え!?!?褒めた!?」


「褒めた。本当にすごい」


ミーナが耳をぴんと立て、しっぽを猛烈に振った。


「もう一回言って!!」


「本当にすごい。これは本当に。感覚的な操縦補助は、俺には作れない部分だ。ミーナがいてよかった」


「本当に!?!?」


「本当だ」


ミーナが飛び上がった。エレナが「騒がしい」と言いながらも、その目が柔らかかった。



七日目の夕方。


カケルは訓練を終えて、ヨアケの前に立っていた。


一週間前とは、別物のように動かせるようになっていた。


歩行は安定し、方向転換はスムーズになり、腕の動作は実戦で使えるレベルになってきた。エレナとの連携も、言葉なしに機能するようになってきた。


「準備は整ったと思うか」リョウが聞いた。


「完璧ではない」

カケルは答えた。


「でも、動けるレベルにはなった。問題は、実際の戦闘では想定外のことが起きるということだ。それは訓練では補えない部分もある」


「それは同意する。ただし」

リョウは続けた。


「動けるなら、タイミングを逃さない方がいい。テーン商会の装置が完成する前に動く必要がある。あと一ヶ月ちょっとだ」


「わかってる」


「お前はどう動くつもりだ」


カケルは少し考えた。


「今持っている情報を全部使う。鉱脈地図、通信ネットワーク、各地の協力者。それと……ヨアケ」


「魔王の城に乗り込むのか」


「最終的にはそうなる。ただし正面突破ではない。テーン商会が動かしている「装置」が何かを先に確認する。装置を止める方が、魔王を倒すより効率的かもしれない」


「装置の場所は?」


「ドワーフ峠の方角から感じた異常なマナ波。あの鉱山の中にある可能性が高い」


「ドワーフ峠か……」

リョウは地図を開いた。


「ここから?」


「四日かかる。ただし、ヨアケを連れていけばもっと早く進める道もある。山道も乗り越えられるから」


「ゴルダムに相談しよう。移動ルートで協力してもらえる部分があるかもしれない」


「そうだな」


その夜、ゴルダムに旅立ちの話をすると、老ドワーフは少し黙ってから言った。


「ヨアケに、一つ追加してもいいか」


「何を?」


「表面装甲だ。今の骨格だけでは、強い魔法の直撃に耐えられない。我々が作った特殊鋼板を貼り付けてやる。一晩で終わる」


「ありがとうございます」


「礼はいい」ゴルダムは言った。「ただし一つだけ頼みがある」


「何でしょう」


「終わったら、ここに戻ってこい。この拠点を、ただの採掘場所にするだけじゃもったいない。転生者とドワーフが一緒に何かを作れる場所を、ここに残したい」


カケルはその言葉を受け取った。


「必ず戻ります」


「それでいい」


翌朝、ヨアケに表面装甲が追加された。


銀色に輝く鋼板が、骨格の表面を覆った。


ヨアケの見た目が、完成した「機械の巨人」のそれになった。


その朝、拠点の全員が見送りに出てきた。


カケルはゴルダムと握手をした。


「行ってきます」


「行け」

ゴルダムは言った。


「夜明けを連れてこい」


ヨアケが動き出した。


拠点の岩の通路を抜け、北の山道へと歩み始める。


後ろを振り返ると、ドワーフたちが手を上げていた。


前を見ると、北の空が白み始めていた。




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