第八話 白き花の加護
誰かを助けたいと思ったとき、その一歩を踏み出すことはとても力強いものでしょう。
見知らぬ世界で一人生きてきた莉愛が、初めて誰かに手を差し伸べます。
背中から聞こえる吐息が弱まっていく。
......もし、このまま止まってしまったら。
そんな考えが頭を過ぎり、莉愛は必死に足を動かした。
力の抜けた大きな身体は想像よりも重く、莉愛は背中を丸め引き摺るように家への道を引き返していく。
膝をつきそうになりながら、何度も背負い直す。
動く度に発せられていた呻き声も次第に聞こえなくなってきた。
「頑張って!!もう少しだから!」
焦る鼓動とは裏腹に、切実な声が響き渡る。
「やっと着いた。」
リビングのソファに男を降ろすと、膝が抜けて座り込んでしまった。
ーー膝に力が入らない!
ソファに横たわる男の腹からは血がさらに滲み出ていた。
「大変!」
手をつき、へたり込みそうになる身体に鞭を打って、急いで二階へ上がっていく。
軋む階段が莉愛の鼓動と共鳴する。
ーーこうしている間にも息が止まっちゃうかもしれない!!!
物置部屋の箪笥を開け、布を取り出す。
「あとは、綺麗なお水!」
キッチンに置いてる飲み水を桶に入れ、リビングの置いておいた薬箱を取り、ソファの男の元へ駆け寄った。
「よかった。まだ息はしてる」
お腹を圧迫していた布を取り除き、
湿らせた布でお腹の傷をぬぐっていく。
「う゛......。」
痛みに呻き声が上がるも、身体の力は抜けたままであった。
......血の気が引いている......。
「急がなきゃ!」
先日作った傷薬を箱からとりだした。
......本には『白百合の葉にはあらゆる傷口を癒す効力がある。』って書いてあった。
......効くかしら。でもこの深い傷を塞ぐには今はこれしかない。いちかばちか。血が止まれば......。
莉愛は清潔な布に軟膏をのせ、男のシャツを捲り上げ、腹部の深い傷口に塗り込んだ。
軟膏が傷口に触れた瞬間、淡い光が一瞬だけ傷口を包み込んだ。
傷口から流れていた血が、少しずつ勢いを失っていく。
「さすがに完全に塞ぐのは無理なのね......でもよかった......ひとまず止血できた。」
傷口に布をあて、細く切った布で固定する。
「他の傷にも塗っておいたほうがいいかな。」
破れた衣服の下にも傷があることに気付き、莉愛は顔を赤らめながらも治療を続けた。
「これでよし。」
......あとは、この、汚れよね。。
服は血まみれの泥だらけ。
顔や身体も汚れていたが、髪の毛にいたっては使い古したモップのように汚れていた。
......さすがに衛生的に悪すぎる。
二階に上がり、物置部屋で男性でも着られる服を探した。
「ここ片付けはじめていてよかった。」
......確かこの棚に大きめな服があったはず。
クローゼットのような棚を開けると、中に大きめのシャツとスラックスがいくつか掛かっていた。
「あの人、身長高そうだからサイズが合わないだろうけど......仕方ないよね。」
リビングに戻り、清潔な服に着替えさせた。
「よしと。あとは、この頭と顔ね。」
血だらけで汚れている顔を優しく丁寧に拭いていくと、髪が邪魔をして気が付かなかったが、透き通るようなとても綺麗な肌をしていた。
鼻筋の通る高い鼻。
形の良い眉毛に少し窪んだ目元。
そして薄い唇。
......この人、とっても綺麗な顔。
整った顔立ちは、まるで彫刻のようだった。
けれどその顔は青白く、今にも消えてしまいそうな様子に莉愛の顔が険しくなる。
丁寧に顔を拭っていくと、顔に目立つ古い傷があった。
「痛そうな傷......」
「効くか分からないけど、ここにも塗っておこうかしら。」
