九拾参話 指令書
――――北部への命令
北部に残党の指揮官が出たという報告が出た。
しかし、侮るなかれ。単独戦力として脅威となりうる将であり、席に座り、座して待つは滅びと同じ。
当該対象は情報指揮能力・統制能力が突出している。誤報に惑わされぬ様、注意されたし。
前線は一列後退。灰嶺山脈内での戦いに挑め。
ところで、北部の霊川は魚が美味いと聞く。虫でも使って釣るといい。
それを兵に与え、指揮を上げるのも一手かと思う。
余談が過ぎたな。
本件は各将の独断を禁じ、指揮系統を合一し、機を待ち、そちらの判断で策を実行させろ。
以上だ。
軍総司令リシュアン・レオンハルト
「後半の不可解な部分に目を瞑れば、いつもの軍司令の様にも見えます」
「ああ、そうだな。特に問題はないだろう。北部に通してやれ」
……。
残党の指揮官……。恐らくは先の鎧門の戦いで生き残った将の事を指しているんだろう。
「席に座り~」の部分は強敵が出たという事の注意喚起なのだろうが、表現が面白いな。
特に目立った不審な部分はない。
「報告感謝する。情報官ファリウス・ヴァルツァーよ」
情報官ファリウス。
一端の情報官だが、生まれは高家であり、何かと我々司法局に協力してくる。
高家の生まれであれば、俺のような中堅官僚に媚を売らずに、堂々と宰相級に媚を売りつけて置けばよいものを。やはり、馬鹿は所詮馬鹿なのだな。
「兎に角、これを北部に届けてやれ」
♦♦♦
「……何らかの暗号文である所までは読み解けるが、そこから先が示しているものが見当もつかない」
「葬獄の方々は何かわかりますか?」
俺、ゲルムは全くもって分からない。だが、ミナや葬獄の者共は分かるやもしれん。
「筆跡が焦っているようにも見える。兎角言わずに、急ぎの内容として書いたのだろう。つまり、余程の事態がこの北部で起こっているという事だ。今、現段階で読み解けたのはそれくらいだ」
「ガルドの頭脳を持ってしてでも難解とは、この文書、相当の機密・重要情報が隠されているという事だろう」
ここから一層議論が深まる、というときに間が悪く伝令兵が走りこんできた。
「氷晶山岳騎兵四万が出現! 山脈北部で後軍の合流を待っている模様です!」
「アウレリアとリアを出陣させろ。二人には六万程度、北部軍を預ければよい」
俺は咄嗟に口を開いた。
「いや、待て。俺が行く。五万で十分だ。渡せ」
「……何故だ。まさか、このガルドの策に不服を申すのか?」
「いや、何も進んで貴殿に反論したい訳ではない。貴殿の策よりも合理的な方法を思い付いたから、俺はこうして貴殿に意見を申している」
「……ゲルムが策を思いつくとは珍しいことです。聞いてみても損はないかと」
天幕を出ようとしたミナが言った。
言い方がちょっと腹立つが、俺をフォローしたから目を瞑っておこう。
「この伝文は俺には少々難解だ。だが、俺よりも頭の良いアウレリアがいなくなれば、頭脳の数が減ることとなる。ならば、屑にも含まれぬ俺を出陣させる方が、余程合理的な判断と言えよう」
「……確かに、話の筋は通っている。だが、これは防衛戦争だ。そのことを決して忘れぬように」
「分かっておる」
「至急、ゲルムに五万を預けさせる準備をしろ!」
♦♦♦
俺がセリウスを出て、この陣所の天幕に着くには一日も掛からなかった。
森林や山がちな地形の多い北部でも、リシュアンが育て、トレンツが負傷したときの代替要員として用意されていたこの馬は違うな。
「マルム様、リシュアン様よりこのようなものが……」
「……リシュアンが?」
ガルドより差し出されたリシュアンからの指令書には、いつものリシュアンらしくない文章が記されていた。
「士気の揚げ方なんて、リシュアンは普通記さない。つまり、これ何らかの暗号と取るべきだ」
幾ら、王都の反逆者共に解読されないようにするにしても、隠し方が味方にも分からない程、難解だと、暗号での意味がない。
「……座。座る。席。残党……」
残り。生き残り。将……。
「……! そういう事か! ガルド、至急、各将校を呼べ! 事態が大きく動く!」
「なっ、何事ですか?」
「出たぞ。大陸最強の四神の生き残り……アルトゥス・ヴァレンティアが!」




