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八拾漆話 レックス・トレス

「アリシア様、月華の強行部隊が天守に押し入った模様です」

「鳳蓮様や桜羅王は気付いてくれるでしょう。ここで確実に葉桜の内部を押さえつけ、葉桜軍を機能不全に陥らせます。ひいていはリシュアン君の為にも……」


 ♦♦♦


「何が目的だ?」

 という葵夜の呼びかけにも答えず、その黒の集団は葵夜の方へ詰めよって行った。

「き、貴様ら、何者だ!」

「……我らは月華。闇に潜む諜報と死の使者」

 月華……。

 成る程な。

 やりよって。アリシア。

 俺と王のみが知っている月華の母体。

 それを使い、この葉桜に政変を起こし、葉桜軍を撤退させる。

 悪くない考えだ。

「し、死の使者!? 厨二病もいい加減にしろ!」

 罵倒した葵夜の背後に黒い影が迫り、その首を絞めつけた。

「全員、投降しろ」

 いい気味だ。

 権力にすがり、翆玲を神の様に崇める馬鹿と人から好かれないデブな大臣ども。

 こいつらは葵夜を除きカリスマ的なものを持つ者はいないだろう。

 死んだときにハエが集って来るのが関の山だな。

 だが、悔しいが葵夜には人を引き付ける何かがある。

 リシュアン・レオンハルトにも何か近いものを感じている。

 恍惚とした葵夜とは違うが、何かを信念に動き、何かを絶対に成し遂げようとするその信念。近寄り難くもとれるし、近寄り易いとも取れる独特のオーラ。

 そして狂気と恐ろしさ。

 それが知らず知らずに人を引き付けているんだろう。

 葵夜が叫ばず、連行されていく。

 俺は何もせずその場に座っているだけだが、月華の連中が俺に「立て。歩け」とは言いに来ないところを見ると、奴らは俺の事情をある程度把握しているという事か。

「鳳蓮・明耀軍総司令殿とお見受けしました。アリシア殿がお呼びです。御同行願います」

「ああ、構わない」


 ♦♦♦


「お前はいつになっても……俺達を振り回すな。モンステッド。反逆罪、脱獄未遂、脱獄。次は王の婚約者に対する襲撃罪。お前はいつになっても懲りないな。何故そんな奇行に及んだのかも気になるが、先ずは脱獄した方法について教えてもらおうか」


 リシュアンに急いで王都に戻る様に言われた俺は、数時間後には五万の兵と共に王都に舞い戻っていた。

 引き連れてきた五万は王都での有事があった際に使えと言われていたが、連れて来た必要はなかったようだ。

 そして、数か月前に俺をボコボコにした暗影の依頼主であるイレンボルの一族であるモンステッド・ハエル。奴は今回の襲撃事件に大きく関与している。

 と、いうか、反リシュアン派とかのずれてる奴らが徒党を組んで、今回の襲撃を起こしたわけだが、それを率いていたのがハエル家だった。

 その後、ソイツの尋問役に任命された俺は法務の長である法務長官のレックス・トレスに報告している真っ最中だった。

「で、どうだった?」

「ある事無い事、聞かない事まで全部話しましたよ。どうやら雪牙に依頼していたようですよ。イレンボルが」

 主語を強調した。

 雪牙は幾度となく俺達の前に立ちはだかって来た馬鹿だ。

 リシュアン暗殺未遂事件、アリシア特使拉致事件、そして今回の脱獄未遂と襲撃幇助。

 もし光龍に来たところを捕まれば長は打首獄門所じゃ済まされないぞ。

「実行犯共は既に姿を晦ましている。と、いうことは今回の犯人の捕縛は不可能です。ならばもう出来ることは無く、俺は戦地に戻りたいのですが……」

「許さん。お前はここで軍務に付け。今は丁度武官が王都圏各地に出払っていて、人手が足りない。後一週間、この王都に留まれ」

「しかし……それでは兄が……!」

「自らの兄の実力を信じろ。弟が兄を信じず、誰がリシュアン殿を信じる」

「レックス卿……。分かりました」

 俺は配下を呼び、リシュアンに対する返事を送った。


 ♦♦♦


 二日目。夜。

「あんの馬鹿! まんまとハエル側のレックスに騙されやがって……!」

「どないはったよ?」

「マルムが引き抜かれた。五万の兵と共に」

 レックス・トレスは宰相派の隠れた過激派で、今の国の体勢に異議を唱える人間の一人だ。

 法務長官というあまり会議にも出席しない立場だから、マルムが知らないのも当然だが、いくら何でもチョロすぎる。

 しかも、アリシアから届いた密書では、『法務長官、謀反』と記されていた。

 内部から光龍を破壊して回る役割として、その力を用いており、恐らくは光龍を滅ぼした後の光龍領の数割の安堵を約束されているんだろう。

 そうじゃなければ、賭けに出ない堅実な出世の仕方でここまで来たレックスが動く筈が無い。

 こんな一か八かの大きな賭けに出る理由はそれくらいだろうな。

「その五万が引かれたこの壁に残存する軍は開戦二日目で十二万か……」

「兵糧などを計算するなら後五日持たせる事が出来るなら上々だろう」

「そんな。勝てると息巻いて出てきた結果が……。確かにこの壁は崩れるかもしれないが、俺達にはまだ道がある。平地戦だ」

「べらぼうめ、昨日来やがった報告を忘れてんか?」

「覚えている。東都王と十五万がここに向かって来ているそうだな」

「それなら猶更……」

「いや、東都王の戦い方を一番見た俺が言おう。奴は狭路の戦いに弱い」

「そんなこと言われても……既に何度も敗北している人間の言う事に信用が……」

「では発言者を変える。今は東都王に挑んで負けてきたリシュアン・レオンハルトの言葉だったが、次は違う。光龍国の軍総司令リシュアン・レオンハルトの言葉として聞いてくれ。奴は狭路の戦いに弱い」

 ユリウスの目がバイザーの奥で見開かれた。

 城壁上に立つ、俺、ポルタ、ユリウスを月明かりが照らし出した。

「幾度となく戦ってきた俺の言葉としては、これまでの奴の戦いは全て、俺が左右や自軍後方に動くのを待ち、孤立させ、包囲戦にて殲滅してきた。だが、今回は左右に動くことも無く、警戒している俺は奴の後方に入ることは無い。しかも、後方は壁、左右を山や丘陵に阻まれるこの一帯なら、包囲陣の展開も難しい。そうすれば俺らは下に横陣をひいて、どっしりと待ち構えれば、情報からの援護射撃で勝てる」

「な、成る程……」

「決戦は、明後日だ」

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