13話
諸事情により、この話からヴァンの家名が「ラインハルツ」に変更されます。
「──分からない?」
ぴくり、とヒュフーストの眉が跳ねる。
それはどこか面白そうな玩具を見つけた子供のような無邪気さを孕んでいた。
さく、さく、と芝生を踏みしめながらヒュフーストはウェンディに近付く。
「……心拍の上昇と、戸惑うように瞳が揺れている。……人間がこういった動作を取る時は、誤魔化したい事や、目を逸らしたい事がある時に多く見られる。……何を誤魔化したいんだ、ウェンディ? 自分の気持ちか?」
「──っ、ヒュ、ヒュフースト様……!」
「やっぱり数百年ぶりに街に出て来て正解だったな。人間の観察はやはり面白い」
くつくつ、と喉奥で笑うヒュフーストに、ウェンディは自分の赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いた。
「わ、私にだって……何が、何だか……。最近、ヴァンを見ると……」
──そわそわしてしまうんです。
蚊の鳴くようなか細い声で告げるウェンディ。
そんなウェンディを、ヒュフーストは目を細めて見つめた。
どこか、そうやって悩む人を懐かしむような。
だけど微かに悲しみの宿った瞳で見つめるが、自分の事でいっぱいいっぱいな状態のウェンディには、ヒュフーストの表情には気付かなかった。
ヒュフーストが口を開こうとした所で、ぴくりと片眉が上がる。
次いで、どこか遠くの音を拾うように長いエルフの耳が動いた。
「──……ヴァンと、誰かが話しているな。……女、か?」
「え?」
ヴァンの名前に反応したウェンディが顔を上げると、ヒュフーストはウェンディではなく、ヴァンの声が聞こえる方向に顔を向けていた。
「……こちらにやってくる気配は無い。誰か、女に捕まっているようだ」
「ヴァンが、他の女性に?」
ウェンディは何故だか自分の胸がもやり、とした。
「……ヴァンを迎えに行きましょう、ヒュフースト様」
「待っていなくていいのか?」
「はい。そろそろフロアにも戻らないと……」
そわそわとしているウェンディにヒュフーストは頷く。
そして、二人はヴァンがいるであろう方向に歩き出した。
◇
「ラ、ラインハルツ卿! わたくし、見たのですわ! わたくしに着いていらして……!」
「だからさっきから何を見た、と……! それに、俺に気安く触れないでくれ!」
ヴァンと、女性の言い合うような声。
それが、ウェンディが近付いて行く度にハッキリと聞こえるようになって、ウェンディは自分の胸にもやもやとした、形容しがたい感情が込み上げてきて眉を寄せた。
(ヴァン……? 誰と話しているの……?)
逸る気持ちが、足を縺れさせてしまいそうだ。
転びそうになるのを必死に耐えつつ足を動かし続けていると、一組の男女が何やら揉めているのがウェンディの視界に入った。
男性の方は間違いなく──。
「ヴァン!? どうしたの!?」
「──ウェンディ、それにヒュフースト様!」
ウェンディの声に反応したヴァンが、ぱっと顔を向ける。
すると、ヴァンの腕に縋ろうとしていた女性──イブリーンが、ウェンディをぎっ、と強い視線で睨み付けた。
その視線の鋭さにウェンディはびくり、と体を強ばらせたが、ヴァンがすぐにウェンディに駆け寄った。
「戻ってくるのが遅くなってすまない、ウェンディ。戻ってくる最中、こちらのご令嬢が急に話しかけてきて……場所を移動しよう、と誘導しようとしてきたんだ」
ヴァンは、ウェンディとヒュフーストのために飲み物を取りに行っていた。
その帰りにイブリーンに話しかけられ、こちらに戻ってくる事に手間取っていたようだ。
「……場所を移動しようと? 確か……イブリーン嬢ですよね? ヴァンをどこに連れて行こうとしていたのですか?」
「そ、それは……」
ウェンディの強い視線に射抜かれ、イブリーンは言葉を呑み込む。
だが、エルローディアとフォスターの姿を見たのは本当だ。
ウェンディに教えてやるのは癪だが、隠し立てして、もし自分にも被害が及んだら──。
顔を真っ青にしたイブリーンは、先程自分が見た全てをウェンディ達に話す事にした。




