ドワーフの鎚と世界の技術者たち ~礼を言うなと言うドワーフの親方が、一番頼りになる~
ドワーフの採掘拠点は、予想より遥かに大規模だった。
山の中腹を切り拓いた台地に、石造りの建物が十棟以上並んでいた。煙突からは何本もの煙が上がり、鎚を打つ音が絶え間なく響いている。採掘用の坑道が三本、山腹に向かって掘られており、その入り口には頑丈な木の骨組みと滑車が設置されていた。
人の背丈を超えるような設備ではないが、精密さと堅牢さにおいて、これ以上のものはないという密度だった。
「すごい……」
ミーナが目を丸くした。
「こんなとこに、こんなのがあったの?」
「テーン商会に知られていないのが不思議なくらいだ」カケルが言った。
「ドワーフは山の中に作るのが上手い」
エレナが言った。
「遠目には岩の隙間にしか見えない場所に、精巧な設備を作る。人間やエルフには気づけないことが多い」
「では魔王軍も気づいていないかもしれない」リョウが言った。
「今のところは。ただし探索が続けば、いつか見つかる」
入り口に立っていたドワーフの見張りが、四人に気づいて声を上げた。
「止まれ! 何者だ!」
体格は人間の子供ほどの背丈だったが、肩幅は大人の二倍近くあった。腕は太く、手のひらはカケルの顔より大きい。顔に刻まれた皺が、長い年月の積み重ねを示していた。
「秋葉原最終処分場という店から来ました」
リョウが答えた。
「ドワーフの職人の方々と話したいことがあって」
「秋葉原? なんだそりゃ」
「人間の言葉の地名です」
「聞いたことがない」
「そちらには話が届いていますか。テーン商会が大陸の鉱脈を囲い込もうとしているという」
見張りの目が鋭くなった。
「届いている。それがどうした」
「テーン商会に対抗する方法を一緒に考えたいと思っています。ただし、その前に情報交換をしたい。こちらが持っているものと、そちらが持っているものを」
「何を持っている?」
「テーン商会が作成した、大陸全土のマナ石鉱脈地図です。そちらが知らない採掘可能な場所も含まれているかもしれない」
沈黙。
「……待ってろ」
見張りが言った。
「親方を呼んでくる」
◇
拠点の責任者・親方のゴルダムは、見た目通りの頑固者だった。
年齢は七十か八十か、白い髭が顎から胸元まで垂れており、その目はカケルを見た瞬間から一切表情を崩さなかった。
「転生者か」
ゴルダムは言った。
「はい」
「現代技術とやらを持ち込んだ人間か」
「多少は」
「多少、というのは謙遜か、本当に多少か」
「状況によります」
カケルは正直に言った。
「俺一人では到底できないことが多い。ただ、考え方という意味での技術は持ってきた」
「考え方か」ゴルダムはしばらくカケルを見た。「どんな考え方だ」
「機械は人間の能力を拡張するためにある、という考え方です。ドワーフの技術と、その考え方が合わされば、単独では作れないものが作れるかもしれないと思っています」
「ドワーフを道具として使う気か」
「違います」
カケルははっきり言った。
「対等な協力関係です。俺たちに足りないものをドワーフが補い、ドワーフに足りないものを俺たちが補う。成果は全員のものになる」
ゴルダムが長い沈黙の後、言った。
「鉱脈地図を見せろ」
カケルがリョウからガロの地図を受け取り、ゴルダムに渡した。
ゴルダムはそれをゆっくりと広げ、細かく見ていった。表情は変わらなかったが、途中で一度だけ眉が動いた。
「ここの場所は知らなかった」
ゴルダムが一点を指さした。
「東の山系の奥だ。ここに鉱脈があるとは……」
「お役に立てそうですか」
「お役に立てる、では済まないかもしれない」
ゴルダムはカケルを見た。
「この場所が本当に鉱脈なら、テーン商会が最も押さえたい場所の一つになるはずだ。ここを先に確保できれば、大きな意味を持つ」
「今なら間に合いますか」
「行動が速ければ」
ゴルダムは少し考えてから続けた。
「わかった。情報の対価として、お前たちに協力する。何が必要だ」
カケルは準備していた返答を口にした。
「大型の金属構造体の製作です。人型の、大きな機械の骨格部分を作ってほしい」
ゴルダムの目が細くなった。
「人型の機械とは……どのくらいの大きさだ」
「高さは……三メートルから四メートルを想定しています」
沈黙が、一瞬止まった。
「三から四メートル」
ゴルダムが繰り返した。
「はい」
「動くのか、それは」
「動かす予定です。マナ石を動力源として、電子制御で動かす」
また沈黙。今度は少し長かった。
「見せろ」
ゴルダムがついに言った。
「設計図を。話はそれからだ」
カケルはノートを開いた。
