流通回復と託された遺物 ~記録の間で、ゴーレムの魂核と電子制御が出会った夜~
その夜、カケルは記録の間に一人残った。
といっても完全に一人ではない。扉の外でリョウが見張りに立ち、館のどこかでミーナが眠り、そしてエレナが……どこにいるかと思ったら、いつの間にかカケルの隣に座っていた。
「エレナ、寝なくていいのか?」
「私は寝なくても大丈夫です」
「昨日魔力を使ったのに?」
「回復中です。横になるより、こうしている方が落ち着く」
「そういうもの?」
「森に戻ると、そうなります。木々のマナが補給してくれているから、かもしれません」
カケルは石板の前に向かい合って、内容をノートに落としていった。
写本禁止なので文字は書けない。しかし「概念のメモ」として、図解と自分だけが読める記号で要点を書き留めていく。これは解釈のメモであって複製ではない、というやや苦しい言い訳だが、長老も「頭の中に入れることは許可する」と言った。頭の中のものをノートに書くのも、広義では「頭の中」だとカケルは自分に言い聞かせた。
「この技術」
カケルが言いながら書き続けた。
「今まで「使えない」とされていた理由、わかった気がする」
「なんでしょう」
「人間がやるとしたら、まず「逆位相のマナ波を作る」という操作と、「それを安定させる」という操作と、「タイミングを合わせて放射する」という操作を、同時にやる必要がある。三つの操作を完璧に同期させるのは、人間の脳では無理だ」
「だからこれまで不可能と言われていた」
「でも機械なら、それぞれの操作を独立したモジュールに分けて、電子的に同期させられる。タイミングの精度は、人間の神経反応速度の千倍以上正確に制御できる」
「……ものすごいことを、さらりと言いますね」
「現代の電子回路では当たり前のことだけど」
カケルは言った。
「この世界の人たちには想像もできないことかもしれない。逆に言えば、俺たちだから気づける」
「「転生者だから」ですか」
「それだけじゃない。エレナが「魔力を流し込む」という協力をしてくれるから。どちらか一方だけでは不可能だった」
エレナはしばらく黙った。
「カケル」
「うん」
「あなたと一緒に仕事をするのは……楽しい」
カケルはノートから目を上げた。
エレナが、珍しく少し照れたような、しかしちゃんと本心の顔をしていた。
「俺もそう思ってる」
カケルは素直に言った。
「エレナみたいな賢い人と組んで仕事できるのは、本当に助かる」
「賢いというより、経験が多いだけです」
「謙遜だ。長く生きた経験は、それ自体が能力だよ」
「……ありがとうございます」
二人はしばらく、石板とノートに向き合った。
深夜の記録の間は静かだった。木々のマナが壁越しに伝わり、部屋の温度を一定に保っていた。
「一つ聞いていいか」
カケルが言った。
「なんですか」
「エレナはこの旅が終わったら、森に戻るつもりか?」
沈黙。
「……正直に言えば」エレナはゆっくりと言った。「わかりません。店に戻るつもりで旅に出ましたが……今は、その先がどうなるか、想像がついていない」
「店、嫌いじゃないよな」
「嫌いではありません。むしろ好きです」
「ならよかった」
「カケルは?」
「俺は……旅が終わっても店に戻ると思う。ミーナが壊したものを修理して、エレナが解析して、リョウが売る。それがうまく回っているなら、続ける意味がある」
「そう言ってもらえると」
エレナは静かに言った。
「帰る場所がある、と思えます」
「帰る場所は、ちゃんとある」
カケルはそう言って、ノートに続きを書き始めた。
エレナはその横で、静かに目を細めた。
◇
翌朝。
長老会議が開かれた。
館の広間に、十数人のエルフの長老が集まった。エレナも、オブザーバーとして同席した。
「昨夜の件を踏まえて、対策を話し合いたい」
筆頭長老が言った。
「テーン商会はまた来るだろう。今度は数を増やして」
「次回に備える準備が必要です」カケルが言った。「具体的には三点あります」
「聞かせなさい」
「一点目は、隠し扉の魔術強化。昨夜の裏口が有効でしたが、テーン商会がここを完全に把握すれば、次回は塞がれる可能性があります。エレナと協力して、新しいマナ封印をかけます」
「それは頼もしい」
「二点目は、通信網の確立。里で作ったのと同じ拡張センサーを森の外周に設置します。テーン商会の接近を早期に検知できれば、準備時間が取れます。さらに、猫族の里や他の集落との連絡手段として、広域通信機を置いていきます」
「各地と連絡が取れるようになるのか」
「はい。俺たちが旅を続けながらも、各地の状況をリアルタイムで把握できるようになります」
「三点目は?」
「流通の回復です」
長老たちが少し顔を動かした。
「テーン商会は交易路の封鎖と資源の独占で、この地域の経済を締め上げています。森も、物資の一部が入ってこなくなっている」
