14話
ウェンディを蔑ろにしたら、いつ、ヴァンの怒りに触れるか。
それに、二人の背後にいるヒュフーストの存在も恐ろしい。
それらの恐怖に晒されているイブリーンの説明は酷くたどたどしく、分かりにくかった。
だが、根気よく話を聞いたウェンディとヴァンは、信じられないとばかりに目を見開いた。
「──エルローディアとフォスターが!?」
「どうしてフォスター元隊長が……!? 彼はまだ牢にいるはずだ!」
二人の剣幕に、イブリーンはヒッと悲鳴を上げ、ぶんぶんと首を横に振った。
「わ、私は知りませんわ……! だけど、確かに侯爵家の廊下で、エルローディア嬢とフォスター卿が話されているところを見たのです!」
「──それが本当なら、フォスターは脱獄したって事……? そんな事をしたら、罪が重くなるわよね?」
イブリーンの言葉に、ウェンディはヴァンを見上げる。
ウェンディの視線を受け、ヴァンは頷いた。
「ああ。本当にフォスター卿が外にいるなら、脱獄したのだろう。彼が解放されるのはまだ先だ」
「じゃあ、どうしてフォスターは……」
「ホプリエル侯爵家でパーティーが開催される、と聞いて出てきたのかもしれないな。……だが、エルローディア嬢と話していたなら……あの二人はまた何か悪巧みをしているのかもしれない」
「悪巧み……」
ヴァンの言葉に、ウェンディは眉を寄せる。
「……お兄様に迷惑をかけるのは、許せないわ。ヴァン、イブリーン嬢が二人を見たっていう場所まで行きましょう」
「そうだな。確認しに行こう」
ウェンディの言葉に、ヴァンも頷く。
イブリーンが見たのが本当にフォスターだったのなら。
騎士として見過ごす訳にはいかない。
捕縛して、憲兵隊か近衛に突き出さなければならない。
二人はヒュフーストにも声をかけ、イブリーンから聞いた場所へ向かって歩き出した。
「ちょ、ちょっと待ってくださいまし……! ラ、ラインハルツ卿……っ」
イブリーンはヴァンを呼び止めようと声を上げたが、ヴァンはイブリーンの存在など気にもとめずに歩き去ってしまった。
その場にポツンと残されたイブリーンは、ウェンディに夢中なヴァンに相手にされなかった恥ずかしさで、羞恥に真っ赤に染まった顔を両手で覆った。
◇
「ウェンディ、リンドット嬢が言っていた場所って……」
ホプリエル侯爵のお披露目パーティーが開催中の今、参加者達の多くは室内にいる。
庭園に出ている参加者も居るには居るが、そこまで多くない。
そんな人気の無い庭園を、ウェンディ達三人は素早く移動していた。
室内に戻れば、ウェンディやヴァン、ヒュフースト三人はどうしても目立ってしまう。
目立ってしまったら、エルローディアとフォスターに気づかれてしまう。そうなってしまっては、フォスターを逃がしてしまう。
そのため、侯爵家の内部を熟知しているウェンディを先頭に庭園から邸の中に入るため、裏口に回っていた。
「こっち側には、使用人用の出入口があるの。そこからなら邸の内部に入れるわ」
「施錠は?」
「掛けられていても、壊しちゃえばいいのよ!」
大胆に壊してしまえばいいと告げるウェンディにヴァンは苦笑した。
「そんな事言ったら、レックス卿に怒られるんじゃないか?」
「お兄様なら分かってくれるから、大丈夫よ!」
にっ、と勝気に笑うウェンディ。
そんなウェンディに、後ろを歩いていたヒュフーストは小さく笑った。
そして、どこか懐かしむように。眩しいものを見るように目を細めた。
少し遅れて着いてきていたヒュフーストに、ウェンディは目を向けた。
すぐにヒュフーストの表情は普段のツンとした表情に戻ってしまっていたが、ウェンディは不思議そうに首を傾げる。
(ヒュフースト様……悲しそうな目をしていたわ……)
何だかウェンディには、ヒュフーストの様子がそう見えた。
だが、それを今聞いたとしてもきっとヒュフーストは答えてくれないだろう。
(……人間が嫌いって言っていたもの。昔、私たち人間に嫌な思いをさせられたのだわ。それに……)
ウェンディは先程一瞬だけ見えたヒュフーストの瞳が気になった。
(もしかしたら、ヒュフースト様の人間嫌いは……過去に悲しい事があった、から? 私たち人間に、悲しい思いをさせられた……?)
ウェンディがそう思った時、ヴァンが声を上げた。
「──ウェンディ、もしかしてここが使用人用の出入口?」
ヴァンの言葉に、ウェンディはハッとして前を向く。
今は一先ず目の前の事に集中しなければならない。
ヴァンが示した場所を視界に入れたウェンディは、出入口の扉を見て頷いた。
「ええ、そうよ。……やっぱり施錠されているみたい」
「そうだな……。それで、本当に鍵を壊すのか、ウェンディ?」
扉を開けようとしても、施錠のせいで扉は開かない。
ウェンディを振り返ったヴァンが問うと、ウェンディは「勿論よ」と頷いた。
「壊してしまえばいいわ。──氷よ」
ウェンディは呟き、自分の手を鍵に翳した。
すると、ウェンディの声に呼応して氷魔法が発動する。
ヒュウ、と冷たい風が吹き鍵がウェンディの氷魔法によって氷漬けにされた。
氷漬けにされた鍵がボロボロと脆く崩れていく。
そして、粉々に成り果てた鍵がぼとり、と地面に落ちた。