設計図の完成版が、丁寧に書き込まれていた。エルフの記録から得たゴーレムの技術が融合され、現代の電子制御の回路図と並んでいる。素人が見ればわけのわからない図面だが、ゴルダムは黙ってそれを二十分間、じっくりと読んだ。
誰も声をかけなかった。
ゴルダムがノートを閉じた。
「骨格は作れる」
ゴルダムはぽつりと言った。
「本当ですか!」
「ただし条件がある」
「何でしょう」
「作り方に口を出すな。骨格の設計はドワーフに任せろ。お前の機械としての要件を教えてくれれば、最適な骨格を我々が考える。転生者が設計した骨格を転生者が作るより、ドワーフが設計した骨格の方が確実に良いものになる」
「それは……むしろありがたいです」
カケルは正直に言った。
「俺は金属加工については素人同然だ。その部分をドワーフに任せられるなら、俺は制御システムに集中できる」
「わかった。もう一つ」
「はい」
「材料費は出せるか」
「今持っているマナ石と、旅で集めた素材を全部提供します。足りなければ東の鉱脈地図と引き換えに。それで足りますか」
ゴルダムは少し計算するような表情をして、頷いた。
「足りる。では話は決まった」
ゴルダムは立ち上がった。
「今日から作業を始める。急ぐ理由があるなら、急いだ方がいい」
「どのくらいで完成しますか」
「骨格だけなら……一ヶ月。制御部分はお前次第だが」
「一ヶ月で骨格が」
カケルは思わず声に出した。
「それは……信じられない速さだ」
「ドワーフを舐めるな」
ゴルダムが言った。
「我々は百年かけて技術を磨いてきた。一ヶ月でできないものなど、ほとんどない」
「失礼しました」
カケルは頭を下げた。
「では、お願いします」
「よし」
ゴルダムは部下に指示を飛ばし始めた。
「ガーナ! 素材の在庫を出せ! テトラ! 設計室を準備しろ! 全員、今日から特急仕事だ!」
拠点が動き始めた。
ミーナが目を丸くして「動いた!!すごい!!」と言い、エレナが静かに「交渉が成功しましたね」と言い、リョウが「カケルの準備が良かった」と言った。
カケルは少し照れながら、しかし既に頭は次のことを考えていた。
骨格の製作はドワーフに任せた。
制御システムと、魔力との接合部は、自分がやらなければならない。
残りのパーツを確認しなければいけない。エレナの魔力供給のタイミングも詰めなければいけない。ミーナの操縦補助席の設計も必要だ。
やることは山積みだが、前に進んでいる。
確かに、前に進んでいる。
◇
拠点での滞在は、計画外に充実したものになった。
ドワーフの職人たちは、骨格の設計に入る前に、カケルに何度も質問した。
「関節の可動域はどのくらい必要か」
「腕は何本か」
「総重量の上限は」
「水の中でも動くのか」
「敵の剣は通すのか、通さないのか」
「どこかに人が乗るのか、乗るとしたら何人か」
カケルは一つずつ答えた。答えが出ない部分は「要相談」とした。そのたびにドワーフが小さな議論を始めて、数分後に最適解を持ってきた。
このやりとりを繰り返すうちに、カケルは気づいた。
ドワーフは「作れるか作れないか」を決める前に、「何のために作るのか」を徹底的に理解しようとしている。
それは非常に誠実な姿勢だった。
「ゴルダムさん」
カケルは親方に言った。
「ドワーフの職人さんたちは、何でそんなに細かく聞いてくれるんですか。もっと大雑把に作り始める人たちかと思ってた」
ゴルダムが珍しく、少し柔らかい顔をした。
「大雑把に作ったものは、大雑把な結果になる。我々の先祖がそれで失敗したことがある。それから百年以上かけて、「目的を理解してから作る」という習慣を身につけた」
「百年以上かけて……習慣を身につけた」
カケルはその言葉を繰り返した。
「当たり前のことを当たり前にやれるようになるまでに、種族でそのくらいかかることもある」
ゴルダムは言った。
「人間は百年生きられないから、一人ではそこまで到達できない。それぞれの世代が次の世代に伝えながら、少しずつ積み上げていくしかない」
カケルはその言葉が、ずっしりと重かった。
リョウの祖父が三十年前に作れなかった設計図を、今カケルが引き継いでいる。
ドワーフが百年かけて積み上げた技術が、今カケルの設計を受け取ってくれている。
「そういうものなんですね」
カケルはつぶやいた。
「なんだ」
「一人では完成しないものが、時間をかけて繋がっていくと……できあがる、ということか、と思って」
「その通りだ」
ゴルダムはそれだけ言って、設計室に戻っていった。
カケルはその背中を見送りながら、ノートを開いた。
設計図の最後のページ。
まだ空白の部分があった。