「確かに」
長老が頷いた。
「薬草の交換が一か月以上止まっている。採掘道具の入荷もない」
「代替ルートを作ることを提案します。森の近くを通る、テーン商会が把握していない旧道を使う。エルフの長老たちが知っている古い道があるはずです。それを活用すれば、検問を避けて物資の流通を維持できる」
「旧道……」
長老たちが顔を見合わせた。
「……何百年も使われていない道がある。今は草に埋まっているが……」
「整備する人手と道具があれば、開通できますか?」
「できるだろう。ただし時間がかかる」
「今日から始めれば、一週間以内に使えるようになりますか?」
「……二週間必要だろう」
「では二週間後に確認します。その間、俺たちは旅を続けながら、沿線の村や商人にルート情報を伝える。テーン商会の封鎖を回避した新しい流通網が動き始めれば、経済封鎖の効果が薄れます」
長老たちが静かに話し合った。
やがて筆頭長老が言った。
「やってみよう。ただし……あなた方も急いでいるのだろう。この森で足止めするわけにはいかない」
「はい。センサーの設置と通信機の設置を今日中に終わらせて、明日には出発します」
「一日で終わるのか」
「ミーナがいれば、体力的には問題ありません」
「壊さなければ」
エレナが小声で言った。
「壊さなければ」
カケルも小声で繰り返した。
「聞こえてるから!!」
ミーナが広間の隅から叫んだ。
「……信頼しあってるんだな。良い事だ。」
長老たちの間に、柔らかい空気が流れた。
◇
その日は全員で動いた。
カケルが拡張センサーを森の四方向に設置し、エレナが魔力でマナ石と接合する。ミーナが材料運びと、設置のための穴掘りを担当した。「猫族はスコップも得意!!」と言って本当に速かった。
広域通信機の設置は、館の塔屋を使った。高さがあれば通信距離が伸びる。マナ石で増幅したアンテナを塔屋に設置することで、数十キロ先の猫族の里との通信実験を行った。
「ミーナの里のレン、聞こえるか?」
しばらく待つと、雑音の向こうからこもった声が届いた。
「……聞こえる!!誰!!カケル?!」
「俺だ。通じた!」
「つながった!!!」ミーナが叫んだ。「レンの声だ!!!」
館の広間が沸いた。
長老たちが「ここまで離れていても声が届くのか」と顔を見合わせた。エレナが微かに笑った。リョウがメモを取りながら「うまくいってよかった」と静かに言った。
夕方までに、センサー四基と通信機二台の設置が完了した。
「カケル、本当に一日で終わらせた」
リョウが言った。
「ミーナのスコップが優秀だったから」
「ミーナは褒められた!!」
「壊してない分余計に褒める」
「えへへ」
夕食のあと、筆頭長老がカケルを呼んだ。
「渡したいものがある」
長老が取り出したのは、細長い布包みだった。
中を開けると、古い金属製の円筒が入っていた。長さは二十センチほど。表面に複雑な紋様が刻まれており、内部から微かに光を放っていた。
「これは……何ですか?」カケルが聞いた。
「マナ波の変換器です。古い時代に作られたもので、入力されたマナを任意の周波数に変換して出力できます。それ自体は簡単な仕掛けですが……」
「逆位相の生成に使える!!」カケルが思わず声を上げた。
「そう。あなたが言っていた「対抗装置」の核心部分として機能するはずです。我々エルフには、これを活かせる知識も技術も……あなた方が来るまでなかった」
「これを持っていていいんですか」
「使いなさい。森は今、あなたたちの行動にかかっている。この道具が、その助けになるなら」
カケルは変換器を両手で受け取った。
里長から預かった古型マナ石。長老から受け取ったマナ波変換器。制御基板セット。ヘッドマウントディスプレイ。
パーツが揃ってきた。
設計図の穴が、一つずつ埋まっていく。
「エレナ!」
カケルがエレナを呼んだ。
「はい」
「これを見てほしい。エルフの技術で作られたものだから、俺一人では判断しきれない」
エレナが変換器を受け取り、しばらく観察した。
「……これは確かに、マナ波の変換が可能です。私のマナを通せば、任意の周波数に制御できる」
「もし俺が制御基板で電子的にタイミングを取って、エレナがこれに魔力を流し込めば……?」
「逆位相の生成が、安定してできます」エレナは静かに確信を持って言った。「これなら、理論が実現できます」
「いける」
「いけますね」
二人が顔を合わせた。
その目に、同じものが宿っていた。
確信と、それに見合った緊張。
「旅の最後に向けて、準備が整ってきた」
「まだ道のりはありますが」
「でも、見えてきた」
エレナは静かに頷いた。
「見えてきましたね」
◇
翌朝の出発は、静かだった。
森の入り口で長老たちが見送った。筆頭長老がエレナに一言だけ言った。
「必ず戻ってきなさい」
「はい」
エレナは答えた。
