壱百肆話 合理
翆玲方面軍は一時安泰として四か月の停戦で合意した。
そのままリシュアン軍は来たに進路を変え、中継地に当たる西部の戦線に介入した。
そこは、炎獄戦線をもゆうに凌ぐ”死地”となっていた。
屍累々、地獄絵図が表現に最も合っているだろう。
戦利品の鹵獲も、死体の収集も無く、唯放置され野犬が毎夜毎夜とやって来る。
かつて、知恵を備える鬼人と恐れられた光龍国軍のガゼフと、葉桜の謀将朱恩・真白の知略戦が繰り広げられ双方十万近くの損害を出していた。
丘は赤に染まり、川は血色。転がる死体からは腐敗臭が漂い、骨と化した死体。雨水と死体のリンが反応し人魂が漂うその地は、歴戦の将を抱える西部軍でさえ、目を覆いたくなる惨状だった。
見合った両軍は既に十日近く戦いを続けており、俺がこの戦地に到着したのは西部戦線が本格的に会戦してから十二日目の事だった。
光龍軍は十三万を温存し、俺が南部から連れて来た六万を合計して十九万。
対する葉桜軍は四十万から十万程兵を減らし、三十万。しかし、俺が到着したことを知るや否や、各所より兵を集わせ物見の予測の範囲にはなるが、三十四万とも報告を受けている。
将は光龍軍がリシュアン・レオンハルト、ガゼフ・ブレイニウスを主力として、東部よりエラン・レリアールを呼び出し、西部を担当する猛将イグノール・ドラウニを用している。
それにしても、酷い惨状だ。
草は踏みつぶされ黒く染まり、鎧は泥と血で本来の色が分からない程に変色している。川には居れた槍や流木と共に赤黒い液体と、生首付きの兜が浮いている。
「本当に、これがこの世なのか……?」
「残念ながら、これは直視せざるを得ない現状です」
「そうか……。だが、ガゼフ、よく十日も持たせてくれた」
「いえ……。持たせたのではありません。我々は泳がされていたのです……」
「泳がされていた?」
「はい……。敵は目立った戦いを仕掛けてこず、毎日じわじわと消耗させるような戦いを続け、一歩進めば一歩下がられるし、退けば引いた分だけついて来るような戦いを続けています」
この戦況でその戦い方は何か、違和感を感じざるを得ない。
きっと、何か裏がある。
決戦を避けるため……? いや、違う。ここに兵を集中させるため……!
「ともかく、今日はもう日が暮れる。明日からは、勝利に向かって兵を動かすぞ!」
「ハハァ!」
と、威勢を切ったはいいものの、俺はイマイチ勝ち方が分からない。
敵将が敵将だからだ。
敵将は葉桜が抱える女傑・朱恩であり、その傘下には俺と何度となく共闘した華怜がいる。
俺が下手な事をしても裏目に出ることは明白だ。
だからと言って、この前のアルターとの戦いの様な芸当も出来ない。
そう言えば、オキデレーラと別れる前に彼女、不思議な事言ってたな……。
『何故、私を逃がすの? 殺した方が、よっぽど利益じゃない?』
『君の国の人が、君を返せと言っているから』
『そんなの、聞く必要なんてないじゃない』
『ま、それもそうだね。でも、君を生かして、翆玲方面に四か月の空きを作った方が、価値があった。と、言えば十分かい?』
『そうね。とっても合理的』
合理的……。何か頭に引っかかる。
俺は、一戦略家として、合理的な判断を繰り返しているという自負がある。
だが、時折感情任せに軍を動かしてしまう。
恐らく、それが俺が強敵たちに届かない所以だろう。
「だが、合理を突き詰めることは出来る。何せ、それが軍略家と言う生物なのだから」
俺の天幕に不敵な笑みと意味深なセリフが響いたことは、まだ誰も知る由もない。
♦♦♦
リシュアンが西部での戦いを始めた三日が経った。
届いた報告は何もない。
反乱派を恐れてリシュアンはここに何も送れないのだろう。
もし、反乱派に文書が通じれば、合従軍に同行を知らされるかもしれない。そんな不安があるのだろう。
すまない。俺が不甲斐なく、反乱派を抑え込むことも出来ず……。
「クレイド、分かっている範囲でいい。現在の戦況はどうなっている?」
「ハッ、では、地図をご覧ください」
現在、南部翆玲方面を除き、三方面共に激戦となっています。
北部は情報操作や情報遮断が著しく、殆ど情報が入ってきませんが、激戦となっていることはここからでも明白です。
東部に至ってっは旧”炎獄五将”の生き残りが、アルター軍を吸収し、再び二十万規模の軍を起こしていると報告があり、各方面・各地より敵軍が続々と参戦してきており、その数は数えきることが出来ないほどとなっています。
国内の内情に目を向けますと、王都は情報を遮断せざるを得ない状況となっており、軍資金も今年の予算をゆうに越している現状であり、その所為か何なのか、財政担当のダリオ大臣は体調を崩されたとか……。
「分かった。各地の将に武運を祈る」