でも、もう少しで埋まりそうだ。
◇
拠点での三日目。
エレナが予想外の発見をした。
「カケル、少し来てください」
拠点の奥にある倉庫にエレナが案内してきたのは、大きな石製の槽だった。中には液体が満たされており、その液体が青く発光している。
「これは……」
カケルは目を細めた。
「精製済みのマナ石の粉末を溶かした液体です」
エレナが言った。
「ドワーフが金属加工に使うものですが……これを見たとき、あることを思いついて」
「何を?」
「骨格の表面にこの液体でコーティングすれば、金属自体にマナを含ませることができます。それによって、骨格と魔力の接合がより安定する可能性がある」
カケルは少し考えた。
「それは……設計図の「接合部の共鳴」の問題を、別方向から解決する方法だ」
「そうです。記録の間の古代技術とは違うアプローチですが、ゴーレムの「魂核」と同じ効果を、コーティングで実現できるかもしれない」
「二重の接合法か」
カケルは考えながら言った。
「接合部の設計+骨格自体のマナ含浸。両方使えれば、安定性が格段に上がる」
「試しに小さな金属片でテストしてみましょう」エレナが言った。
「今日やろう」
二人で試験を行った。小さな鉄の棒をマナ液体に浸し、乾燥させた後、エレナが魔力を通してみる。
通常の鉄なら魔力は表面で弾かれる。しかしコーティングされた鉄には、魔力がすっと浸透した。
「通った」
エレナが静かに言った。
「成功だ」
カケルは確認した。
「コーティングすることで、金属が魔力の「通り道」になる。これならエレナが体外から魔力を流し込んだとき、全身に均等に行き渡る」
「まるで機械の体に、血が通うような」エレナは静かに言った。
「そういう感覚だな」
エレナは手の中のコーティング済み鉄棒を見た。
「カケル、この機械が完成したとき……何と名付けますか」
「名前?」
カケルは少し考えた。
「まだ考えてなかった。何かいいのあるか」
「私が考えてもいいですか」
「エレナが考えたなら」
カケルは言った。
「それがいい名前になる気がする」
エレナはしばらく黙って、コーティングされた鉄棒を見ていた。
「……ヨアケ、はどうでしょう」
「夜明け?」
「暗い夜が続いても、必ず朝が来る。この機械が、その夜明けを引き寄せるものになれるように」
カケルはその言葉を、静かに受け取った。
「……ヨアケ。いい名前だ」
「採用しますか」
「採用する」
エレナが珍しく、はっきりとした笑顔を見せた。
「では、ヨアケを完成させましょう」
「そうだな」
エレナが手の中のコーティング済み鉄棒を、ゴルダムの設計図の横に置こうとした、そのとき。
ミーナが作業室に入ってきた。
いつも通り、テーブルの上の金属片に手が伸びた。コーティングされた鉄棒に、ミーナの手のひらが触れた。カンッ、と音がした。
壊れなかった。
ミーナが自分の手を見た。
「……あれ?」
「コーティングの効果です」
エレナが言った。
「マナを含んだ表面は、不安定な力の流れを吸収して拡散する。ミーナの手から出る力も、同じように分散されます」
「ミーナが触っても、壊れない?」
「この鉄棒については、そうです」
ミーナが何度か触れた。何も起きなかった。
「……なんか、さみしい」
「さみしいのか」
カケルが苦笑した。
「壊れる方が普通だったから」
ミーナは少し考えてから言った。
「でも……これ、ヨアケにも使うやつ?」
カケルとエレナが、一瞬視線を交わした。
「そうです」
エレナは静かに言った。
「ヨアケの全身に施す予定です」
「じゃあ……ミーナがヨアケに触れても」
「壊れない、ということになります。理論上は」
ミーナがしばらく黙った。しっぽが、ゆっくりと揺れた。
「……楽しみ」
ミーナはそれだけ言って、金属片をそっとテーブルに戻した。壊さないように。
◇
ミーナがそこに飛び込んできた。
「二人とも何してるの!? ゴルダムさんが骨格の設計を見せてくれるって!!」
「今行く」
「早く!!」
ミーナに引っ張られながら、カケルとエレナは設計室へと向かった。
「ヨアケ」
の製作が、本格的に始まろうとしていた。
◇◇
拠点での四日目。
ゴルダムが見せてくれた骨格の設計図は、カケルが想像していたものより遥かに精緻だった。
三メートル八十センチの人型。
腕の関節が三か所。脚の関節が四か所。胴体は二重構造で、内側に操縦者が入れるスペースが確保されている。
設計図の各所に、ドワーフ語で注釈がびっしりと書き込まれていた。
「重量は?」
カケルが聞いた。
「素材の選定次第だが、八百キロから一トンの間になる見込みだ」ゴルダムが答えた。
「それで動くのか?」
