七拾漆話 怒涛
「兵の質じゃなくて、自ら乱戦に割って入り、兵達を鼓舞し、適切な状況判断で一隊を動かした。確かに、兵の質の差でかなり離れている以上、君が打てた最上の手かもしれない。が、詰めが甘かったな」
「初対面で言う言葉がそれって……。辛辣にも程があるんじゃない?」
「敵将に対してはこんなものだと思うけどな」
「そっか。俺みたいに敵将に仲良くできる人間は少ないか」
「俺は見たことがない。それで、円陣まで作らせたんだ。ここで逃げ出すの将の恥だと思わないか?」
一騎打ちのために作り上げた円陣。
その中に俺とヒメルは向かい合い、互いを睨みあっている状況だ。
「半強制的に一騎打ちに縺れ込ませて、『逃げるのは恥』って、まあ、絶対勝てるような態度じゃんか。それは、そうだな……随分舐めた態度名じゃないか?」
「否定はしない。だが、お前も戦略家なら分かるだろう。将を殺すのが戦を最も早く終わらせる方法だ」
馬から飛び降りた鎧の音。
荒野に広がる乾いた匂いと、蔓延する死臭。
靡く風が俺の素肌を撫ぜる。
こちらを向き、体制を整える敵将。
相対する敵将のオーラ。
五感や六感で全てを感じた。
「闘るからには……全力でやらせて貰うよ」
「上等だ」
今回の俺のビルドは至って真面目にハルバード。
対してヒメルの武器は斬馬刀。
俺がわざわざ騎乗状態で強くなるハルバードを使うにも拘らず、地上に降りた理由はこれだ。
斬馬刀はその馬相手の火力を考えるならば全武器の内、最強と言っても過言ではないだろう。
俺はそもそもあまり上手ではない武芸を、必死こいて学んで形にしているだけであり、斬馬刀の攻撃全てをハルバードで防げる自信はない。
リーチでもほぼ互角。俺のハルバードの柄の方が少し長いかもしれないが、それも微々たる差に過ぎない。
初撃。
突進。地面をその大剣で引きずりながらの突進。
下段からの大きな切り上げ!
ハルバードで受ける。舞う火花。
数メートルのノックバック。
「やるじゃん」
小さく呟いた俺は反攻に転じた。
奴の兜を叩き割る勢いでの振り下ろし。
これほどの重撃であれば、例え、その斬馬刀で防御したとしても刀が折れる。
それはこの一騎打ちの決着を意味する。
兜が割れるか、刀が折れるか。
そう思った瞬間、ハルバード伝いに衝撃が届いた。
骨の髄にまで届く、重い重い衝撃が。
「あまり舐めない方が良いぞ」
何故、刀が折れていない。
どうして、その頭蓋が形を留めている。
そうか……。刀身で受けていないのか。
これを理解するのに三秒の空白の時間を有した。
刀身で受けず柄で受けている場合はどうだろうか。
刀身と違い、鋭利を極めた金属丸見えのペラペラの部分とは違う。
幾重にも巻かれた布。修練や実戦で握りしめることにより硬化し、その硬さは大きく増大している。
なるほどな。武器の特性をよく理解している。
個の武は俺に劣れど、理解は深い。
「マルムに似ているな。どこか、奴の幻影を感じる」
「何か言ったか?」
「いや、お前には関係ない」
軽い問答を交わした直後、俺達は再び動き出す。
大振りの縦からの一撃。
柄でいなして後ろからの一撃。
回避はされない。
鎧も越えた。
が、浅い。
もっと深く!
横降りの一撃。
肋骨の間。
例え浅い斬撃になれど、鎧を越えれば明らかに重い一撃となり、その肋骨が砕ける。
いや、俺が砕く!
力を籠める。
バキバキバキという砕ける音。
出血量は少ないが明らかに肋骨が数本折れた。
継戦は不可能。
「俺の勝ちだ。今なら見逃す。国に帰れ」
「……ガハッ……様……覚え……いろよ!」
馬鹿が。
肺に穴が開き、血で肺が水没する可能性もある。
それでも喋る必要はない。
「ヒメル兵、こいつを連れて帰れ。然るべき処置を行い、救ってやれ。それが主に尽くす忠義に厚き臣下の姿だ」
「貴様! どの口が言ってやがる! 殺すぞぉ! クソガキィ!」
「俺を殺すのは勝手にしてくれ。だが、なら、こいつを助ける方が得るものは大きいと思うぞ? 自分が国賊になる代わりに、敵の総大将を討ち取るか、敵の総大将を前にして恩賞や名誉という選択肢を取らずに自軍の将を救い、国の英雄となるかの違いは大きいぞ」
ヒメルが血を吹いた。
「ヒ、ヒメル様! おのれ! リシュアン・レオンハルト!」
男が叫んだのを後ろに、俺は自軍に向かい歩み始めた。
その後数日間に亘り、掃討戦や現地での戦後処理に追われた光龍軍はその後、王都に凱旋を果たした。
――――第五人間暦四百八十七年十一月一日。
光龍軍は一連の北部一帯での戦いで軒並み、勝利を手にし、南都一帯を盤石なものとした。
その日、その戦いに勝利したリシュアン・レオンハルトは王都に凱旋。
論功行賞で爵位を平民出身の人間が付くことの出来る最高位・公爵第五位の席に座った。
公爵第五位は一人しか認められず、公爵第五位を王族から引き剥がし、自らの物としたリシュアンは『王族落とし』と王族に近い古参派貴族に揶揄されたが、それはリシュアンの内政・軍政・外交の手腕や指示の的確さに圧倒され、自らその反対派を降りる者もいれば、その手腕に嫉妬する者、リシュアン派の要人に一蹴される者もいた。
以後、古参派の貴族はリシュアンに顔を合わせられない程に恥ずかしくなったと現代に伝わっている。
そして十一月二十日。
怒涛の第三百十三回大陸大会議が迫っている。




