九拾肆話 焦がれる
「何故、あの暗号がアルトゥスを表していると分かったのですか?」
「十八神将の数え方は一席、二席。『席に座り、座して待つ』はただ、行動を起こせという命令ではなく、十八神将を表す言葉だったんだ。残党の指揮官を生き残り、脅威は単純に強い将と考えれば、その点は合点がいく。それに、リシュアンは『行動を起こせ』という漠然とした手立てを教えない。もっと具体的な戦術を送ってくる筈だ。ならばこれは、二流の手。それに反乱軍は気づけないと踏んだリシュアンは、こんな形で裏の意味を明かしたんだ」
「ですが……流石に総司令、策を下さらないのは試練と取るべき……ですか……」
「不親切な兄だこと……」
♦♦♦
アルター軍の堅牢な防御陣は、俺が見てきた防御陣の火でも屈指の強固さを誇る。
バルバトス軍の精兵でも突破を許さず、将旗の上がる陣にまで近づけていない。
兵を追加で動員しようにも、これ以上消耗させると後に控える救出戦や殲滅戦に支障が出る。
俺自ら出ようにも、葬獄がいない現状では一抹の不安が残る。
「ほっ、報告! 炎獄兵二十万近くが灯籠高原に着陣! アルター軍も其方に動く素振りあり!」
「釣り……ではないな」
ただの増援軍ならそこには着陣させない。
明らかに俺との戦いに挑むかのような動きだ。
「誘いに乗るのも上策だ。周囲から同数を集めろ」
この東部には兵を厚く集めている。少し待てば二十万程度なら終結するだろう。
しかも北東部だ。場合によれば北部軍を呼び込むこともできる。
「両軍ともに軍をかき集め、総数は三十万ずつか……。大き目の一戦だな」
灯籠高原は七つの丘と広大な平地が広がる高地であり、六十万規模の軍が展開するのも容易である。
こちらの軍容は王都から呼び出したヴィクトルと、
・『閃銀』の異名を持つエラン・レリアール
・『蒼薔薇』リンドール・アグラート
平均年齢は十九歳。……叔父上が見たらなんというか……。
だが、次の十年を戦うのは俺ではなく、彼ら彼女らだろう。
敵将はアルター・グライドン=プリンセ。炎獄王の子供であり王女。
配下にバルガス・アングラ=グレイオン、フェルディナンド・ラウル=ジェネラールら老練な将軍が率いており、お姫様の保護者してるみたいな感じかもな。
戦場を俯瞰してみると中央に平原、東西に巨大な丘が二つ。中央の平原は縦に長くなっている。
東西の丘が勝利の鍵となることは必定といえる。
なら敵は、必ず飛びついてくる。
「右翼、東側丘陵への引き込みを開始しろ! エランの四万で引き込んだ敵を狩る」
手始めにやらせてもらおうか。丘陵戦の常勝戦法だからね。
実戦経験がなさそうな彼女なら引っ掛かってくれると思う。と、いうか、俺の経験上、初陣の敵将相手には全員引っ掛かっている。老練な近臣も奴の近くを離れているようだしね。
釣りのための軍が三千が出たのを確認して、俺は左翼に目を向けた。
左翼にはレリアールとヴィクトルの二人の将を配置している関係で、丘を挟んでにらみ合いを続けさせているけど、バレないように少数ずつ丘を登らせている。そして、敵が気付いた時には丘上に要塞が完成済み、みたいな感じの想定。
「右翼、三千が敵と接敵! 引き込みを始めます!」
♦♦♦
「右翼に、丘を大回りしてきた三千が襲来! 威力偵察とみられます!」
「潰しますか!?」
「いや、深追いをせずに、その場に留めさせるんだ」
……私を誰だと思っている。
私、アルター・グライドン=プリンセを、誰だと思っている。
同い年で同じ役職にも関わらず、君のように戦績を残せていない私を。
君を追い求める私を。追い求め、その背を眺め続けている私を。
父からのし掛けられる重圧を。大臣から後ろ指差される不幸を。
そんな中生きる私を。
君を追い求めてやまない私を。
君を学び、模倣し、君の対策を組んだ私を。
そう……。
焦がれ、君をある意味好いている私を。君を追い求める私を。
君の戦績や戦略、戦史を読み解き続けた私を。
「ここで追いかけると彼の戦略にハマってしまう。追いかけるとそこで殺される」
「……何故、そのような事が分かるのですか……?」
「何故……ね。私が彼の心を、思考を読む事が出来るからかな」
私だって、万能じゃない。
でも、この丘を生かし戦い方は、古くから兵法書には書かれていたが、それを現代戦術に復活させたのも彼だ。
なら、この動きは十中八九そうだろう。
私は彼を識っている。
彼の常識の範疇を超える戦術を読める。
震撼せよ。リシュアン・レオンハルトよ。
丘に釣るはずの敵が、戦果無しにその場を離れていく。
恐れおののけ。これが、私。アルター・グライドン=プリンセだ。




