九拾八話 勝ってから
「落ち着いてください! ここで死ぬことはありません!」
フェルディナンドが駆け寄る。
「フッ、貴様のお陰で目が覚めた。ここで奴を止めておく。先に行け」
「しかしながら、王より姫様を護衛しろと仰せ仕っております故、ここで姫様を見放せば王命に背くことに……!」
「”獄火”の陣! 焼き潰せ!」
無視して気休め程度の防御陣を敷く。
「姫様!」
「……エルマーシャ! 頼む!」
エルマーシャが意図を理解したのか、フェルディナンドを連れ、後方に下がっていく。
「光龍国軍リシュアン・レオンハルト殿! 一騎討ちを願おうか!」
声を張り上げた。
事実、ここで討ち取れれば、合従軍へのこの上ない貢献であり、炎獄の武名を天下に、世に響かせるまたとない好機だ。
……私が死ねば、炎獄軍に怒りの火が付き、この辺りに伏せている私兵が飛び出して疲労困憊のリシュアンの首を取るだろう。
リシュアンはこれまで大物を喰らい続けてきた。今更私が死んだところでどうという事もないだろう。
ノーリスク・ハイリターンだ。
♦♦♦
「挑まれるのですか……?」
「ああ。受けない理由もないからな」
逆に受けなければ逃げたと言われて恥晒し。
「炎獄軍軍総司令アルター・グライドン=プリンセ! その一騎討ち、受けて立つ!」
鎧を鳴らして前へ出た。
今回の獲物は直剣二刀流。アロンダイトと総司令の剣。
総司令の剣は先代の軍総司令からバルド叔父が預かっていたという、アロンダイトと並んで光龍国三大宝剣の内の一振り。
「初めましてだね。アルター」
「そうか……そうだな」
軽い言葉を交わして、踏み込んだ。
切り上げる。
回避したアルターの鎧と擦れ、火花が散った。
アルターの剣が靡いて俺の首筋に迫る。
両剣で受けて弾き返す。
アルターの剣が乾いた音を立てて地面に落ちた。
落ちた場所は俺の遥か後方。
アルターが尻込み、刃をアルターの首に近づけ、寸止め。
「……降参か?」
「そのような筈が無いだろう。一思いに殺してくれ。生き恥を晒すのは御免だ。……それに、君に殺されるなら本望だよ」
決まりが悪そうに彼女が下を向いた。
「……良い戦いだった……と思うよ」
慰め程度に言葉をかけた。
斜陽が辺りを朱に染めた。灯篭高原が燃え上がった。
肩を落とし、その場を離れようとする兵の足音。
折れた軍機、突き立てられた武器。
「正直に言って、同世代にこれ程苦戦したのは初めてだ」
それら全てに俺の声は公平に響き渡った。
「……違う!」
アルターが吠えた。
「何故……?」
「『何故?』って?」
「何故、あの様な戦いをしたの!?」
アルターの叫び声も又、響いた。
「東西の両方の丘を何故捨てたの!? 局地戦も落とさない!」
「……」
「私は、全て調べた! 全て識っているのに! 全部調べて、分析もしたのに……!」
アルターの声が叫び声から嗚咽交じりの声となった。
「戦史も読んだ! 過去の記録も! 軍議の記録も分かっている限り全てを頭に叩き込んだ!」
「……調べ――――」
「――――貴方が何を考え、どう動くかを! 全部全部全部調べた! 全部全部……調べた……のに……」
♦♦♦
見上げた彼の眼はひどく冷たかった。
静かに見下ろしてきていた。
一騎討ちでの勝利の歓喜なんて、何処にもない。
只々冷たい。ひどく冷たい。
心底軽蔑し、醜く見えるものを見るかのような目で。
まるで、私がとても嫌いなのかのように。
何で、何でそんな目で私を見ているの……?