カケルは心配した。
「マナ石の出力で一トンを動かすには……」
「骨格の設計で重量を分散させる。鉱山の大型掘削機と同じ原理だ。重心を計算して、最小の力で最大の動きを出せるようにする」
「ドワーフの職人技がそこに入るわけか」
「当然だ」
カケルは設計図をじっくりと見た。
確かに、独自では思いつけないような工夫が随所にあった。関節の軸の角度、骨格材の肉抜きの仕方、荷重の流れ方。全部が、ドワーフの百年の蓄積から来ているものだ。
「一つだけ変更をお願いできますか」
「言ってみろ」
「腕の先端部分に、物を掴める機構を付けてほしい。指が五本ある手の形で」
「指五本……細かい動作は難しいぞ」
「精密な動作は必要ない。物を掴む、押す、受け止める。それだけができれば」
ゴルダムが少し考えた後、「できる」と言った。
「ただし、指の制御は個別に行う必要がある。それは転生者の技術でできるか」
「やります」
「わかった。設計に加える」
また一つ、ヨアケの設計が埋まった。
◇◇
拠点での五日目の夕方。
リョウが商人のネットワークを通じて、各地の抵抗拠点に連絡を取り始めた。
ガロの情報をベースに、東の港町・ベルナの商人組合、南の農業地帯の組合、そして今まさに共にいるドワーフ拠点に向けて、一つの提案を送った。
「「情報を共有する」という提案だ」リョウがカケルに説明した。「テーン商会の動きを、各拠点がバラバラに把握するより、一か所に集めて全員で共有する仕組みを作る。情報の集約地点を俺たちの秋葉原最終処分場とし、広域通信機で各地と繋ぐ」
「情報ネットワークを作るわけか」
カケルが言った。
「各地で何が起きているかをリアルタイムで把握できれば、テーン商会が動く前に対処できる」
「広域通信機をもう何台か作れるか、考えてみる。部品があれば……」
「ドワーフに相談してみよう。素材はあるかもしれない」
翌日、ゴルダムに相談すると、意外にも「通信装置か。うちにも作りかけのものがある」という返答が返ってきた。
「作りかけ?」
「石版に魔力を込めて、離れた場所に信号を送る装置だ。完成していなかったが、転生者の技術と組み合わせれば完成できるかもしれない」
「見せてもらえますか」
倉庫から出てきたのは、平たい石板が組み込まれた木製の箱だった。石板には細かい溝が彫られており、マナ石の欠片がいくつか埋め込まれている。
カケルは観察した。
「これは……マナ波を特定のパターンで送受信する仕組みか。魔法版の無線通信だ」
「そういうことになる」
ゴルダムが言った。
「ただし、距離が短い。三キロが限界だった」
「俺の広域通信機と組み合わせれば、電波とマナ波を両方使えるかもしれない。それぞれの弱点を補い合う形で。電波は距離が出せるがマナ波で増幅できる、マナ波は距離が短いが安定性が高い」
「試してみる価値があるか」
「絶対にある」
この発見により、カケルとドワーフの職人が共同で改良型通信装置の開発を始めることになった。
骨格の製作と並行して進める、二本目のプロジェクトだ。
「やることが増えた」
カケルは苦笑しながら言った。
「いいことです」
エレナが言った
。「やることが増えることは、できることが増えることとほぼ同じです」
「エレナの言い方は、いつも前向きだな」
「長く生きると、前向きの方が効率がいいとわかります」
「それは本当に?」
「半分は本当です。もう半分は……選択の問題です」
「どっちを選ぶかってこと?」
「そうです。同じ状況でも、どう見るかは選べる。悲観してもやることは変わらないなら、前向きの方が体が動く」
カケルはその言葉を聞いて、少しの間考えた。
「エレナは、いつもそうやって考えてきたのか。何百年も」
「常にというわけではありません。折れることもあります。ただ……折れた後に立ち上がる方法は、長く生きるほど身についてきます」
「転んで立ち上がるのを、何百回も繰り返してきたわけだ」
「そうです」
エレナは静かに言った。
「あなたたちも、これから折れることがあるかもしれません。そのとき……私がいます」
その言葉は、静かだったが、確かな重さがあった。
「ありがとう」
カケルは言った。
「どういたしまして」
エレナは答えた。
拠点での夜は、静かに更けていった。
明日から、ヨアケの骨格製作が本格的に始まる。
通信ネットワークの構築も動き出す。
世界中がバラバラに抵抗していたものが、少しずつ一つに繋がっていく。
そのイメージが、カケルの頭の中で輪郭を持ち始めていた。
一人ではできないことが、繋がることでできるようになる。
それがこの旅で、カケルが一番強く学んできたことだった。
了




