12話
ホプリエル侯爵邸の廊下。
パーティーが開催されている会場から離れれば離れるほど、喧騒が遠ざかり人気も無いからか寂しく薄暗く、どこか不気味な雰囲気だ。
そんな薄暗い廊下の床を、ヒールがカツカツと打つ音が聞こえる。
そのヒールの音は、時折立ち止まったり乱れたりとバラツキがあり定まっていない。
ヒールの音を響かせているその人──イブリーンは、両腕で自分の体を抱きしめるように怖々とした顔で周囲を見回した。
「エルローディア嬢は確か、こっちの方面に……どこに行ってしまったのかしら……? パーティー会場から離れると、途端に人の気配がなくなるし、肌寒いし、暗いし……最悪ですわ」
ぶつぶつと文句を口にしながら歩いているイブリーンの視界に、先程見たエルローディアの後ろ姿が映った。
「あ……っ! エルローディア嬢……!」
人を見かけた事で、イブリーンの顔がぱっと明るく輝く。
助かった、とばかりにエルローディアのいる方へ駆け出しそうになった所ではっと気付く。
何やら、エルローディアは誰かと一緒に居るように見えた。
背の高い誰か──。
廊下の角にその人物が半ば隠れるようにしているのではっきりとは見えない。
だが、影から察するに背の高さから見て男性だろうか。
男性使用人とでもお話しているのかしら──。
そう思ったイブリーンだったが、ふ、とその人物が見えた。
その瞬間、イブリーンは驚きに目を見開く。
(え……っ、え……!? どうしてここにフォスター卿がいらっしゃるの!? 彼は確か、罪を犯して……もう出てこられたのかしら?)
でも──、とイブリーンは考える。
(確か、あの方は罪を犯した結果……ホプリエル侯爵家の騎士を首になっているはず。どうしてここに居るの……? もしかして、エルローディア嬢が彼を許可なく邸に入れたのかしら……?)
もしそうだったら、かなり危ない事をしているとイブリーンは分かった。
(た、大変だわ……! ホプリエル侯爵に伝えた方がいい? それとも、ヴァン・ハーツラビュル卿に話しかけるきっかけとして、あの方にお教えする!?)
イブリーンは頬をぽっと赤く染め、自分が歩いて来た廊下を振り返る。
(や、やっぱりハーツラビュル卿にお教えして、お話するきっかけにしましょう……! あんな平民より、私の方が素敵な女性だ、と彼に思っていただくのよ……! エルローディア嬢とお話したかったけど、フォスター卿がいるなら、話は別だわ……! 侵入者がいる、とハーツラビュル卿にお教えしましょう!)
そう決めたイブリーンは、先程この廊下を歩いていた時の表情に比べ明るく、瞳も輝いていた。
ヴァンに近付く口実が出来た。
イブリーンは、弾む足取りで廊下を引き返して行った。
◇◆◇
侯爵家の庭園。
ウェンディとヴァン、そしてヒュフースト三人は、庭園に移動していた。
パーティー会場から簡単にこの庭園には出てくる事ができる。
そのため、庭園にも休憩ができるようにテーブルと椅子が用意されている。
夜、月明かりに照らされて美しく輝く花々達を眺めながら庭園で談笑する──。
そんな事もできるよう、レックスは用意したのだろう。
「庭園にも意外と参加者が出ているのね」
「ああ。ここの庭園の花々は美しいから……。令嬢や、夫人方は好んでここに出てくるだろうな」
ウェンディの言葉に返しつつ、ヴァンは自分が着ていたウェストコートを手早く脱ぐ。
そしてドレス姿のウェンディに、優しく上着を羽織らせた。
「夜は風が冷たい。風邪をひいたら大変だ。羽織っていてくれ」
「あ、ありがとうヴァン……!」
ヴァンがかけてくれた上着から、ヴァンの香水がふわりとウェンディの鼻に届く。
あまりにもヴァンの香りが近く、ウェンディはまるでヴァンに全身を抱きしめられているようだ、と考えてしまい、一瞬で顔を真っ赤に染めた。
「──!? ウェンディ!? 顔が真っ赤だぞ、どうした!? まさかもう熱を!?」
「ち、違うわヴァン……大丈夫、大丈夫だから……」
「大丈夫な訳があるか……! レックス卿に言って、今日はもう帰ろうか?」
「大丈夫なの、これは別に風邪とかじゃないから……! ──あっ、わ、私飲み物が飲みたいわ! 冷たい果実酒が飲みたい!」
「わ、分かった……持ってくるが……本当に体調は大丈夫か、ウェンディ?」
「大丈夫よ! ね、ヒュフースト様! 私は全然元気に見えますよね!」
ウェンディはぱっとヒュフーストを振り返り、話を合わせて! とでも言うように必死に視線を送る。
ヒュフーストは肩を竦めてウェンディに返し、ヴァンに向かって「そのようだな」と告げる。
「ウェンディは私が見ているから心配するな。さっさと果実酒を持ってくるがいい」
まるでヴァンを追い払うように手を振るヒュフーストに、ヴァンは面白くなさそうに唇を尖らせた。
だが、ウェンディのお願いを聞かない訳にはいかない。
ヴァンは渋々ではあるが、パーティー会場に向かって歩き出した。
「ヒュフースト様、ウェンディを頼みますよ」
「心配するな」
ひらひら、と手を振るヒュフーストにヴァンは溜息を零し、早くウェンディのもとに戻って来よう、と歩く速度を上げた。
「──で。どうしたんだ、ウェンディ」
パーティー会場に戻って行くヴァンの背中を見つめながら、ヒュフーストがウェンディに話しかける。
「え……、え?」
「最近、ヴァンに対するウェンディの様子が変わっているだろう。ヴァンの言葉にそうやって赤くなる事が増えた」
くるり、と振り向いたヒュフースト。
ヒュフーストのブルーサファイアのような真っ青な瞳が、真っ直ぐウェンディを射抜く。
「感情の変化でも起きたのか?」
ヒュフーストの問いに、ウェンディは赤い顔のまま何と答えればいいのか──。
自分の頬を両手で抑えながら自分でもよく分かっていない感情を吐露した。
「わ、私にもよく分からないのです──……」




