九拾伍話 ヴィクトリーロード
何故だ。
何故、あの策が通じない。
俺の策が何故こうも上手く読まれている……。
伏兵の位置も、釣りも、いつもの戦い方も。変に、あまり使わない策を使っても、悉く看破される。
唯一、相手が読み切れていない部分は……ないな。探そうにも探している暇がない。
「左翼、新たに四万の増援を確認!」
「……左翼が妙に厚い。兵を流し込む可能性もある。右翼から一万を動かせ!」
戦場全体を見れば、敵は右軍に十四万、中央に五万、左軍に十一万。どう見ても右偏重――――俺視点からすれば左偏重となっている。
あえて、動かす軍を見せ、そこに引き付けてやろう。幸い、今、中央軍は戦ってはいない。真正面を補給の軍が通過すれば、自ずと号令なくとも兵は走り出すだろう。
いや、普通の将なら飛びつく筈だろう。多少の期間を顧みずとも、自軍の右翼を勝たせるために。
ここで掛かってこなければ、それは余程の阿呆か、正気じゃない異端児、それか……。
自己流の才覚で相手を翻弄する特異型か……。
総司令にも就くほどの人間が前者二つであるとは到底考えづらい。
つまり、選択は自動的に後者になり、戦いにくい相手となることは事実だ。
「飛びついて……来ない? 寧ろ、敵も向こうの右に兵を送っている……」
ヴィクトルらの左翼が丘取りを先行して行っていたから、少々敵が後手に回るのも分かる。けど、ここまで兵を厚くする必要はないだろう。
それ以上、右を薄くするなら、銀の蛇が牙を剥くぞ。
「エランに伝令! 疾風迅雷の如し行軍で、右を押し込み、右での勝利を確実としろ!」
こういう局地戦で勝てる部分で勝っておかなければ、後にどういう転び方をするかも分からない。
「正面を通る敵軍には弓兵で牽制射撃だ。当たらずとも、多少威嚇のポーズは取れるだろう」
弓で威嚇しておけば、こちらにも被害はないし、もしかしたら敵に中って死ぬかもしれない。
それに味方への合図にもなる。
味方に「そっちに敵が行くぞ」と無意識に教えることもできる。
「右方、敵騎兵! 前進した弓兵に接近!」
森に隠れていた兵か。三千程度に見えるが、増援を送れば多大な被害を被る可能性もある。
これまでの戦いから見て、敵将は相当練度の高い指揮官とみる。
「弓兵を撤退させろ。代わりに俺たちも狩場を作るぞ」
引かせた弓兵に……釣られない……。
また読まれている。いくら単調な策とはいえ、相手はほぼ所見の相手……。
その日はそのまま、こちらの策が一方的に見透かされるだけで終わった。
相手の力量を図るために策を軽い策だけに絞ったが、何もかもが見透かされている。
いや、すべてが見透かされたような言い方は少々語弊があるな。
一つだけ、敵将が判断に迷ったように見えた状況があった。普通ならしない行動があった。
俺が判断を誤り、無意味に歩兵を動かしてしまった時のことだった。
普通の敵将は、飛び出た歩兵程、狩り易いものはないと騎兵を動かす。
だが、その絶好の好機に兵を動かしてこなかった。
それは何故だ?
どうして、俺の誤りに付け込まなかった?
それは……。
まさかとは思うが……。
「普通の俺を全てを知っている?」
確かに、俺が今日行使した策は何度も使ったことのあるモノだった。
だが、俺の誤りは普段俺のしない間違い。
その間違いに釣られなかった……。
逆にあえて警戒した。
普通の俺には勝てる。だが、異常な俺には異常なまでに弱い。
正にリシュアン・キラーみたいなことか。
俺を討ち倒し、殺す為にあるような人間だ。殺人兵器以上の凶悪性だな。
だが、その分、倒す為の策は無数に浮かぶ。
が、まあ、看破されることも考えて、師匠直伝のあの策を使うしかなさそうだな。
数年前、師匠が俺にだけ教えた自己流戦術。
「戦の盤面には二種ある。表の盤面と裏の盤面。表では一般的な策を行使し、裏では敵を誘導したり、釣りをしたりする謀だ。普通はこの二種だ」
「『普通は?』」
「そうだ。今から教える策は裏の盤面をも見透かす、厄介な敵への対抗策だ。余ほどの事がない限り、これを使うことはないと思うが、師匠から貰ったお守りとして、頭の片隅にでも入れておくといい」
「相変わらずめちゃくちゃなクソ爺だ。『勝ち方は自分で考えろ。戦い方は教えてやる』だなんて、カッコつけなくてもいいのにな」
息を吸った。
「両翼の指揮も俺が自ら執るように伝えろ。ヴィクトリーロードはもう目の前だ、とな」




