九拾話 言ってみろ
「落馬して、結果的に両軍が敗北だなんてな……」
「なにはともあれ、この壁を守り抜いた事に変わりは有りません」
「そだぞ。それに、おめぇさん、次の戦いが迫っとらぁ。感慨にふけってる場合じゃねぇ」
俺が東都王に一騎打ちを挑んで、見事追い詰めたが落馬で気を失ってから数時間。
日付は五月が六月になる頃だった。
「その通りです。今、セリウスに詰めかけている氷晶軍は三十万を余裕で超えるていると……。しかも、率いている将は……」
ユリウスが言い詰まった。
「オルフェンか……」
俺は、奴の子供を殺している。
と、なれば怨念返しで城内蹂躙からの虐殺は目に見えている。
「王都のヴィクトルからは、マルムが三万を率い、王都を脱出。セリウスに入ったという情報もあるが……。数万に三万を加えても多勢に無勢であることに変わりはない。急ぐぞ! セリウスへ!」
風が湿り気を帯びている。雨の予兆だ。
「早急に五万以上の軍を整えろ。後ろから狭路でオルフェンの首を取る!」
号令を発し、兵たちが動き出す。
「ポルタ、鎧門を頼む。未だに数は減れど東都軍も葉桜軍も健在だ。気を抜くなよ」
「あいよ」
外に待機しているファナスには早急にセリウスに帰城する様に命令も下した。
あとはマルムとファナスがどれだけ時間を稼ぐかにかかっている。
三十万を十五万程度で抑えるのは至難の技とはわかっている。
それに敵は屈指の強敵オルフェン・二ヴァレンの率いる氷晶軍。
俺自身、こんな北の辺境地で蹲っている暇はないというのに、敵が俺をここに縛り付けている。
ふいに伝令兵の声がした。
「葉桜軍、再度五十万が前進! 国境を越えます! 他にも炎獄、翆玲の両国が百万単位の軍で国境を超えると……! 炎獄は生き残りの五将や、その他の有能な将軍を前進させていると! 翆玲軍も国内第一将と第二将が同時に出陣!」
馬鹿なッ……。
葉桜は内部からアリシアが崩壊させ、桜羅を差し置いて指導者である揆夜を捕縛したと言うのに……。
他の二か国だって、氷晶をせめてに頑なに動こうとしなかったが、何故、何故。
何故今、動き出すんだ……!
何故だ。
何故、そこまで光龍が憎い……。
言ってみろ……。
言ってみろ……言ってみろよ……!
この世界は何故、俺の……アレンの道を阻み、潰そうとする……。
それ程、光龍が醜いか……。
違うだろ。
抗う者は、輝いていて、綺麗で、それでいて、美しいものだろ。
神はそこまで追いつめて、俺たちが抗う姿を見たいかよ。
美談を作りたいからって、光龍国民数百万の命を、無駄にさせるな!
アレンと俺の夢を、無下に返すな!
「な、何者だ……。貴様……」
無我夢中で剣を振っていた。
気づいた時にはセリウスの城壁上。
俺の背後には幾重にも積み上げられた氷晶の死体。
これ程、切り結んだのか。
血が滴る剣を振り上げ、振るう。
俺に対し、驚愕の声を上げた兵の首が城壁から崩れ落ちた。
返り血で鎧の地の色がわからない。
「……総司令……」
「ジャンヌか……」
顔についた血を手で拭い、振り返った。
鎧が重い。
「……オルフェン軍、撤退」
見れば、下の氷晶兵が徐々に狭路を抜けてっている。
「凄いよ……リシュアン。鎧門から立った二日で霊川沿いを駆け抜け、その後、オルフェン軍の背を貫いて入城。その後三日三晩に渡り剣を振り続けた……。凡そ人の出来ていい御業じゃない」
「そりゃあ、そうだ。倒れる程に無理を強いれば、人は人を超えた存在になれる。だが……ここまでやってここで立ち止まることはできない。オルフェンの……首を取れ!」
東都王との一騎打ち、落馬、強行軍。
それを通り抜ければここまで意識が飛ぶことはないだろう。
「氷晶軍は北部一帯での小競り合いを続けていますが、大軍と言える程の兵はもうこの場にいません。総司令、南へ。東回りで南へ向かってください!」
ファナスが珍しく声を荒げた。
そこまでして、俺を諭したいか……。
フッ、成程な。
「分かった。葬獄とファナスここに留まれ。俺はマルムと共に行く。しばらく待っておいてくれ」
葬獄と離れるのは初めかもしれないな……。
だが、北部にこいつらを残しておかなければ、もしもの時に俺の直轄で動かせる兵が少なくなる。
理由? 南部から北部へ伝令を送るとなると、王都を経由する必要が出てくる。だが、その王都には居座るレックスがいる。さすれば、俺の直轄命令が届かずに北部一帯を失地……。
なんていう最悪のシナリオだって見えている。
俺が直接動かせる葬獄兵が数千でも北部にいるなら、それだけで大きく戦局が変わる。
「しかし、どちらにせよ、王都を通ることに変わりはない」って?
安心しろ。秘策がある。