♦♦♦
「……だから、負けたんだ」
自分でも驚くほどのドスが効いた声だった。
俺の静かに発した声が刃を帯びている。
「お前は、俺を見ていない。お前が見ていたのは、記録、戦果、勝った後に残った美化された歴史、結果論――――」
「――――違う! 私はあなたを理解して――――」
「――――理解?」
初めて俺の声が荒げられた。
無自覚だけどな。
「理解、だと?」
空気が凍り付いた。
日が沈んだことによる物理的な部分でも、雰囲気的な部分でも凍り付いた。
「所詮、上辺だけを見て、それしか知らないのに勝手に知った気になって、どうしてそんなにも自惚れることが出来る。自分だけが特別だと思い込んで、決めつけて、調子に乗って……嘘に踊らされていた馬鹿者がッ……」
良心に蓋をして、卑劣で最低最悪な言葉を羅列していく。
反論は許さない。
「お前は俺が丘を取ると思った。あえて取らせるとも思った。引き込んで包囲すると思った。局地戦にも勝つと思った。……全部、正解だ」
一歩進めて、改めて首筋に刃を当てる。
それに合わせてアルターの顔が少し上がった。
「だがそれは、前までの俺だ。お前が見ていたのは過去の俺の策だ」
沈黙を風が運んできた。
「……人は変わる。世界は変わる。国も変わる。時代も移り変わる。戦場だって変わる。なのにお前は俺が変わらないと思った」
何か反論しようとしたアルターも言葉を失った。
「序盤は驚いた。何度も冷や汗をかいた瞬間が現れた」
アルターの目が少し光を帯びた。
その目が光を失うまで数秒だった。
「だが、途中で気づかされた。お前はリアルタイムで俺の策を見ていたわけじゃない。過去の俺の策と見合わせていただけだ」
アルターの拳が少し動き、少し遅れて声が発せられた。
「……それでも、私はあなたを追い続けてきた。十年以上……一日足りとて欠かしたことはない!」
♦♦♦
見上げた彼の眼はひどく冷たかった。
静かに見下ろしてきていた。
一騎討ちでの勝利の歓喜なんて、何処にもない。
只々冷たい。ひどく冷たい。
心底軽蔑し、醜く見えるものを見るかのような目で。
まるで、私がとても嫌いなのかのように。
何で、何でそんな目で私を見ているの……?
♦♦♦
空気が一気に冷たくなった。
日が沈んだことによる物理的な部分でも、雰囲気的な部分でも凍り付いた。
「所詮、上辺だけを見て、それしか知らないのに勝手に知った気になって、どうしてそんなにも自惚れることが出来る。自分だけが特別だと思い込んで、決めつけて、調子に乗って……嘘に踊らされていた馬鹿者がッ……」
良心に蓋をして、卑劣で最低最悪な言葉を羅列していく。
反論は許さない。
「お前は俺が丘を取ると思った。あえて取らせるとも思った。引き込んで包囲すると思った。局地戦にも勝つと思った。……全部、正解だ」
一歩進めて、改めて首筋に刃を当てる。
それに合わせてアルターの顔が少し上がった。
「だがそれは、前までの俺だ。お前が見ていたのは過去の俺の策だ」
沈黙を風が運んできた。
「……人は変わる。世界は変わる。国も変わる。時代も移り変わる。戦場だって変わる。なのにお前は俺が変わらないと思った」
何か反論しようとしたアルターも言葉を失った。
「序盤は驚いた。何度も冷や汗をかいた瞬間が現れた」
アルターの目が少し光を帯びた。
その目が光を失うまで数秒だった。
「だが、途中で気づかされた。お前はリアルタイムで俺の策を見ていたわけじゃない。過去の俺の策と見合わせていただけだ」
アルターの拳が少し動き、少し遅れて声が発せられた。
「……それでも、私はあなたを追い続けてきた。十年以上……一日足りとて欠かさず……。誰よりも……誰よりも貴方を――――」
「――――だからだ」
風が凪いだ。
「だからお前は……”弱い”」
「誰よりも弱く、惨めだ。戦いに勝つことじゃなく、俺に勝つことに執着して、お前は俺を追った。俺を見た、調べた、学んだ。確かに、敵将として戦う前に調べるなら判断は正しい」
日が落ちた。
「だが、お前は、自分を捨てた。俺とお前の戦場に、お前はいなかった。……居たのは、俺だけだ」
沈んだ夕日は尚も空を赤に染めている。
空を仰いだ。
「……不思議だな。皆そうだ」
……別に、誰に向けた言葉でもない。
「勝手に俺を知った気になり、勝手に期待し、勝手に絶望して、失望する。……誰も望んでなんかいないのに……」
アルターの方を向き直り、最後に言葉をかけた。
「俺を識った、理解したと言いたいなら……俺に勝ってから言ってくれ」




