七拾捌話 白環
氷晶と葉桜の国境地帯に普く独立小国家群。
その一つ。白環の都・白環都。
この地は古来よりその豪雪で知られており、真冬においては、降雪した雪の高さが五メートルをゆうに越すことも珍しくない。
真冬の気温は氷点下二十度を下回り、行軍は愚か、生活さえも儘ならない。
普通の民であれば。
この台地に住まう住民は先祖代々の耐寒技術を備え、その毛皮服だけに留まらず、建築方法、そして遺伝的な耐寒性までもを備えている。
そんな彼らは『白地の民』と呼ばれている。
白環は北部台地と呼ばれる台地を統べる国家で、周囲を五百メートル程の断崖に覆われており、標高は二千メートル。
そんな陸の孤島の北部台地は古くから、密会・密談など極秘の交渉などに使われるような場所だった。
「そんな場所を、大陸大会議の会場に選んだ翆玲の性格が捻じ曲がっている事だけはよく分かった」
「捻じ曲がっているとは厳しいな。光龍の凶星・リシュアン殿」
光龍の凶星……か。
悪い綽名ではないな。他国から見れば見れば俺はそんなもんか。
「いや、これが密会・密談をするという事を示唆している事位、いくら何でも丸見えだ」
「ほう? それはそれは恐ろしい。一体、どのような密談をするのかこの、愚かな水鏡めに御教え願えますかな?」
「馬鹿が。お前が密談の主催者だろう? 調べはついている」
「それはそれは根も葉もない噂を。まさか、光龍の軍総司令とも在ろう御方がよもや、デマを信じられるとは?」
「〈月華〉の諜報技術と、光龍と葉桜の関係を舐められては困る。月華は既に貴様が各国の要人に何らかの文を送っていることの事実を掴んでいる。加えて、葉桜王宛てに貴様の花押が書かれた文が届いていることも、桜羅からの話で俺の耳には入っている」
水鏡が「あのバカガキが……」と、小さく呟いたのを俺は聞き逃さなかったが、あえて気付いていないふりをしてスルーした。
「その文にはこう書かれていたそうだ。『近頃の大魚の振る舞いは目に余る。故に、その釣り上げ方について話がしたい』と。この場合、大魚は光龍ということになる。異論はあるか?」
水鏡がギリリと歯ぎしりを鳴らした。
苛立ちを隠せないほどにガキか。それに比べ、お前がバカガキと言った桜羅の感情や自分を抑える才能は……。
決して口には出さないが、俺は心の中で水鏡に悪口雑言の嵐を浴びせていた。
そんな俺の心の声が聞こえたのか、ヒートアップした水鏡が席を立ち上ろうとした時、
「一度、両者共にそこで止まれ。他国の要人に礼を失するぞ」
翆玲王が水を差した。
「面白いじゃないか? その議論。翆玲の宰相と光龍の総司令で繰り広げてもらいたいな」
「他国が水を差す必要も無さそうだ。光龍と翆玲の間で議論してもらおう。氷晶はそれで異論無い」
「ぼ、僕も、そ、それが良いと思います」
各国の王が俺達の舌戦に賛成的だ。
見ていても暇しないだろうしな。
「なら、続きをしようか。俺の仮説に間違いはあるかい?」
「答えられる筈が無いではないか。例え、仮に、貴様の説が正しかったとしても、そう易々と敵国に情報を回す程の大馬鹿ではない」
「だが、光龍を敵視するならば、その同盟国である葉桜も明らかに敵だ。しかし、水鏡大宰相殿は葉桜に打倒光龍を後押しするような文書を送っている。これを大馬鹿と言わず何と言おう!」
そっちがその気なら、俺は全力で煽り叩きに行くぞ。
「そもそも、いくら自分の血筋を生かしても、味方に成るかどうかも定かではないのにも関わらず、葉桜にそのような文書を送った時点で大馬鹿とも取れる。どうだろうか。俺の考えは。水鏡殿、押し黙っていても状況が好転することは万に一つもないからな」
「クッ、クハハハ!」
「何が可笑しいのですか? 翆玲帝」
「いや、失礼。君の愚鈍さに少々笑いが込み上げてしまってね。弱小国家の総司令如きの人間が、超大国翆玲帝国の偉大なる大宰相である水鏡にそのような無礼を取るとは。名将とは言えど、礼節を弁えなければ待っているのは地獄だけだぞ」
「聞き捨てならないな。弱小国家と言えど、五大国の一部に入り込んでいるこの光龍を馬鹿にするとは」
「王……、王が御自ら舌戦に挑む必要など御座いません」
「翆玲帝が出てくるならば、俺が加勢するのも当然だろう? リシュアン」
「……承知」
アレンが跪いた俺の横を通り、一歩前へ出た。
こうなれば今年の議題などそっちのけだ。
「他国を蔑む前に、史を見てみろ。翆玲帝」
光龍とは、五大国の中で最も昔から存在する長寿国で、その創設からの年数は七百年を超し、王家は途切れ、容姿を取ることはあれど、度重なる厄災でも滅ぶこと無く光龍湖を中心とした領土を維持している。
だが翆玲はどうだ。
史に登場したのはたかだか三百年前。それも炎獄王国の属国として大陸最東端の地で不毛の大地・大暦砂原を統治していた一端の貴族家が始まりだ。
それが二百五十年前に独立して、今や大陸南部の覇者だ? 知ったことか。本領を失っているにも拘らず、その本領を支配する敵と同盟を組むとは、恥を晒すのもいい所だ。
アレンのここまでの罵声や咆哮は初めてだ。
感情と、王としての愛国心が混ざった結果なのだろう。
他国の要人たちはアレンの剣幕に畏怖し、翆玲帝や水鏡は正面より受け止め、桜羅は目を輝かせ、俺やアレンの方を見ていた。
「……反論したいところだが、もう日暮れだ。この争いの続きは明日へと持ち越そう」
「約束だぞ」
そう残して、二人が退出。続いて翆玲の一団がこの場を去って行った。
「水鏡……失脚したと聞いていたが、未だに権力を維持していたとはな……」
アレンの呟きに俺は妙に、引っ掛かった。




