第九話 温もりを繋ぐもの
新しい出会い、小さな命との触れ合い。
そして、手を差し伸べる優しさ。
そんなひとときを楽しんでいただけたら嬉しいです。
「――へ!?」
驚いて振り向くと、そこには額に白い流星模様が一本走る、赤茶色の立派な馬が立っていた。
「――馬?」
驚いて尻餅をついた莉愛に、赤茶色の馬が顔に擦り寄ってくる。
「――ふふ。大丈夫よ。驚いてこけちゃっただけだから。」
頭をなでてやると、気持ちよさそうに手に顔をあててきた。
あったかい......。
久々に優しい温もりに触れた瞬間だった。
樽に水を汲んでやると、馬は顔を突っ込んでがむしゃらに飲み始めた。
汚れた背中をさすると、よく鍛えられた馬なのが伝わってくる。
「お腹空いてるのね。ちょっと待ってて。」
畑から食べられそうな野菜をいくつかもぎ取り、差し出してみる。
すると、よほどお腹がすいていたのか、むしゃむしゃと勢いよく食べ出した。
「ふふっ。待ってて、もうちょっと持ってきてあげる。」
小気味よく食べる音を聞きながら、莉愛は赤茶色の馬の側に座り、森の果物を一緒に食べはじめた。
***
森から抜ける爽やかな風が洗濯物をはためかせる。
「君はどこから来たの?」
「ヒヒン!」と森の方角を指して鼻息荒く、教えてくれた。
「森を抜けてきたのね。」
......見たところ、とても野生の馬には見えないけど......。
「君は一人?誰かとはぐれちゃったの?」
すると、赤茶色の馬は掛かっていた洗濯物の方を向き、男の服を鼻で示した。
「え!?もしかして、この服の男の人があなたの主人!?」
野菜を入れた桶から顔を上げ、鼻息荒く、馬が答えた。
「もしかして、その人の匂いを辿ってきたの!?」
驚き尋ねた言葉に、ふふん!と自慢げに馬が鼻息を鳴らす。
「ふふ。主人想いなのね、あなた。それにとっても賢い。」
「大丈夫、あなたの主人は無事よ。この家の中で寝ているわ。まだ目を覚まさないけれど、きっとそのうち目を覚ます。」
不安げな目を莉愛に向けながらも、頭を莉愛にこすりつけてきた。
「あなた人懐っこいのね。ふふ。可愛い。」
柔らかな鼻を叩くと、手をぺろっと舐められた。
「あなたの主人が目を覚ますまで待っててあげて。」
「ーーそうだわ!反対側に小屋がある!よかったらそこで休む?寝床がないとあなたも疲れちゃうでしょ?」
馬は首を前に伸ばし、莉愛の肩を突っついてきた。
「あと、あなたも綺麗にならなきゃね。」
その日から、家の左手にある藁の積まれた小屋は、艶めく赤茶色の馬の住処になった。
***
朝陽が昇り、カーテンの隙間から差し込んだ光が部屋を明るくする。
玄関の扉をガシガシと蹴る音が聞こえてきた。
莉愛は眠い目を擦りながら、身支度を済ませると、軋む階段を降りていく。
一度客間を覗いてみるも、まだ男は眠ったままであった。
窓を僅かに開けると、閉め切った部屋に清浄な空気が流れ込む。
玄関扉を開けると、磨かれて艶やかになった馬が朝ご飯を求めに莉愛を待っていた。
「早起きさんね。ちょっと待っててね。」
莉愛は井戸で水を汲み、畑の世話を済ませると、馬にも朝食を与える。
満足そうに野菜を頬張る姿に思わず笑みが零れた。
キッチンに戻り、朝食の支度をした後、男の様子を見に戻った。
男を助けてから三日。
白百合の薬のおかげで顔色は少し良くなっていた。
呼吸も安定している。
ーーそれでも、目は覚まさない。
呻き声も漏らさぬ様子に不安がもたげはじめる。
......少しでも何か口にしてもらわないと。
背中にクッションを入れ、森の果実を絞った果汁を少しずつ口に含ませていく。
嚥下する音に安心しながらも、戻らない意識に不安が募っていた。
......あの本に何か書いてないかしら......。