顔の傷にも薬を塗り、次に髪の毛を拭っていく。
......元気になったらお風呂に入ってもらわなきゃ。
何度か水を入れ直し、髪を丁寧に拭っていくと、焦茶色の髪が姿を現した。
……なんだろう。この髪色、どこか引っかかる。
一通り男の手当てをした後、莉愛は客間に行き、部屋を整えた。
どう考えてもソファのままはよくないし、この部屋で寝てもらうべきよね......。
「私は二階を使わせてもらうしかないか。」
「家主さん。ごめんなさい。お部屋使わせていただきます。」
客間に置いていた読みかけの本や、筆記用具を二階の部屋に移動し、莉愛はリビングで横たわる男性を肩にかけ、客間に引きずっていった。
呻き声が抗議の声に聞こえてくる。
「ごめんなさい!もうちょっとだから!!」
ずるずるとベッドへ連れて行き、外れかけた包帯を直す。
キッチンへ行き、コップに水を入れ、サイドテーブルに置いておく。
......ひとまず、起きた時のために何か食べやすいもの。あぁ、お米ほしいなぁ......。
莉愛はこの日初めて、米が恋しくなった。
その夜、莉愛は男の隣に椅子を置き、眠りについた。
陽の光が瞼の裏を赤くする。
眩しさに目をあけた莉愛は、すぐさまベットで眠る男に駆け寄った。
未だ起きた様子はなく、落ち着いた呼吸はしているものの、起きる気配はない。
顔色はまだ悪そうね......。
「ん?熱......?もしかして感染症!?」
布団を掛け直すとやや体温が高くなっていた。
「本の通りなら......」
慌ててキッチンに行き、干していた白百合の花弁をポットに入れ、鍋にお湯を沸かしていく。
鍋から上がる湯気が朝陽を浴び、ふわっと白い帯となり優しく揺れる。
ポットにお湯を注ぎ、白百合の花弁を煎じていく。
「さすがにまだ暑いから冷ましておかないと。」
一度客間に戻り、苦しげな男のおでこに、絞った布を置いておく。
「お薬冷ましているので、少しだけ頑張ってくださいね!」
男の呼吸がに変化がないことを確認してから、莉愛は身支度を済ませた。
畑の水やりをし、キッチンに行き、煮込んだ野菜スープを用意しておく。
朝食が出来上がる頃には白百合を煎じた薬も程よく冷め、カップに入れて客間に運ぶ。
客間に眠る男は相変わらず青白い顔で、どこか苦しげな表情をしていた。
ベッドに近づくと、呻き声が聞こえる。
「大丈夫ですか?あの、お薬持ってきたので、飲んでください。」
男の背中にクッションを入れ、スプーンで掬った薬を口元に流し込む。
嚥下する喉元に少しの安心感を感じながら、何度かスプーンを運んでいく。
微かに開けた客間の窓から森の爽やかな風が部屋へ流れ込んでくる。
しばらくして熱が下がってきた様子を見届け、莉愛はそっと部屋を出た。
洗濯物が風にはためく。
家の右手にある物干場で莉愛は洗濯物と格闘していた。
「うわぁ......あの人の服、かなり汚れてる。」
「あ!そういえば、灰を使うといいんだっけ!」
ふと老人が教えてくれたことを思い出し、リビングの暖炉の灰を取りに戻る。
降り注ぐ陽射しは、まだまだ洗濯物は乾くぞと言わんばかりに、莉愛の目を眩ませた。
「これやると手が荒れるのよね......あの薬塗れば治るかな。」
桶に入れた男の服を何度か濯いでいくと、上質そうな生地が姿を現した。
「シルクみたいな生地……こんな服を着てるなんて、もしかして、お坊ちゃま?」
丁寧に絞ってロープに吊るす。
ーーその時だった、何かに背中をこつんと突かれた。
第八話を読んでいただき、ありがとうございました。
懸命に生きた三ヶ月間の自分を信じ、必死に命を繋ごうとする莉愛。
また次のお話でも、お会いできたら嬉しいです。