「必ず」
四人は森を出た。
朝の光が、木々の間から差し込んでいた。
エレナは少しだけ後ろを振り返った。それから前を向いた。
その顔に、迷いはなかった。
「次は?」ミーナが聞いた。
「魔王の本拠地に向けて、いよいよ準備を仕上げる段階だ」
リョウが地図を見ながら言った。
「ただしその前に、世界各地で起きていることをもっと把握しなければいけない。情報を集めながら進む」
「カケルは? なんか作ってる途中でしょ?」ミーナが聞いた。
「作ってる途中。でも今日から本格的に組み始める」
カケルはリュックを叩いた。
「必要なパーツは揃ってる。あとは手を動かすだけだ」
「何ができるの!!」
「まだ言わない」
「もーーーーー!!!」
「エルフの森を出たら教える、とは言った?」
「言ってない!!」
「なら言わない」
「ずるい!!」
エレナが後ろから静かに言った。
「私は聞いています」
「エレナだけずるい!!」
「私はカケルの仕事の共同研究者ですから」
「ミーナも共同研究者になりたい!!」
「……壊さなければ歓迎します」
「壊さない!!多分!!」
「多分は要りません」
笑い声が森の外の道に散った。
東の空は高く、雲は薄く、光は朝の柔らかさを持っていた。
旅は続く。
次の目的地は、世界の各地。
そして最後は、魔王テーン・バイ・ヤーの待つ場所へ。
秋葉原最終処分場の面々は、今日も歩く。
◇◇
記録の間は、森の最奥にある巨大な石造りの空間だった。
扉は一枚の岩でできており、高さは五メートルを超える。表面に古代文字が刻まれており、エレナが手を当てると、淡い光が走って扉がゆっくりと開いた。
「すごい……」
ミーナが息をのんだ。
中に入ると、天井は高く、壁一面に石板が並んでいた。棚には羊皮紙の巻物。台座の上には光を放つ水晶が複数。そのすべてから、静かなマナの波動が漂ってきた。
「何百年分の記録です
」エレナが言った。
「私が生まれる前からあるものも多い」
「すごい」
カケルはゆっくりと室内を見回した。
「これを……読むのか」
「関係する部分だけ。ゴーレムの核心技術に関係するものは、奥の棚に集まっているはずです」
エレナが奥の棚へ案内した。
巻物を一本取り出し、広げた。古代語で書かれているが、エレナが一文一文、カケルに説明していく。
カケルはノートに書き写した。
ゴーレムの「魂核」の設計。魔力と物体の接合理論。マナ循環の安定化技術。
そのどれもが、カケルの設計図の「空白部分」を埋めるものだった。
「これだ」
カケルは思わず言った。
「これが接合部分の答えだ」
「合いますか」
「完全に合う。こっちの電子制御と、ゴーレムの魂核の理論が……同じ目的で、違うアプローチから来てる。融合できる」
カケルは一時間、ノートを走らせ続けた。
エレナが横でそれを確認し、細部を補足した。リョウが記録のタイトルを整理し、ミーナが水を運んできた。
「ミーナ、コーヒーがないのが残念だ」
カケルは冗談を言いながら設計図に集中した。
「コーヒー?」
「気にしなくていい。日本の飲み物」
「日本においしいものがあるんだ!!」
「ある」
「旅が終わったら連れてって!!」
「……難しいかもしれないけど」
カケルは少し笑った。
「考えとく」
一時間後。
カケルがノートを閉じた。
「できた」
全員が振り返った。
「設計図が完成した」
カケルははっきり言った。
「理論上は、作れる」
「本当に?」
リョウが言った。
「本当に。あとは部品を集めて、組み上げるだけだ。時間はかかる。大型のマナ石も複数必要だ。でも、方法は確立できた」
エレナが静かに言った。
「カケル、おめでとうございます」
「まだ完成してないけど」
「設計が完成したことは、それに等しい」
ミーナが「やったーーー!!」
と叫んで飛びついてきた。
「ミーナ! ノートが!」
「ごめんごめん!!でもやった!!設計できたんでしょ!!」
「できた」
「じゃあもうすぐ巨大機械が!!」
「時間はかかる。でも……確かに、近づいた」
リョウが静かに笑った。
「祖父が喜んでるといいな」
「きっと喜んでる」
カケルは言った。
「あの設計図の続きを、ちゃんと繋げたから」
記録の間から出ると、森の光が柔らかく降り注いでいた。
テーン商会は今日また来るかもしれない。しかし、センサーが警告してくれる。
次に来たとき、こちらにはもう一つの武器が加わっている。
設計が完成した発明は、必ず形になる。
そういうものだ、とカケルは思った。
エルフの森を後にするのは、翌日の朝になった。
エレナが最後に振り返って、大樹の群れを見た。
長い沈黙があった。
「また来ます」エレナはそっと言った。
「来れる」カケルが言った。「終わったら、ゆっくり帰ってきて」
「……はい」
四人は森を後にした。
東の空に朝日が上がり、大樹の頂が光に溶けていく。
了