果汁を飲ませ、男の服を着替えさせたあと、莉愛は二階に上がり、机に座って以前読んだ本を捲った。
窓から差し込む光が部屋の中を明るく照らしだす。
『魔法薬学 薬草調合術』
白百合の薬のページを開き、何か参考になるものがないか目を凝らす。
「白百合の葉っぱは傷薬......」
「茎は解毒薬。」
......あの人毒に侵されてるってこともあるのかしら。でも顔色は戻ってるし、それより体力を戻すような何か......。
読み進めていくと、白百合の根の文章に目が留まった。
『根については、白百合自体が貴重なため未だ研究結果が得られていないが、他の部位と同様に何かしらの効能が期待できると言われている。』
「......根っこは何の効果があるのかしら......何か方法があるなら教えて......」
少女の微かな囁きが部屋の中に消えていった。
客間に戻り、男の包帯を取り替え、白百合の花弁を煎じた薬を飲ませる。
目覚めぬ主人を窓から馬が心配そうに覗いていた。
「お馬さん。よかったら、一緒に散歩に行かない?あなたの主人のために薬を採りに行こうかと思って。あなたも気分転換した方がいいわ。」
窓から心配そうに見つめていた顔を莉愛に向けてきた。
差し出されたたてがみが柔らかく指先に馴染む。
「大丈夫よ。とっても効くお薬だもの。絶対に目を覚ますわ。」
その言葉は、どこか自分自身に言い聞かせるようでもあった。
***
赤茶色の馬の背に揺られ、白銀色の髪が靡く。
「ごめんね!乗馬はしたことなくて!」
首にしがみつく莉愛を落とすことなく、馬が器用に森の中へ歩を進めていく。
木々の葉がいつもよりくっきりと莉愛の視界に映り込む。
「ねぇ、お馬さん。あなたお名前はあるのよね?」
落ちぬように抱きついている首が僅かに揺れる。
「そうよね......。ねぇ、あだ名で呼んでもいいかな?お馬さんって呼ぶのもなんだか寂しくって。」
あだ名とはなんだ?と言わんばかりに馬が莉愛の方へ視線を向けてきた。
「そうよね!えっと......愛称!愛称って分かる?私だったら、莉愛だから、リー、とか短くしたり特徴からとって呼ぶ名前!」
許可を出すように莉愛の背中に柔らかな尻尾が当たる
「ふふ。ありがとう!」
「みたらし、ってどう!?昨日あなたを拭いてたらずっとみたらし団子が頭から離れなくって!」
楽しげな少女と馬の会話が煌めく森の中に響いていた。
***
「落ちた葉っぱと花弁はなるべく集めていこうかしら。」
白銀色の髪が風に靡く。
白い花々が揺れ、風が森へ抜けていく。
森の果実を食べている馬を横目に、莉愛は白百合から落ちた葉と花弁を集めていた。
......ここは不思議な場所。常に蕾がつき、花が咲いては枯れることを繰り返してる。
「これだけあればまた傷薬作れるかしら。この花弁も乾燥させて、また飲んでもらわなきゃ。」
腰を上げるとみたらしが莉愛のスカートを引っ張ってきた。
「どうしたの?何か見つけたの?」
背中を鼻で押されながら森の中へ少し歩を進めていくと、鞘付きの短剣と、それを収めていた腰ベルト、そして小さめの巾着袋が落ちていた。
「これ、もしかしてあなたの主人の物だったりする?」
「ヒヒン!」
鼻息荒く、強く頷く馬に、莉愛はそっと腰ベルトと巾着を手に取った。
思わぬ重さに驚きつつも、持ってきた麻袋に巾着を入れ、背負い込む。
「このベルトは重いからあなたの鞍に掛けてもいいかしら?......ちょっと剣は怖くて......。」
構わないとばかりに首を下げる馬に、鞍にベルトを固定する。
「ありがとう。それじゃあ、そろそろ戻りましょうか。」
みたらしの手綱を引き、花畑を抜けながら、ふと足元を見た時だった。
白い世界に一つだけ、薄紫色の小さな蕾をつけた花が、頼りなさげに白い花に支えられていた。
......この花......。白百合なのかしら?
