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傭兵あがりの替え玉王女  作者: 亜逸


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第11話 異変

 翌朝。

 目を覚ましたロミアは、まずはリーゼロッテに抱きつかれていないかどうかを確認する。

 どうにも彼女は寝ている時、近くにあるものに抱きつく癖があるらしく、三日に一回くらいの割合で、ロミアはリーゼロッテに抱きつかれていた。


(よし。今日は抱きつかれてないわね)


 と、すっかり日課になっていた確認を終えたところで、今度は隣に寝ているリーゼロッテの様子を確認する。


 公務で疲れているせいか、それとも単純に病気のせいか、リーゼロッテの方が先に起きることはあまりない。

 とはいえ、それも誤差に近いレベルで、大抵の場合、ロミアが起きたすぐ後にくらいにリーゼロッテは目を覚ましていた。


 だから、今日もそのパターンだろう――と思っていたロミアだったが。

 リーゼロッテの顔色が、いつもよりも明らかに赤くなっているのを見て、思わず目を見開いてしまう。


「リーゼ!!」


 戦場で命の危険を感じた時でさえも出したことがない、逼迫した叫びがロミアの喉を裂く。

 焦燥に焦がされた心を強引に無視しながら、極力冷静にリーゼロッテの容態を確認する。


 真っ先に額に掌を当てて、熱を確認する。思わず唇を噛み締めてしまうほどの熱さだった。

 わずかに開いている双眸は、どこか焦点が合っていない。高熱で意識が朦朧としているのかもしれない。

 呼吸は、浅く、短い。苦しんでいるようには見えないが、もしかしたら、苦しむ体力すらなくなっている可能性もあり得る。


 と、そこまで思考を巡らせたところで、自分が如何(いか)に冷静さを失っていたのかを痛感する。

 容態を確かめるよりも先に、まずは人を呼ぶべきだった。

 そんなことにも気づかなかった自分に嫌悪しそうになりながらも、ロミアは部屋の外に向かって声を張り上げた。




 ◇ ◇ ◇




「しばらく、公務はお休みになられた方がよろしいかと」

「そう……ですか……」


 宮廷医ニグレットの診断に、ベッドに寝かされているリーゼロッテが苦しげに応じる。


 今リーゼロッテの私室には、当人とニグレットの他に、ロミア、エサミ、王女殿下であるシャルロッテが(つど)っていた。


「ですが……寝たままでもできることはあります。書類をこちらに……」


 そう言って身を起こそうとするリーゼロッテの肩を、エサミが優しく押さえつける。


「なりません。ニグレット様の診断には必ず従う――そうお決めになられたのは、他ならぬリーゼロッテ様ではございませんか」


 エサミの指摘に、リーゼロッテは渋面をつくりながら口ごもる。


 リーゼロッテの病について、詳しいことはあまりわかっていない。

 エヴリカ大陸でも有数の名医として知られているニグレットでも、対症療法以外に打つ手が見出せないほどに。


 わかっていることは、体温が常に高くなっていること。

 それによって臓器がダメージを受けていること。

 今のように高熱が出た場合は、さらにダメージが重くなること。

 その度に、リーゼロッテが死へと近づいていること。

 それだけだった。


「お姉様の公務は、一時的にわたしが引き継ぎますわ。こういう時のために、わたしはずっと国主としての勉強を続けてきたのですから」

「ですが……シャルにも王女としての務めが……」

「どちらもこなしてみせますから、どうかご安心を。もっとも、お姉様がわたしのことを信用できないというのであれば、話は別ですけど」


 殺し文句だった。

 あのリーゼロッテが、一つの反論もできないほどに。


 しかし、


「ですが……明後日のアルメーラ皇国との会談だけは、他の誰にも任せるわけにはいきません……」


 そう言って、リーゼロッテはニグレットに視線を向ける。

 女王陛下が言わんとしていることを察した宮廷医は、かぶりを振ってから答えた。


「その日までに快復するのは難しいかと。今までも陛下が高熱を出した折は、快復までに少なくとも一週間はかかりました。今回は今までもよりもさらに熱が高いことを鑑みると、最悪、一週間では済まない恐れがあります」


 だから療養に専念すべきです――と、ニグレットは念を押すように告げる。

 それでもなお、リーゼロッテが「ですが……」と食い下がっていると、



「あ~もうっ!!」



 (たま)りかねたように、ロミアが声を張り上げた。


「『ですがですが』うるさいわねっ!! こういう時のためにアタシがいるんでしょうがっ!! 病人のアンタはのんびり休んでりゃいいのよっ!!」


 これにはリーゼロッテも、他の者たちも驚かされてしまい、エサミを除いた全員が狐につままれたような顔をしていた。

 つい大きな声を出してしまった上に、全員の視線が集中したせいで、段々気恥ずかしくなってきたロミアは、そっぽを向きながら言葉をつぐ。


「……そもそも、リーゼの代わりをするのがアタシの仕事でしょうが」


 しばし、沈黙が部屋を支配する。

 ロミアにとっては気まずいにも程がある沈黙が。


「確かに、ロミアさんの言うとおりですわね」


 沈黙(それ)を破ったのは、ロミアとの関係が良好とは言い難いシャルロッテだった。


「高い前金を払っているのです。お姉様、ここはロミアさんをこき使うべき場面だと、わたしは思います」

「こき使うって……」


 しれっと棘を混ぜてくるシャルロッテに、ロミアは少しだけ頬を引きつらせる。


「シャルロッテ様の仰るとおりです。ここは、ロミア様をこき使うのが最善かと」


「こき使う」と言いたいだけなのでは?――とばかりに同調するエサミに、ロミアは盛大に頬を引きつらせた。


 リーゼロッテは、シャルロッテに、エサミに、ロミアに視線を巡らせ……諦めたようにため息をつく。


「時期尚早ではありますが……こういう時のためにロミアさんに、替え玉をお願いしたのも事実……。ここは……ロミアさんに賭けてみるとしましょう……」


 女王陛下の許しが出たことに、ロミアとシャルロッテは揃って安堵の息をつく。

 だが、シャルロッテの方はロミアと息が合ってしまったことが気にくわなかったらしく、すぐにプイッとそっぽを向いた。


「とはいえ……本当にロミアさんに一人に任せるのは、まだ厳しいので……エサミさん……ロミアさんのフォローを、お願いします……」

「かしこまりました」


 エサミはいつもどおりの無表情で、リーゼロッテに(うやうや)しく(こうべ)を垂れる。


 こうしてロミアは、リーゼロッテの替え玉として初めての仕事に臨むことになったのであった。

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