七拾陸話 報告
――――第五人間暦四百八十七年十月五日。
鵬砂平原で睨みあっていた光龍・氷晶両軍は風船に貼りを刺したように、勢いよく突撃を開始。
鵬砂平原の戦い、開戦。
「なんの捻りもない。横陣を当てるだけなら俺が出て来た意味がない」
リシュアンへの挑戦者として央都より出てきた俺、ヒメル・フロストバードだが、リシュアンがなんの捻りもない軍動をするせいで、苛立ちを隠せていなかった。
子供っぽいな。
兄上に見せられたもんじゃないな。こんな姿。
「フロストバード家の恥だ」とか散々に言われるのがオチだろう。
「まあいい。俺の方から揺さぶりをかける。左端に移動するぞ。俺の直下兵七千だけついて来い」
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「なんの捻りもない。もう三日目だぞ!? 横陣を当てるだけなら俺が出て来た意味がない」
リシュアンへの挑戦者として央都より出てきた俺だが、リシュアンがなんの捻りもない軍動をするせいで、苛立ちを隠せていなかった。
「まあいい。俺の方から揺さぶりをかける。左端に移動するぞ。俺の直下兵三千だけついて来い」
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「馬鹿だな。右端に組み込んでいるのは守備のユリウスだ」
「その通りだ。やはり格の差が出たな」
そう思うのは自然の摂理か。
だが時期尚早だ。
「油断するには早い。念の為ユリウスに二千を送れ」
引っ掛かる。
俺が思うヒメルはもっと慎重で不動の存在だと思っていたが、こうも早く動き出すのか。
「しかし、こうじれったらしい事をしていれば意味がない。出るぞ。左の端から食い荒らす」
ヒメルとは反対側、俺の主力を置く左端から一気呵成に攻勢をかける。
そうすれば必然的に中央で接敵する形となる。
ならば後は兵団の練度にかかって来る。
数年間引き籠っていた奴の兵団が、葬獄に並ぶほどの戦闘能力を有しているとは到底思い難い。
実戦経験数でも明らかに俺の方が上だ。
俺の今、率いている直下兵の数は凡そ三千。
量より質。量で上回るヒメル軍相手に俺は質で凌駕する。
中央より少し右側。
そこに配置していた将の名は、ベテルギウス・ゼイファード。
彼がここにいる理由を説明しよう。
この出陣より前、俺や朝廷軍官は近衛兵団を朝廷軍部直轄軍へと変更した。
名称こそ違えど、その役割は殆ど同じであり、新たに組み込まれ、失われた役割は一つずつ。
新たに組み込まれたのは、朝廷”軍部”の護衛。
失われたのは朝廷”高官”の護衛。
この二つは似たようで全く違う。
この軍は朝廷軍部が出陣、又は必要とした場合に王都より出陣する。
そのため、俺が出陣しているこの戦いに彼がついて来るのは当然と言えよう。
「ベテルギウス! ここの抑えを頼む! ここが動かなければ後顧の憂いを完全に絶てる!」
「承知!」
「両隊、接触! 前衛、優勢です!」
「全兵を充てろ! 叩き潰せ!」
「第一、第二隊、優勢!」
「第三隊、膠着!」
「第六、第八から第十五隊、優勢!」
「第四隊、敵を撃破!」
衝突からものの数分で報告の山が出来上がる。
これが俺がこの戦いから導入した、至近物見制だ。
これまで光龍軍では動員されなかった、超至近距離での物見。
それを俺の軍が初めて導入した。
実際、かなり報告の量が多くなっている。
そして、その大量の報告を捌けるのは、自画自賛ではないが、俺と片手で数えられる程の人数だろう。
そんな大量の報告の中で、優勢の報告が多いのはきっと、俺の両と質の読みが当たったからだろう。
だが、一つ気になるのは、第三隊の膠着の報告。
つまり、そこに何かある。
「様子を見に行く。親衛隊はついて来い」
急ぐ必要はあまりない。
通常の速度で馬を歩ませ始めた。
そもそも、自軍の中で馬を全力疾走させるのは、お世辞にも上策とは言い難い。
歩兵主体の平原戦でその中を馬で爆走すれば、敵であればいいが、味方であれば同士討ちになる可能性もある。
……けども、まあ、俺はよくするんだけどな。
「第三隊、劣勢です!」
報告が俺の歩みを速くした。
この全軍優勢の状況下で、一つだけ違う動きを見せる場所。
そこには大抵、掴み取ればとても大きい戦果がある。
そこに何の迷いも、躊躇いも、弱さも無く、臆する事無く飛び込むのが、俺、光龍国軍総司令の肩書を持つリシュアン・レオンハルトの責務だ。