みたらしの手綱を引きながら、薄紫色の蕾へ近づいた。
「葉っぱは白百合っぽいけど......蕾だと分からないわね......。」
「それにしてもかなり弱ってる。あの人みたい......。」
莉愛は薄紫色の蕾を支え、語りかけた。
「あなたを助けさせてもらえるかしら?お引っ越ししてもいい?ここだとあなたを支えてあげられないから......。」
その声に反応したかのように柔らかな風が莉愛の髪を揺らす。
「――!......ふふ。わかった。連れて行くわね。」
そっと根を掘り、優しく丁寧に、小さな麻袋に包んで持ち帰った。
家に帰ると、莉愛は使われていない古い樽の底に穴をあけ、畑の土を入れ、薄紫色の花をそっと植えた。
夕暮れの日差しが少女の影を作り出す。
花の回復を祈りながら、植えた花に水を与えた。
「元気になってね。」
二階の窓辺に置かれた薄紫の蕾は莉愛の願いを一心に受けて、懸命に生きようとしていた。
***
翌日の昼下がり、莉愛はみたらしと家の外でピクニックをしていた。
わずかに涼しくなった空気が季節の変化を感じさせる。
「この感じ、秋っぽいわね。この世界も季節はけっこう変わるの?」
問いかけられたみたらしは肯定するように尻尾を揺らす。
「みたらし見てると、お団子食べたくなるのよね。お米ないかなぁ......。そしたら粉から作れるんだけど......」
何度目かのその言葉を受け、諦めろとばかりに、馬は莉愛の肩を鼻でつついた。
「ふふ。そうね。無い物ねだりよね。その果物どう?美味しい?」
柔らかくなった莉愛の表情にみたらしの目元が緩んだ。
午後の日差しが優しく降り注ぐ。
満腹になり横になるみたらしのお腹に寄りかかり、莉愛はこの三カ月間寝る前に読み進めていた一冊の本を読んでいた。
『アルディア帝国史』
著:オーガスト・レオニス・アルディア
「ここまでオーガストさんの本ばっかりなんだもの。この家に住んでた人は絶対オーガストさんのファンよね。」
栞代わりに入れていた百合の葉を取り、読みかけのページを開く。
『アルディア帝国の民は、かつて森に暮らしていたと言われている。タラソ王国とアルディア帝国にまたがる広大な森は、かつて彼らが暮らした地であった。』
『その森は古くから精霊の住む聖域とされ――』
「……聖域?」
莉愛は思わず顔を上げた。
白百合は、聖域にしか咲かない。
ということは――。
「まさか、この森……」
栞として入れていた百合の花に触れながら、うるさくなる鼓動を落ち着かせ、再び本に視線を戻した。
『かつて森には魔素が満ち、獣たちが魔獣化する事件が起きた。その魔獣を退治し、森を護ったのが、アルディア帝国初代帝王アルバディアス・レオニス・アルディアである。』
『森を護った初代帝王は精霊王と親交を深め、その加護を授かった。精霊王は、以後アルバディアスの血を継ぐ者が王座につく限り、帝国の王に加護を与えると約束した。その加護は現在も帝国に受け継がれている。』
「......精霊への信仰からできた国なのね。」
ーーその時だった。
みたらしが突然顔を上げ、客間の方を見て鳴いた。
「どうしたの、みたらし?......もしかして!!」
慌てて玄関を開け、客間へ急ぐ。
客間の扉を開け、ベッドに駆け寄ると、瞼が震え、くぐもった呻き声が聞こえてきた。
「――よかった!!!」
これまで押さえ込んでいた感情に堪えきれず、涙が溢れ出る。
窓からは、みたらしが上機嫌で顔を出して嘶いていた。
エメラルドグリーンの瞳が、ゆっくりと開かれていく。
第九話をお読みいただき、ありがとうございました。
ついに(ようやく?)あのお方が目を覚ましました!
ここまで見守ってくださった皆さま、本当にありがとうございます。
そして、新たに登場したお馬さん「みたらし」も、これから少しずつ活躍していきますので、温かく見守っていただけたら嬉しいです。
また次のお話でも、お会いできたら嬉しいです。




