九拾弐話 防御陣
『轟く不死鳥』こと、エドガー・ヴァルクレン。
彼の異名は左程、大陸に蔓延る各国に知れ渡っているわけではない。
五龍に食い込む訳でもなく、ただの弱小国家の方面司令官。それくらいの認識だ。
実力は上の下から上の中程であり、特に他の将が持ち合わせない特殊な能力を持っているという訳でもない。
ただ、あるとするならば、その一度見た戦術を熟知し、生涯忘れないこと。
その点であれば、イオやシグルドといった五龍世代の猛者にも引けをとらない程の才能だ。
だが、それはエドガーのみが持ち合わせる超常的な能力ではない。
新世代が才能開花する時代、そのような者は探せば数多くいる。
光龍の凶星・リシュアン・レオンハルト、炎獄の剣姫・リュミナ・ガル=フレイア、翆玲の大宰相・水鏡・ロギリア。
このような将はその能力を有している。
それでも、エドガー程、記憶能力に長けている将はいない。
一度は負けるも、生き残り、一度見た戦法・動きに対する適切な対処方をすることで生き残る。
それが『不死鳥』の異名たる所以だ。
だが、今回は、その『生き残り』の部分が著しく欠如するような戦いだった。
釣鐘状の地形の出口をふさがれ、三方は断崖絶壁。
登ろうにも登れず、恐らく崖上にも伏兵がいる。
乱戦となっているため、崖上の弓兵が撃ってきていないことが唯一の救いか……。
釣鐘の奥には恐らく出汁に使われた兵団。
その後ろからの十万規模の軍勢。
相対しているエドガー軍は消耗が激しいのか数を五万程度までに減らしていた。
疲弊も激しくまともに戦えるのは三万入れば多い方か……。
言わずもがな、絶望的状況だ。
しかも旗印を見る限り、率いているのは炎獄軍軍総司令官・アルター・グライドン=プリンセ。
五大国の中で唯一の女性軍司令であり、実戦経験は左程ない。
これが初陣の可能性すらある。
だが、エドガー程の男がそのような者に追いつめられるとは計算外だ。
それ程、優秀な将という事か……。
相手にとって不足はない。
十分過ぎる程だ。
「エドガーに旗で合図を送れ。『攻撃開始』とな。前後より挟み込み、炎獄軍を叩き潰す!」
赤と黄の旗が上がり、エドガー軍が再び動き出した。
「第一陣、突撃開始。ヴィッツ、指揮を執れ。第二陣以降も順次、突撃開始!」
第一陣が柔らかい軍の背中に入り込んだ。
だが、力一列にゴリ押しただけだ。
敵軍の力量を図るのは、ここからだ。
虚を突かれた軍は当然、混乱状態に陥るが、その状態がどれほど長く続き――――いや、指揮官がどれ程の早さでそれを治めるか――――と、その後の行動が将の能力を図る上での判断材料となる。
「早いな。優秀だ」
突撃させたヴィッツ率いる前衛が止まった。
止まる速度が以上に速い。
……恐らくは中で既に防御陣が敷かれていた……か。
いや、ちょっと待て。
だとしたら、俺たちが来るのを読まれていた……というのか?
伝令狩りの軍はものの数時間のうちに全滅し、一帯に情報封鎖を行っている。だから、そこからここに情報が漏れることもない。
リュミナの方も、俺がいるように偽装しているから、一週間程度で看破されることはない。
と、なれば、炎獄戦線以外の場所から情報が漏れだしたという事になる。
だが……だとすれば、未来予知能力が物凄く高い人物が関わったという事になる。
俺が対炎獄の前線地に着いたのが二週間前。そして、ザイフェと軽く話し、ザイフェと別れたのが一週間前。
つまり、二週間以上前から俺がここに来ることが読まれていたという事になる。
しかも、エドガー軍との連絡が取れなくなってからの日数と合わせても、計算が合う。
ならば、俺の仮説は正しい。
かなり優秀な――――それも、ここまでの予知能力を考えると、十八神将の上位九将以上の存在の――――将が氷晶の前線地に入っているか、光龍内部に裏切り者として入っているという事になる。
王都にいる優秀な将は俺を裏切るような真似はする筈もないから、考えられるのは氷晶の将のみという事になる。
ならば、もう、答えは一人に定まっている。
俺の師範の親族。ヒメルの師と呼ばれるかの将しかいないだろう。
十八神将の最強の四人のたった一人の生き残り。恐らく、今大陸に生きる中でも最強核に入る将。
そう。軍関係者ならば知らぬ者はいない。
名を、アルトゥス・ヴァレンティア。
マズい。
奴が前線に入ったとなると、単体でも脅威だが、十中八九、ヒメルやオルフェン等の氷晶最強の将が入っているだろう。
と、なれば、氷晶前線も崩れるまでが思った以上に早くなる。
だが、俺自身、この地を離れることはできない。
だが、王都にいるクロイザンは、レックスの所為で動けやしない。
ならば、北に残る葬獄やその他の将で対処する以外に方法はない!
「ガルムに伝文を書く! 俺は一時的に後方に下がる!」




